38.スキルのある学園生活⑨
そして――放課後がやって来た。
春歌はどうやら放課後も委員長としての仕事があるらしく、早苗もまたバレー部の活動があるとのことである。
2人と一緒に帰ったりする展開になるのでは……などと期待半分だった俺は、肩透かしをされた気持ちで校舎から出た。
「…………ひょっとして、尾けられてる?」
慣れた帰宅路をしばらく進んでいるうちに気がついたことだが、背後から数人の人影がついてきていた。
いつもであれば気のせいだろうとスルーするところだったが、なんたって俺は帰り道で襲われることに関しては慣れた熟練者だ。
すぐに背後の人影が、自分を狙っていることを察知した。
「……こんなことに慣れたくはなかったけどな。さてさて、どうしたものかな?」
後ろの連中を撒くことは簡単だ。
全力疾走でダッシュをすればいい。それだけのことだ。
今や俺の脚力は世界記録を叩きだせるほどのもので、自動車やバイクなどが相手でなければ余裕で振り切ることができるだろう。
しかし――問題は連中の目的である。
奴らが俺の想像している通りの人物だとすると、ここで振り切ってしまえばかえって不味いことになりかねない。
俺に向かうはずだった悪意が、春歌や早苗に向かうことになるかもしれないのだ。
そうなると――ここで決着をつけるのが一番いいはずだ。
俺はそう思って、あえて人気のない道へと入り込む。
裏道を通りつつ、近所の神社の境内へと足を踏み入れた。
夕方の神社には誰もいない。
俺が子供の頃はここを遊び場にして、日が暮れるまで友達とボール遊びやかくれんぼをしていたものだが、最近の子供はゲームばかりなのだろうか。神社は閑散と静まり返っていた。
「よお、月城。わざわざこんな人気のない場所に来てくれるなんて親切じゃねえか」
「…………」
背後からかけられた声に俺は振り返る。
そこにいたのは予想通りの人物。
体育の授業で負かしてやったばかりの相手――沖本だった。
「……こう見えても信心深いんだ。神社の雰囲気って子供の頃から好きなんだよ」
「へえ、だけど今日で嫌いになると思うぜ? たっぷりとトラウマを植え付けてやるよ」
沖本は1人ではない。数人の仲間を連れていた。
学校の制服についた校章から察するに上級生もいるようだ。
「わざわざ放課後に男を追い回すなんてヒマ過ぎじゃないか? そんなに大事な用事があったのかい?」
「……お前が悪いんだぜ。俺の言うとおりに早苗と別れていれば、ケガをせずに済んだものを」
「随分と別れた女に執着してるんだな。知らないのか? そういのを『ストーカー』っていうみたいだけど」
「うるせえ!」
揶揄うように言ってやると、沖本が怒鳴り返してきた。
野太い怒声に、神社の木にとまっていたカラスが驚いて飛び立っていく。
「クソッ! あの女、ホテルに誘ったくらいで騒ぎやがって……! おかげで進路指導からは厳重注意を食らうし、おかしな噂が流れて女子からも避けられるようになったじゃねえか!」
「自業自得だろ。付き合ってるからって、無理やりホテルに連れ込んでいい道理なんてないっての」
「他に女と付き合ってやる理由なんてねえだろうが! 普段から他の男にも愛想を振りまいている早苗のことだ。誘えばすぐにヤラせてくれるって思ったのに……! 俺と別れた途端にこんな冴えない男と付き合いだすなんて、やっぱり尻軽女じゃねえか!」
「はあ…………」
俺は呆れかえって溜息をついた。
早苗はあくまでも惚れっぽくて愛想がいいというだけであり、決して軽い女というわけではないのだ。
この勘違い男はそれを履き違えて、早苗をホテルに連れ込もうとしたのだろう。
「……まあ、他人の恋愛論にまで口出しするつもりはないけど。それでも、もう早苗とは別れたんだろ。俺の友達をビッチ呼ばわりするなよ」
俺は譲れない部分をきっちりと告げておく。
この男と早苗がどんな関係であり、どんな付き合いをしていたか――それは俺にとっては他人事であり、口出しするような問題ではない。
ホテルに連れ込もうとした件だって、それがきっかけで別れるという結果になったのだ。
すでに当人同士で話がついている以上、俺がどうこう言うことではない。
しかし、すでにこいつと早苗は別れており、早苗は俺の友人だ。
俺と早苗の交友関係について、こいつにどうこう言われる筋合いなどなかった。
「別れた女に執着して、他の男を襲うなんてみっともないぜ。恥を知れ」
「うるせえ……!」
ギリギリと奥歯を噛みしめて沖本が唸る。
殺意すらにじませた血走った目で俺のことを睨みつけて、拳を震わせる。
「……大人しく早苗と別れるなら何発か殴るくらいで許してやろうと思ってたが、もうぶっ殺す。明日から学校に通えると思うなよ?」
「それは困るなー。もう一度、春歌の手作り弁当を食べるまで死ぬわけにはいかない」
「知るかよ。さっさと死ね」
沖本の後ろから上級生が進み出てくる。
俺が通っている高校はわりと校則は緩めなのだが、それでも彼らのようにあからさまに髪を染めていたり、堂々とピアスを開けている者はなかなかいない。
一目見てヤンキーだとわかってしまう、実に典型的な連中であった。
「さーて、後輩君にはとりあえず土下座させとくかー」
「へへっ、とりあえず財布出しとけよ。出しても殺すけどなー」
「まずは顔面いっときまーす」
「……すごいな。超不良だな。ちょっと感動したわ」
上級生らの分かりやすい不良ぶりに俺は感動すら覚えて、拍手をしたい気分になってしまった。
「この間のゲーセンといい、不良とかチンピラって令和の時代にも結構いるんだな。いくら時代が進んでも悪は不滅ってことか。悲しいよな」
「はあ? テメエ、頭湧いて……」
「バレット」
「へぶっ!?」
俺は拳を振り上げるヤンキーAに無属性魔法を打ち込んだ。
鼻っ面に弾丸を食らって、ヤンキーAは神社の地面に仰向けに倒れる。
「ヤンキーAをやっつけた。経験値を1手に入れた……なんてな」
「なっ……テメエ、何をしやがった!」
突然、倒れた仲間に他のヤンキーが驚きの声を上げる。
本気を出せばコンクリート塀にも穴を開けることができる『バレット』の魔法であったが、さすがに威力を抑えているため小石をぶつけた程度の威力しかない。
それでも当たり所が良かったのか、ヤンキーAは鼻血を出して目を回している。
「いや……これは中国に古くから伝わる拳法で『指弾』ってやつだよ。指で石とかコインとかを弾いて飛ばしてるんだ」
「嘘つけや! 何も飛んでなかったぞ!?」
「俺の弾丸は心の清らかな人間にしか見えないんだよ……ほれ、こんなふうに」
「ギャッ!?」
再び放たれたバレットによって、アゴを打ち抜かれたヤンキーBがその場にうずくまる。
不可視の弾丸にヤンキー達はさすがにたじろいでいるようだったので、そのままバシバシと小気味よいリズムで撃ち続ける。
「あだだだだっ! ちょ、やめろやコラアッ!」
「わはははは、何だかオラ、楽しくなってきたぞ!」
「ちょ、ぎゃあああああああああああああ!?」
魔力の許す限りバレットを撃ち続ける俺。
驚異の十六連射が終わった頃には、ヤンキー達は一人残らず地面に倒れていたのであった。
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