56.危険な後輩、危険なデート⑦
操られている女性達を鎮圧した俺は、拘束した彼女らを放置して下水路の奥へと進んで行った。
この先にはすでに聖が向かっているはずだが、依然として【索敵】が反応しており、敵の気配が消えていない。
「あのバカ……負けやがったな……」
だから俺1人で行くと言ったのだ。突っ走ったあげくに返り討ちとか、どんだけ手間をかけさせるのだろう。
まだ生きているかどうかはわからないが、無事だったら手に入れたばかりのエロスキルでお仕置きをしてやらねばなるまい。
脳内のマップに従って下水路を進んで行くと、やがて開けた空間へと出た。この辺り一帯の下水路の中心部分。四方から流れてくる下水の交差路にあたる場所だ。
「おや……またもや珍客かのう」
そこには1人の老人の姿があった。ハゲた頭に白いヒゲ。腰が深く曲がっており、右手は床に杖をついている。
そして、老人の前方には膝をついて息も絶え絶えになった聖の姿があった。
おかっぱ頭の後輩はあちこちにケガをしており、服も何かに引き裂かれたようにビリビリに破かれて半裸になっている。
「っ……!」
「せ、先輩……」
聖が俺に気づいて振り返る。数分前までの元気はどこに行ったのか、明らかに満身創痍の状態となっていた。
そんな聖の姿を見るや、俺は迷うことなく駆けだした。
「さっきのお返しだこらああああああああっ!」
「ふぎゃっ!?」
聖の小さな背中に飛び蹴りを喰らわせる。膝をついていた少女は潰されたカエルのようにベチャリと床に貼りつき、そのまま動かなくなってしまう。
「後で覚えとけコラ。エロエロべちょべちょなお仕置きをしてやるからな!」
「何をやっとるんじゃおぬしら……?」
そんな俺達の様子を見ていた老人が、明らかに引いた様子で尋ねてきた。
「おぬし、その娘っ子の仲間ではなかったのか?」
「仲間だよ。最大の敵は常に隣にいるから油断大敵ってことだな」
俺は2秒で考えた適当な返事を返して、倒れた聖に手をかざす。
一応、倒れている聖に治癒魔法をかけておく。先輩を囮にするようなどうしようもない後輩であったが、さすがに死なれるのも気分が悪い。
聖に簡単な治療を施して、そのまま謎の老人へと向き直る。
「それで? ご老人はいったい何者かな?」
「……おぬしの方こそ何者じゃ。ローズレッドの関係者ではあるまい?」
「聖も言ってたな、その単語。どっかで聞き覚えがあるんだが……」
俺は記憶を探るが、思い出せない。どこかで誰かがそんな言葉を口にしていたような気がするのだが……。
「まあよい、ここにたどり着いた以上は生きて返すわけにはいかぬからのう。血を吸い尽くされてミイラとなるか、それともあの女子どものように傀儡としてやろうか」
「……あの女の人達を拉致ったのはアンタか。血を吸うとか言ったよな。まさか……吸血鬼か?」
俺はゴールデンウィークに遭遇した怪物を思い出して、尋ねる。
老人は意外そうに瞬きをして、杖を持っていないほうの手で長いヒゲを撫でつけた。
「何も知らずにここまで来たのか? つくづくわからぬ小僧よ。生憎と冥土の土産を持たせてやるほど、ワシも酔狂ではないのじゃよ。何も知らぬまま……黙って死ぬが良い!」
老人の姿が目の前から消える。次の瞬間、頭上に杖を振り上げた老人が現れる。
「キエエエエエエエエエエエイッ!」
老人が俺の頭めがけて杖を振り下ろしてくる。頭蓋骨をかち割らんばかりの勢いの打撃を、俺は背後に飛んで躱す。
「よっ……!」
「ほう! なかなか動けるではないか! 人間にしてはできるのう!」
老人は愉快そうに呵々と笑い、右へ左へ縦横無尽に動き回る。
「しかし――所詮は人間! 我らに貪り喰らわれるだけの家畜よ! そこの愚かな混ざり物の娘っ子のように、這いつくばって地を舐めるがよいわ!」
杖を突いた老人とは思えないような機敏な動きで下水路を飛び回り、老人は杖で殴打を繰り返してくる。
俺は紙一重で杖の攻撃を避けながら、老人が口にした言葉を頭の中で反復する。
その口ぶりからして、やはり老人は人間を捕食する怪物――すなわち吸血鬼か、それに近い存在に違いない。
吸血鬼には人間を操る魅了の力があると聞いたことがある。それならば、操り人形にされた被害者にも納得がいく。
「つまり……人間じゃないってことか。楽勝だな」
「なっ!?」
無属性魔法『シールド』。俺は繰り出された杖を魔法で受け止めた。
攻撃を受け止められたことで老人の動きが鈍る。次の瞬間、俺の右手が閃いた。
「フッ!」
「があっ!?」
俺はアイテムストレージから取り出した武器を老人へと叩きつけた。
ストレージから取り出されたのは、ダンジョンで入手した素材から生み出したミスリルの剣(-)だ。
「人間相手じゃこんなことできないけど。化け物が相手なら超簡単だ」
青銀の閃光が人喰いの怪物を真っ二つに斬り裂き、胴体を上下に両断した。




