44.目指せ、生産職。かーらーのー……④
「だ、ダンジョンキー……?」
耳慣れない言葉である。直訳するならば『迷宮の鍵』だろうか。
俺はクエストボードを操作してアイテムストレージを表示して、新しく手に入れたアイテムを表示する。
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ダンジョンキー【下級採掘場】
迷宮【下級採掘場】への扉を開く鍵。
壁に鍵の先端を押し付けることによって使用する。
耐久値1/1
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「うん、よくわからん」
どこなのだ。下級採掘場って。
ストレージを操作してアイテムを取り出してみると、茶色い金属製の鍵が現れた。
見た目は何の変哲もない鍵である。しかし、クエストボードの説明文の内容から察するに、これを使うことで【下級採掘場】というダンジョンに行くことができるのだ。
「興味深いな……できれば試してみたいところだけど……」
しかし、迂闊に試すことはできない。
このアイテムの耐久値は『1』しかないのだ。1回使えばなくなってしまうことになる。
使うのであれば、十分な準備を整えてから使うべきだろう。
ちなみに、この鍵を手に入れるきっかけになったワールドクエストは『錬金を10回せよ』というものだった。
錬金というものがわからなかったためノーマークで放置していたのだが、ここに来てとんでもない報酬をぶっこんできた。
「むう……」
俺は手の中で鍵をいじりながら、チラリと壁にかけてある時計を一瞥する。
すでに時間は夕方の6時を回っている。じきに夕飯ができて真麻からお呼びがかかるだろう。
もう時間も遅いことだし、この鍵を使うのは明日にしておくべきだ。明日は日曜日だし、1日フリーになっている。
「……そうだな、きちんと準備を整えて使ってみよう」
「お兄ー、ご飯できたよー」
と、決意をしたと同時に階下から真麻の声が響いてきた。
俺は鍵をアイテムストレージの中に放り込んで、部屋から出て行った。
そして、翌日。
俺は朝から友人の家に遊びに行く旨を真麻へと告げて家を出た。
「……お兄、友達いたんだ」
真麻からスペシャル失礼なことを言われつつ、俺はリュックサックを持って家から出て、そのまま駅前のホームセンターへと向かう。
いきなり鍵を使うような真似はしない。
【下級採掘場】というのがどんな場所かはわからないが、ダンジョンというだけあって危険な場所である可能性は低くない。
トラップやモンスターだってあるかもしれないのだ。十分な準備を整えてから鍵を使うべきだ。
ホームセンターで必要な物を購入する。ついでにペットボトルの水と食料品も買って、リュックサックに詰め込んだ。
そして、人気のない路地裏へと入ってアイテムストレージから鍵を取り出した。
「さて……ここでいいかな」
恐る恐る金属製の鍵を建物の壁に押しつける。すると、コンクリートの壁にぶつかって止まるはずの鍵の先端がズブズブと壁の中に吸い込まれていく。
「お、おおっ……!?」
水に沈むように壁の中に消えていく鍵に、俺は驚きの声を上げてしまった。
そうこうしているうちに鍵は完全に消えてしまい、やがて壁に大きな波紋が生じた。
まるで墨で塗りつぶすように壁が黒く染まっていき、まるで洞窟の入口のような穴が生まれたのだ。
「これがダンジョンの入口……?」
俺はゆっくりと手を近づけて黒い穴に触れてみる。水に手を入れるような感触とともに穴の中に手が入る。
思いのほかに生温い感触に、俺は慌てて手を引き抜いた。
「やべっ、ちょっと怖くなってきた……」
この穴の向こうには得体の知れない世界が広がっている。
この世界の誰も行ったことがない場所。生きては帰れないかもしれない場所だ。
考えても見れば、安全の保障のない場所に行くなんて、普通に生活している日本人にそうそうあることではない。
例えるならば、小さなヨットで太平洋に漕ぎ出したり、ラクダで砂漠を横断したりするようなものである。
「ふう……落ち着け。冷静になれ。クールだクール」
俺は大きく深呼吸をした。
後戻りをするのであればこれが最後の機会になるかもしれないが、それでも好奇心を抑えることができない。
ゲームや漫画の主人公のように誰も行ったことがない未開の場所を冒険する――そのチャンスを手に入れて、ふいにする気にはなれなかった。
「よしっ!」
俺は覚悟を決めて、穴の中へと手を突っ込んだ。そのまま足を踏み入れて、身体ごと押し込んでいく。
やがて全身が穴の中へと吸い込まれていき、目の前の景色が一変する。
そこに広がっていたのは薄暗い洞窟だった。
トンネルのようなアーチ形の天井。壁には点々と一定間隔に松明が置かれていて、オレンジの明かり越しに先が見通せないほど長い坑道が伸びているのがわかる。
『ダンジョン【下級採掘場】の探索を開始。残り時間は1時間です』
聞きなれた電子音とともに、そんなメッセージが現れた。




