59.危険な後輩、危険なデート⑩
「なるほど……話はわかった」
「…………」
雪ノ下沙耶香が微妙な顔で頷く。
俺は激しいデジャブを感じながら、沙耶香の前で正座をしていた。
服を破かれてしまった聖に上着を貸しているため、上半身は裸になっている。ちなみに、下はパンツ一丁である。
下は脱ぐ必要はなかったのだが、本気の謝罪をするときはパンツ一丁で土下座であると相場が決まっているのだ。
どうして謝罪しなければいけないのかはさておき、とりあえず脱いでおいた。
隣には俺の制服を着た聖がいて、同じように正座で座っている。
沙耶香は腕を組んで渋面になり、聖を上から見下ろした。
「つまり、自力で事件を解決しようとして真砂君を巻き込んでしまったのか。聖、どうして私達が解決するまで待てなかったんだ?」
「……ん、父の汚名は子供が晴らす。結社の世話にはならない」
「貴方はまたそんなことを……一般人を巻き込んだことの責任は重いぞ」
「覚悟の上。それに、先輩は一般人なんかじゃない」
「はあ? それはどういう……」
「ちょっと待った! ストップストップ!」
俺は大声を出して、口論を始めようとする沙耶香と聖を止める。俺は置き去りにして進んで行く事態に、さすがに堪えられなくなったのだ。
「聖の責任はさておき、沙耶香さんはどうしてここにいるんですか? それにその恰好は……」
なぜか下水道にやって来た沙耶香であったが、彼女は妙におかしな服装をしていた。
動きやすそうなジャケットとズボン、ベルトとキャップ。それらは全て黒で決められており、機能性を重視した服にはオシャレの欠片もない。例えるならば、どこかの特殊部隊のユニフォームのようである。
おまけにベルトにはなぜか日本刀をぶら下げてあり、お前のほうこそ何があったんだよと言いたくなる風体となっていた。
加えて、沙耶香は1人ではない。同じ格好をした連れがいるのだ。
黒のユニフォームを着た若い男女が少し離れた場所で立っており、こちらを警戒するように見つめている。
「あー……真砂君、これはその……」
沙耶香は気まずそうに顔を伏せて、俺から視線を外した。連動して頭の後ろでポニーテールの黒髪が尻尾のように揺れる。
黙り込んでしまった沙耶香であったが、質問への回答は別のところから返ってきた。
「沙耶香は結社に所属する退魔師だから。あれはその制服」
「ちょ、聖!?」
「結社……ですか?」
聖の言葉に俺は首を傾げた。
聖がタダ者ではないことは察していたが、まさか沙耶香までもが怪しい組織に所属しているとは思わなかった。
秘密の一端をバラされた沙耶香は、まなじりを吊り上げて聖に詰め寄る。
「聖、わかっているのか!? 結社のことは一般人にはトップシークレット。絶対に表に出してはいけない情報なんだぞ!」
「心配いらない。先輩は一般人なんかじゃない。吸血鬼だって、私じゃなくて先輩が倒した」
「はあ!?」
沙耶香の視線が聖から俺へと移される。責めるような視線に思わずたじろいでしまう。
「真砂君、まさかとは思うけど……聖が言ったことは本当じゃないだろうね?」
「あー、えーと……」
俺はしばし逡巡する。否定するべきかどうか迷ったが、さすがにこれ以上は隠し通せるとも思えない。
俺は観念して、ミスリルの剣を取り出した。
「……すいません。僕が殺っちゃいました」
「なっ……⁉」
ストレージから剣を取り出すと、沙耶香が目を剥いて驚きの声を発した。沙耶香の目には虚空から突然、剣が出て来たように見えたのだろう。
「そんな、まさか……真砂君、君も術者だったのか!?」
「えーと……」
「いいえ、術式がまったくわからなかった。日本の退魔師じゃない。西洋の魔術師……それともドルイドかシャーマン? 教会の関係者ではないはず……? 真砂君、貴方はいったい何者なんだ?」
「あー、えー……何と説明すればいいやら。話せば長くなるんですが……?」
「ん、お風呂」
言い訳の言葉も思い浮かばず、ゴールデンウィークの出来事を話そうとする俺であったが、その袖を聖が引っ張った。
「先輩、お風呂に入りたい。もうここから出よう」
「聖……話はまだ終わっては……」
「もう吸血鬼は倒した。操られていた人も、貴方達が保護してくれた。もう、ここに用はない」
「……いいわよ」
有無を言わせぬ聖の様子に、沙耶香が肩を落とした。
「……確かに、こんな汚い場所で事情聴取もしたくない。今日のところは、2人とも帰っていい」
「えーと……いいんですか?」
「後日、改めて話を聞かせてもらおうか。その時に、結社についても説明しよう」
「そうですか……それじゃあ、お言葉に甘えて」
俺はズボンを履いて、聖を伴ってその場を後にする。
途中で沙耶香の連れ2人が厳しい目を向けてきたが、気がつかないふりをしてさっさと立ち去ったのであった。




