53.危険な後輩、危険なデート④
聖にパンツを履かせて、俺達は2人で連れ立って河原を歩いて行く。傘で雨を受けながら進んで行き、たどり着いたのは下水道につながっている入口である。
水道局の職員が点検のために使用する入口は、格子戸状の扉が付けられており、当然のようにカギがかけられている。
「大丈夫です。鍵は担当の役所から拝借してあります」
「…………」
お前は何者だ。
どう考えてもタダの女子高生じゃないだろ。
「……いや、いいけどさ」
俺は色々とツッコミたいところを、辛うじて言葉を飲み込んだ。
この高校生とは思えないような小柄な女子の秘密は非常に気になるところだが、深入りしたくないという思いが半々である。
俺だってクエストボードという秘密を抱えているのだ。他人の秘密を詮索するのは良くない。
「じゃあ、入りましょう」
聖はポケットから懐中電灯を取り出して明かりを点ける。そして、開かれた下水道の入口へと、臆すことなく足を踏み入れた。
俺はその背中に続こうとするが、頭の中にピコンと聞きなれた電子音が響いてきた。
――――――――――――――――――――
緊急クエスト NEW!
『下水道に潜む怪異』
下水道の奥深くには魔物が潜んでいる。
夜毎にうら若き乙女を攫い、その生き血を啜る魔性の怪物。
魔物を退治して町の平和を取り戻せ!
制限時間:3時間
報酬:?????
――――――――――――――――――――
「うわ……」
「先輩、どうかしましたか?」
「いや……何でもないけど……」
てっきり不審者による犯行だと思っていたのだが、まさか魔性の怪物ときたもんだ。クエストの内容を信じるのであれば、敵は人外の存在ということになってしまう。
先日、行ってきたダンジョンならばまだしも、どうしてこんな日本の地方都市の地下にまで魔物がいるのだ。
ひょっとしたら、この世界は俺が思うよりもファンタジーなのだろうか。
「…………索敵、地図化」
気を取り直して、2つのスキルを発動させる。どちらも少し前にデイリークエストで修得したものである。戦闘用ではないため、学校の授業の片手間などでレベル上げができる便利なスキルだ。
【索敵】は一定範囲内の敵対者を感じ取るというスキルである。レベルが上がるごとに索敵範囲が広くなっていく。現在のレベルは3まで上がっており、30メートルほどの距離をカバーしている。
【地図化】は自分がいるエリアを地図として表示するものである。こちらもレベル3で、レベルが上がるごとにマップの広さや精密さが上がっていく。
俺の脳裏に下水道内の構造などが地図として描かれた。その範囲内に、敵対者の存在は感じ取れない。
「俺が先頭を歩く。明かりを貸せ」
「むう……まさか私から隊長の座を奪うつもりですか?」
「お前が隊長だってことを初めて知ったよ……」
不満そうな顔の聖から強引に懐中電灯を取り上げ、下水道内を歩いていく。
事前に行方不明者が拉致されたと思しきポイントは聞いている。とりあえず、そこを順番に回ってみて、索敵スキルに引っかかるものがないか探してみるとしよう。
頭の中にあるマップのおかげで、おおよその方角や道筋などはわかっている。俺は足元に注意をしながら、下水道の通路部分を進んで行く。
「……しかし、臭うな」
やはり下水道ということもあって、臭いがかなりきつい。
おまけに最近の長雨によって水かさが増しており、足を滑らせたら汚水の中に落ちてしまいそうだ。
「……鼻が曲がる。思っていたよりきつい」
聖もきつい臭いにまいっているらしく、俺の背中にしがみついてきて服に顔を押しつけている。
「先輩は汗臭い。でも、汚水よりはちょっとまし」
「ちょっとかよ……地味に傷つくことを言いやがって」
「だいじょうぶ、うんこよりはまし……」
「当たり前だ! というか、女の子が『うんこ』とか言うんじゃない!」
男は女に幻想を抱きたい生き物なのだ。
聖のように見た目だけは可憐な女子から、小学生男子が口にするような言葉を聞きたくない。
「……鼻が利かない。これじゃあ敵を見つけられない」
「臭いで探すつもりだったのかよ……警察犬じゃないんだから……」
俺は呆れながらも聖を引っ張って下水道を歩いて行く。
懐中電灯の明かり以外に光源がない空間は、前に行ったダンジョン以上に陰鬱としている。俺は暗い雰囲気を吹き飛ばすべく、コホンと咳払いをして口を開いた。
「ところで、聖。気になっていたんだが、どうして俺に頼んだんだよ」
「またその話? それはもう流行遅れの話題」
「いや、そうじゃなくてさ。こういう頼みごとをするのなら沙耶香さんの方がよかったんじゃないか?」
俺は年上の剣道少女の顔を思い浮かべた。
聖と沙耶香はどういう関係かは全くわからないのだが、顔見知りの知り合いだったはずである。
どう考えても、俺よりも沙耶香さんの方が頼りがいがあるのではないだろうか?
「沙耶香はダメ。今は動けない」
「うん? ひょっとしてもう頼んで断られたのか?」
「そうじゃなくて……パパのことを疑っているのは結社も一緒だから。沙耶香は結社の側の人間。信用できない」
「けっしゃ?」
「パパの疑いが深くなれば、絶対に結社はパパを拘束しようとする。殺されることだってあるかもしれない。私の手で疑いを晴らさないといけない」
「…………」
中二病か。確かに見た目は中学生なのだが、ちょっと妄想が過ぎるのではないだろうか。
結社がどうとか、そんな妄想に巻き込まないでもらいたい。
「まあ……別にいいけどな。若いうちは色々とやらかすもんだ。それもいつか良い思い出になるさ」
「はい、先輩の前でパンツを脱いだのも良い思い出です」
「それは忘れろ! 俺は忘れないけどね!」
後輩女子の公開ストリップなんて衝撃的な映像、忘れたくても忘れられるものか。
どうでもいい話をしているうちに嗅覚がマヒしたのか、汚水の臭いも気にならなくなってきた。
そうこうしているうちに30分ほど経過して、例の黒スーツの女性がいなくなったというポイントに到着した。
「ここが例の場所だな」
懐中電灯で上を照らすと、頭上に5メートルほどの円筒形の穴があって金属の蓋で閉められている。穴の横壁には上り下りのために金属の梯子が設置されている。
なるほど、マンホールというのは中から見たらこんな構造になっているのか。ちょっと感動である。
「先輩、あれ」
「ん?」
聖が指さす方に懐中電灯を向ける。そこには何かを引きずったような痕が残っていた。
明らかな犯行の痕跡。その途上には、明かりに反射してキラリと光るものがあった。
「女性の爪……付け爪ですね」
「…………」
赤い塗料が塗られたそれを聖が拾う。俺の脳裏に聖から聞かされた怪談が喚起される。
突然、マンホールに引きずり込まれた女性はどれほど抵抗したのだろうか。きっと地面を指で引っかいて、自分が助けるために必死に藻掻いたのだろう。
「……ちょっと腹が立ってきたな。女を乱暴に扱いやがって」
牧師さんの名誉を取り戻すためという目的でこの場所にやって来たのだが、それ以上に義憤の感情が湧き上がってくる。
どんな目的で女性を拉致しているのかは知ったことではないが、俺が住んでいる町で好き勝手に女を襲っている輩がいることが許せない。
まかり間違えば、妹の真麻をはじめとした身内の女性だって攫われていたかもしれないのだ。とてもではないが、放置することなどできない。
「引きずられている跡、あっちの方に続いてますね」
「こんな明らかな痕跡が残っているのに、警察は何をやってんだか」
「警察はこの件に関与していません。これは特殊案件ですから、結社の領分です」
「はあ?」
「こっちです。行きましょう」
聖はテクテクと歩いて行こうとする。俺は懐中電灯を持って、小さな背中を慌てて追いかけた。
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