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61.俺が知らない世界の裏側①

 深い深い森の中を、足を必死に駆って走って行く。

 まるで早回し再生のように周囲の木々が後方へと流れていき、やがて開けた場所に出てしまった。


「っ……!」


【索敵】のスキルが発動。背中に鋭い殺意を感知した。


「やれやれ……!」


「ガアッ!?」


 振り返りざまに剣を振るう。

 俺の背中に飛びかかろうとしていた狼のような姿をした『ナニカ』が、血を撒き散らして吹き飛んでいく。

 しかし――危険信号は消えない。それどころか、次々と【索敵】に引っかかる気配が数を増していく。

 やがてそれは周囲360度をまんべんなく取り囲む。森の中、木々の間から無数の殺意が俺に浴びせられる。


「ああ、ちくしょう……ここまでか」


 長い距離を走ってきたせいで息切れをしてしまう。

 俺は疲労に倒れ込みそうになる衝動を堪えて、大きく肩を落とした。

 周りを見回せば、先ほど斬り捨てたのと同じような狼の群れが包囲している。爛々と輝く赤い瞳が、激しい敵意と殺意を浴びせかける。

 どうやら、ここまでのようである。ゲームオーバーだ。


「ガアアアアアアアアアアッ!」


「むうっ……!」


 森の中から一回りも二回りも大きな狼が現れる。おそらく、群れのリーダーだろう。

 巨狼が天に向かって吠えると、俺を取り囲んでいた狼が一斉に飛びかかってきた。


「…………」


 万事休す。絶体絶命。

 俺はこれ以上の戦いを諦めて、クエストボードに表示されたボタンを押した。


     〇          〇          〇


「ああ、怖かった! 死ぬかと思った!」


 一瞬で景色が切り変わり、深い森の中から違う場所に転移した。

 目に映る光景は見慣れた自分の部屋。どうやら無事に帰ってこれたようである。

 クエストボードを呼び出して『ダンジョン探索』のコマンドを確認すると、次のように表示されていた。


――――――――――――――――――――


探索成功!


探索時間 0:38:25

撃破数:17

獲得数:3


特別報酬

 なし


――――――――――――――――――――


「逃げ帰ってきても探索成功ってことになるんだな……報酬はやっぱりなしか」


 ゴールデンウィークが明けて2ヵ月。アホの後輩との危険なデートから1ヵ月。

 暦は7月に入った。長い梅雨が明けて、初夏の暑さが身を包むようになった季節となっている。


 俺はデイリークエストによって入手したダンジョンキーを使い、再び異世界を探索していた。

 もう何度か鍵を入手して異世界の扉を開いているが、今だに鉱山で出会ったあの女性とは再会できないでいる。


 今回、手に入れたのは『魔狼の森の鍵』というダンジョンキーである。この鍵によってつながったのは文字通りに深い森の中でたくさんの狼が生息していた。

 クエストボードには『探索成功!』などと堂々と表示されているものの、感覚としては失敗した気分である。

 17匹ほど狼を倒し、森の中で数枚の薬草を採取しただけで、狼の群れに取り囲まれて逃げ帰ることになってしまったのだ。はっきり言って、恐怖体験をしただけで成果はほとんどなかった。


「ひょっとして……これって、初めての敗北かもな」


 クエストボードを手に入れて、多くのスキルやアイテムを入手して。

 いくつかのトラブルに巻き込まれはしていたが、最終的にはだいたい良い結果に収まってきた。

 自分は強者ではないだろうか――そんなふうに思い始めていた俺にとって、今回のダンジョン探索は初めての失敗と敗北なのかもしれない。


 油断をしていた。驕っていた。

 調子に乗っていたところで冷や水を浴びせられたような気持ちである。


「集団戦に慣れることは今後の課題だな……統率が取れたモンスターがあんなにおっかないとは思わなかった」


 過去にも複数の敵と戦ったことはある。

 大勢の不良を相手どったり、先日の下水道での戦いでは操られた被害者女性らをまとめて倒したりもした。

 しかし――彼らはロクにチームワークも取れていない烏合の衆であり、あまり集団戦という印象はない。

 対して、『魔狼の森』に出現した狼の群れは一匹一匹が統率がとれており、まるで詰将棋のように俺のことを追い詰めてきていた。

 よほど群れのリーダーが優秀だったのだろう。じわじわと逃げ道がふさがれ、選択肢を失っていく様はトラウマだ。

 あと少し、『脱出』のコマンドを押すのが遅ければ、爪と牙で引き裂かれて八つ裂きになっていたに違いない。


「あーあ、負けた負けた。今日のことは反省だな。もっと乱戦の勉強をしないとな」


 俺は汚れた上着を脱ぎ捨てて、そのままベッドに横になった。

 本日は土曜日。明日は休日だ。時間はまだ夕飯を食べて少し経ったと言うあたりだったが、いっそのことこのまま眠ってしまおうか。

 そんなふうに考えた矢先――枕元に置いていたスマホがピロリと電子音を鳴らした。


「ん?」


 疲労が蓄積して重たくなる瞼に活を入れて、スマホに表示されたメッセージを確認する。

 スマホの液晶にはメッセージの送り主の名前が表示されている。


『雪ノ下沙耶香』


「……ありゃ?」


 それは下水道の一件で顔を合わせたきりの年上美女の名前である。

『後日、話を聞く』――そう言われたきり1ヵ月間も放置された沙耶香の名前に、俺は瞬きを繰り返した。


ここまで読んでいただきありがとうございます。

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