60.危険な後輩、危険なデート⑪
かくして、下水道に潜んでいた怪物は倒されて、町は再び平和を取り戻した。
聖の正体。雪ノ下沙耶香と彼女が所属している結社についてなど、いくつもの謎が残されたものの、俺とアホな後輩の危険なデートは幕を下ろしたのである。
そして――その翌日。
「あ、真砂君。おっはー」
いつものように学校に行くと、校門で隣のクラスの女子——桜井早苗が声をかけてきた。
今日は梅雨の合間の晴れ。久しぶりの快晴で、空には燦燦と太陽が照っている。
早苗はすでに制服を夏服に換えており、薄着の上着と短めのスカートからは健康的な手足が伸びている。
「…………おはようございます」
可愛らしく『バビッ!』と手を挙げてポーズを決める美少女に、不覚にも見惚れてしまった。俺の反応がお気に召したのか、早苗はイタズラっぽく笑いながら俺に距離を詰めてくる。
「にへへへへ、何か早苗さんに言うことがあるんじゃないのかなー?」
「あー……まだ梅雨も明けてないのに、もう夏服にしたんだ。気が早くないかな?」
「来週には梅雨明けって予報で言ってたからいいんですー。それよりも、もっと気の利いたことは言えないのかにゃー?」
「む……」
ジリジリと顔を近づけてくる早苗に、俺は気恥ずかしさを覚えて視線を背ける。
早苗がどんな言葉を求めているのかは察することができたが、それをストレートに口にするには恋愛経験が足りなさすぎる。
しかし――それでも俺は吸血鬼をタイマンで倒せるほどの戦士なのだ。
同級生の女子を相手に、背を向けて逃げ出すわけにはいかない。
「……夏服、チョーカワイー。萌える」
「棒読みだなー。まあ、誉めてくれたからいいけどねー?」
かなりカタコトの誉め言葉であったが、一応は及第点だったらしく、早苗は満足して頷いた。
そして、俺の横に並んで自然な仕草で腕を取ってくる。おまけにその腕に小ぶりな胸を押し付けてきて、さらには顔をスリスリと肩に撫でつけてくる。
いや……ここは学校で、登校している生徒が大勢いるのだけど。滅茶苦茶、見られているのだけど。
「えーと……何してんすか、早苗さん?」
「マーキングかなー。真砂君が他の女の子に盗られないように」
「いや……犬じゃないんだから。それに盗られるって、いつから俺はモテモテギャルゲ主人公になったんだよ」
「ふーん、しらばっくれちゃうんだー。昨日、後輩の女の子と歩いてたよね? うちのクラスの女の子が見てたよー」
「ブフッ!?」
予想外の言葉に、俺は思わず噴き出した。
いったい、いつ見られていたのだ。下水道の入口に向かっているところだろうか。
「しかも、真砂君は上半身半裸で、相手の女の子は真砂君の上着を着てたんだって。いったい、2人で何をしてたのかにゃー」
「…………」
最悪だ。どうやら見られていたのは帰り道だったらしい。
下水道を出てから、俺と聖は薄着の格好のまま家に帰った。
俺は紳士なので聖を教会の近くまで送っていったのだが、途中でお巡りさんに職質されそうになり、2人でダッシュで逃げたのだ。
どこで早苗の友人に見られたのかは不明だが、愉快な勘違いをされかねない状況である。
「あれはタダの後輩だよ。顔見知りというだけだ」
「ふーん、ほんとかなー?」
「ホントダヨ、ウソジャナイヨ?」
「ビックリするほど棒読みだね⁉ 逆に清々しいんだけど!?」
早苗は俺と腕を組みながら、「はあ」と物憂げに溜息をついた。
「まあいいよー。でも、他にもライバルがいるってことは春歌にも報告するからねー?」
「……勘弁してほしいね。本当におかしなことはしてないんだから」
やったのはマッサージだけだ!
背中とか足をこねくり回して、あはんいやん言わせてやっただけだ!
「……あれ? これって有罪じゃね?」
「どうかしたの、真砂君?」
「何でもありません。おっぱいは触ってないからセーフです」
「……そのセリフがもうアウトなんだけどなあ」
そうこう話しているうちに、校舎の昇降口までたどり着く。
俺は自分の下駄箱を開いて上靴に換えようとするが……そこに1通の封筒が入っているのを見つけてしまった。
「あれ、真砂君。それってラブレターかな?」
「いや、そんなはずは……」
「どれどれ、お姉さんに見せてごらん」
「ちょ、勝手に読むなって!」
自分の下駄箱に向かおうとしていた早苗が、わざわざ戻ってきて手紙を覗き込んでくる。
「いったい誰がこんなものを。差出人は……聖?」
それはまさかのアホの後輩――朱薔薇聖からだった。
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月城真砂 様
昨日は御迷惑をおかけいたしました。
私の都合で先輩を事件に巻き込んで、危険な目に遭わせてしまったことを心から謝罪させていただきます。
先輩のお力添えのおかげで無事に父の名誉も回復することができました。父もとても感謝しており、いずれお礼にうかがうと申しておりました。
本来であれば直接、お礼に行かなければいけないところですが、諸事情により先輩に接近することを禁止されてしまったため、こうして手紙で謝罪することをお許しください。
接近禁止命令が解除されたら、改めて謝罪とお礼に参ります。
追伸
今回のお詫びに、心ばかりの品を送らせていただきます。
必ず気に入っていただけると思いますので、どうぞ召し上がってください。
朱薔薇聖
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「む……」
まともだ!
あの後輩が書いたとは思えない、まともな謝罪文だ!
色々と文章に拙いところはあるし、手紙の作法として正しいかはわからない。というか、俺だって謝罪文とか書いたことはないのだから。
しかし、それでもおかしなことは書いてないし、あの後輩らしいアホさが見られない。きちんとした謝罪の手紙になっている。
「ちょっと感心しちゃうじゃないか……いや、日頃の行いのせいだけど」
普段からアホなことばかりやっているため、当たり前のことをしただけですごく良くデキているように思えてしまう。
これはあれだ。『雨の日の不良と犬』理論というか、映画版のジャイアンの奴だ。
「うーん、事情は知らないけど、お礼の品って書いてあるね? あ、これのことかな?」
早苗が下駄箱を探って1つの包みを取り出した。可愛らしいクマの絵柄が書いた包みで、お菓子とか入っていそうな袋だ。
「召し上がってとか書いてあるし、クッキーとかじゃない? ちょっと開けちゃうねー」
早苗は俺の返答を待つことなく、クマの包みを開けた。
「へ……?」
「げ……!」
包みの中から出てきた物体を見て、早苗が目を丸くする。
クマの袋の中から出て来たのは……白い布の塊。いかにも柔らかくスベスベしていそうなそれは、女性用の下着。つまりパンツだった。
「……あの野郎、やっぱりか!」
「真砂くーん。これはどういうことかな? 説明してくれるかなー?」
早苗が笑顔のまま俺に詰め寄ってくる。顔はいつもの天真爛漫な表情だったが、背中の後ろになぜか般若の幻影が浮かんでいる。
「召し上がってとか書いてあるね? 召し上がっちゃうのかな、夜のおかずにしちゃうのかな?」
「…………」
俺はもはや言い訳の言葉も思い浮かばず、無言のままに両手を上げた。もう完全にお手上げである。
「春歌にもちゃんと教えないとね。昼休みに2人で尋問するから覚悟しておいてねー」
「…………ういっす」
俺は辛うじてそれだけ絞り出して、天を仰いだ。
あの後輩。絶対にシメる。
もうマッサージじゃ許さねえ。
俺は心に固く誓って、拳を強く握り締めるのであった。
危険な後輩、危険なデート 完




