勇者クラリスの冒険
「さっきの男はどこに行ってしまったのだろうか……?」
私の名前はクラリス・ロッセ。
女神によって選定され、魔王討伐を目指して活動している勇者だ。
私は現在、拠点にしているアヴァロンという町の近くにある鉱山で魔物を退治する仕事をしていた。
この鉱山はかつて様々な魔法鉱石をとることができる場所として非常に重宝されていたのだが、ある時を境に鉱山の内部がダンジョン化してしまい、魔物が出るようになったために採掘ができなくなっていた。
ギルドを通して指名依頼を受けた私はダンジョンの攻略に挑んだのだが……あわや死にかけることになってしまった。
「まさかこんな場所にジェネラル・スケルトンがいるとは思わなかった。ギルドも把握していなかったのか。それとも、嫌がらせで黙っていたのか……」
ダンジョンの最奥まで進んだ私を襲ったのは、ジェネラル・スケルトンという非常に強力なモンスターだった。
ジェネラル・スケルトンはドラゴンやヒュドラなどと比べると戦闘能力はそれほど高くはないのだが、際限なく下位のスケルトンを生み出すという能力を持っている。そのため、発見されれば最優先で討伐隊が結成される災害級のモンスターである。
一体のジェネラルが数千のスケルトンを生み出して小国を滅ぼしたという記録も残っており、とてもではないがたった一人の人間が討伐を任されるようなものではない。
にもかかわらず、私はこの鉱山に仲間を連れることなく一人で訪れていた。
「まったく……王国の貴族どもはっ! つまらない嫌がらせばかりして……!」
仮にも勇者であるはずの私が、たった一人でダンジョンを攻略しているのには理由があった。
私が暮らしているセイレーン王国には、現在、勇者と呼ばれている者が4人いる。
4人はそれぞれ女神から託宣と加護を授かり、いずれ復活する魔王を討伐する使命を与えられている。私もその一人だった。
しかし――そんな勇者の中で、平民階級の出身者は私1人。他の3人は全員、貴族の出身である。
そのため、私は勇者の中ではかなり酷い扱いを受けており、嫌がらせを受けることもしばしばだった。
他の勇者達が騎士や宮廷魔術師を護衛につけられているのに対し、私はお供を与えられることなく一人きり。
資金援助も雀の涙ほどの額で、唯一与えられたまともな支援はミスリルで造られた剣だけだった。
おそらく、王宮の人間は私に魔王を倒されると困るのだろう。
貴族出身の勇者を差し置いて平民の勇者である私が魔王を倒してしまえば、貴族の権威に傷をつけることになる。
そのため、私が活躍できないように裏で手を回しているのだ。
その嫌がらせの最たるものが、今回の依頼である。
私は冒険者ギルドを通じてこのダンジョンの攻略を命じられ、仲間を集める暇さえも与えられることなく坑道へと送り込まれてしまった。
何とか一人で戦い抜いてダンジョンの奥までたどり着いたものの、そこで現れたのは災害級のモンスター。
死を覚悟した私であったが、思わぬ闖入者の手助けによって勝利してしまった。突如として天井から落ちてきた男が、ジェネラル・スケルトンを討伐してくれたのだ。
男はジェネラルを倒すやどこかに消えてしまい、私は礼を言うこともできずに取り残されてしまった。
(おそらく、転移のアイテムを使って消えたのだろうけど……名前くらい教えてくれたっていいのに……)
私は歯噛みしつつ、ジェネラルを倒したことで開かれた扉をくぐる。扉の向こうには正方形の部屋があり、中央に人間の頭部ほどの大きさの赤い宝石があった。
これこそがダンジョン・コア。この鉱山をダンジョンに変えて、魔物の巣窟とした元凶である。
「ふっ!」
私はミスリルの剣を叩きつけてダンジョン・コアを破壊する。
赤い宝玉は輝きを失って崩れ落ち、坑道の中に満ちていた不穏な気配が消失した。
「ふう……これで任務達成だな」
私はダンジョンを攻略した証拠にコアの欠片をバッグに入れて、来た道を引き返した。
私がここに来るように仕向けた者達は、私が無様に逃げ帰るか、あるいは魔物に殺されることを望んでいるのだろう。
無事に成功してアヴァロンに帰り着いたら、果たしてどんな顔をするだろうか。
(鉱山が解放されれば大勢の人間が利益を得る。そうなれば、町の有力者の後ろ盾ができるし、私を排除したがっている貴族もより嫌がらせの手を強めてくるかもしれない)
私は内心で考えを巡らせながら、坑道を入口に向けて歩いて行く。
今回の冒険がきっかけで私の味方は確実に増えるだろう。反対に、私の存在を危険視する者も増えるはずだ。
これから先は私の力を求める者、反対にさらに強く排除しようとする者の両方を相手にすることになる。
(早く仲間を集めないと。できれば、強くて頼りになる人を――!)
そう考えて、頭に浮かぶのは共にジェネラルと戦った男の顔である。
私と同年代ほどの年齢の少年であったが、確実に今の私よりも強かった。
あの人が仲間になってくれれば……そんなことを考えていると、坑道の入口が見えてきた。
(今度会ったら、ちゃんとお礼を言わないと)
なぜだろうか。
きっとまた、あの人に会える気がする。
そんな確信を胸に、私は光の中へと歩み出たのだった。




