桜井早苗の悪癖
ああ、ダメだ。
また、やってしまった。
私の名前は桜井早苗。
高校2年生で、部活動はバレー部に所属している。
私にはとある悪癖がある。
それは、男の人をすぐに好きになってしまうというものだ。
母親からも、親友の春歌からもよくたしなめられている。
『もっと男を警戒して、自分を大切にしなさい。男性にあまり軽い態度で接していたら、いつかひどい目に遭ってしまうから』
そんなふうに、いつもお小言を言われたりしていた。
私だってわかっているのだ。自分がバカな女だって。
このままじゃいけないってことくらい。
自分が無防備で危ういことをしているってことくらい。
だけど、どうしても直らなかった。
中学の頃から何人かの男子と付き合ったり別れたりして、最近になってとうとう大事に巻き込まれてしまった。
付き合っていたクラスの男子生徒――沖本にホテルに連れ込まれそうになって、怖くなって抵抗したら頬をぶたれてしまったのだ。
不幸中の幸いにも近くをお巡りさんが通りかかってくれたおかげで難を逃れたものの、沖本は大きな処分を受けることはなく、そのまま学校に通い続けている。
沖本のことは好きだったけど、さすがに暴力を受けて好きでいることなんてできない。
すっかり思いが冷めてしまった私は、話し合うのも嫌でメールで一方的に別れを告げた。
しかし、恋人でなくなってからも学校では時折刺すような視線を感じていて、振り返ると別れたはずの沖本が睨んでいるのだ。
できるだけ一人にならないように心がけて、戦々恐々とした思いで学校生活を送ることになってしまった。
ゴールデンウィークになって、そのまとわりつくような視線から解放されると安堵していたものの、連休が始まって早々にやらかしてしまった。
私はまたしても、恋に落ちてしまったのだ。
「はあ…………真砂君」
私は自宅のベッドに横になって、両手で持ったスマホを物憂げに見つめていた。
スマホに映っているのは一人の男子生徒の写真。私の新たな恋の相手である月城真砂の顔であった。
連休中に春歌と3人でデートをした時に撮った写真を、私は1日に何度も開いては眺めていた。
「はあ、真砂君。早く会いたいなあ」
今日は土曜日。ゴールデンウィークが明けて5日が経って再び休日になってしまったのだ。
これで月曜日まで真砂の顔を見ることはできない。
それがどうしようもなく切なくて、胸が苦しくなってしまう。
これまで付き合っていた男子に対しては持っていなかった、初めての感情だった。
よく春歌や他の友人からも指摘されるのだが、どうやら私は男子に対して警戒心なく接しすぎているらしい。
その理由は、兄と弟にある。
上下を男兄弟に挟まれて育ったせいか、私はどうにも男子にボディタッチをするのに抵抗がないのだ。
そして、中学に上がろうかという頃。両親が離婚して兄や弟とは離れ離れになってしまった。父は兄と弟を連れて仕事のために渡米してしまい、なかなか2人とも会えなくなったのだ。
私の中には暗い虚無感が残ってしまい、その空白を埋めるように同年代の男子を好きになり、付き合っては別れてを繰り返していた。
沖本はどことなく顔立ちが兄と似ていて気になったのだ。
その前の彼氏は話し方や雰囲気が弟に似ていた。
こんなことを言ったらこれまで付き合ってきた人たちに申し訳ないのだが、自分は兄や弟の面影を彼らと重ね合わせていただけなのかもしれない。
ただ一人、月城真砂という男子を除いては。
「どうして真砂君なのかな? 全然、タイプじゃないと思うんだけどな」
私はスマホの写真を見つめながら、ぼんやりとつぶやいた。
真砂は兄とも弟も似ていない。にもかかわらず、私はいつもの悪癖で恋に落ちてしまった。
ゴールデンウィークに私は事故に遭って、死にかけた。
死にかけたとはいっても私の身体には目立った外傷はなく、検査のために病院に何度か通っただけで入院すらもしなかった。
それでも――不思議と私は確信していた。
私はあの時、死の一歩手前まで追い詰められていて、そして真砂によって救い出されたのだと。
あの事故の時、車が衝突した衝撃によって意識を失っているにもかかわらず、私は頭のどこかで感じていた。
自分の身体がどんどん冷たくなっていくのを。生きるために必要な何かが抜け落ちていくのを。
死神の刃が振り下ろされるのを、感じ取っていた。
だけど、次の瞬間には口から温かな熱が流れ込んできた。
欠けていた何かが満たされるのを感じて、死神が逃げるように遠ざかっていくのがわかった。
そして、目を開くと真砂がいたのだ。
医者でもない、タダの高校生が事故の被害者にできることなど多くはない。
それでも、私は確信した。
自分を助けてくれたのは真砂なのだ。
この人のおかげで、自分は今も生きているのだ。
そして、すぐに恋に落ちた。
しばらくは誰とも付き合わないようにと決めていたのに、沖本のせいで刻み込まれたトラウマなどすぐに払拭されて真砂のことを好きになっていた。
またしても、恋に落ちてしまったのだ。
「うーん……春歌が用事がないのならデートに誘ったのになあ」
私は唇を尖らせて不満を漏らした。
親友であり、私と同じように真砂に思いを寄せているらしい春歌は親戚の用事があり、土日は留守にしている。
今のうちにと抜け駆けができるほど、私は友情を捨てることはできなかった。
いずれは恋敵として決着を付けなければいけない日が来るのかもしれないが、それまでは3人の関係を大切にしたい。
だから、この土日は真砂と会うことはできない。
どれだけ寂しくても、愛しくても我慢しなくちゃいけないのだ。
「ふふっ……月曜日にはまた真砂君をからかっちゃおう。下着の話題とか振ってみたら、どんな顔をするのかな?」
真砂がどんな下着を好んでいるのか、デザインとか色とか確認してみるのもいいかもしれない。
春歌もこの手の話題は苦手にしているので、真砂と一緒になって面白いリアクションを返してくれるに違いない。
それが今から楽しみで仕方がなかった。
「ん……」
私はチュッと写真の中の真砂にキスをして、スマホを抱きしめて目を閉じた。
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