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32.スキルのある学園生活③

 何事もなく――というにはやや騒がしすぎたのだが、ゴールデンウィーク明けの授業は着々と進められていった。


 休み時間のたびにゴールデンウィーク中に何があったのか、俺は男子から、春歌は女子から質問攻めに遭わされることになった。

 早苗の事故のことや、ゲームセンターで不良を追い払ったことなどを聞いて、クラスの女子の俺に対する評価がかなり上昇したのは棚ぼたなことである。


「ごめんなさい……私のせいであんな騒ぎになってしまって……」


「あははは。真砂君、ごめんねー。許してあげてちょうだい?」


 そして、昼休み。

 高校の中庭にある芝生の上に座り、春歌が深々と頭を下げてきた。

 その隣には早苗もいて、愉快そうに笑いながら春歌の頭を撫でている。


 春歌がどうして教室であんな爆弾発言をしてしまったか――その原因は、どうやら早苗にあるようだった。


 親友である2人は、昼休みに俺を誘って一緒に昼食をとる約束をしていたらしい。

 そして――俺をきちんと誘うように早苗から念押しをされた春歌は、男子生徒をお昼に誘うという慣れないイベントにテンパってしまい、周りの状況が見えないままに俺に声をかけた。

 結果、クラス全員に俺達がデートをしたことについて露見してしまったのである。


「まあ、別にいいけどさ。クラス中から注目されるなんて初めてだったからちょっとビックリしたよ」


 良くも悪くも目立たないモブだったはずの俺が、まさか連休明け早々に男子全員から祝福とやっかみの言葉をかけられることになろうとは。


 これもクエストボードのおかげ……というのは、さすがに無理があるだろうか?


「いいじゃん、いいじゃん。終わったことはもう置いといてさ。それよりも早くお弁当食べようよー」


 シュンと意気消沈している春歌に励ましの言葉をかけて、早苗がパンパンと両手を叩いて話題を切り替える。


「そうだね、女子の手作り弁当が食べられるってことで、今回のことはチャラにしよう」


「うん……ありがとう、月城君」


 春歌はまだ落ち込んでいる様子だったが、それでもほんのりと笑顔を浮かべてくれた。

 教室から持ってきたカバンから布の包みを取り出し、芝生の上で広げる。


「じゅ、重箱……!」


 布の中から現れた弁当箱を見て、俺は戦慄の声を漏らした。

 春歌が持ってきた弁当は黒塗りの重箱であり、それも二段重ねになっていたのだ。


(女子が作る弁当って、もっとこぢんまりして可愛い奴じゃないのか? これってお花見に持ってく奴だろ?)


「あはは、相変わらずすごいねー。春歌のお弁当は」


「そうかしら? いつも通り……ああ、今日は2人もいるから二段重ねにしたのだけど?」


「……ひょっとして、いつも重箱だったりするのか? 結構、量があると思うんだけど」


「春歌は見た目によらず食べるからねー。あははは、おっぱいも育つわけだよー」


「ひゃあっ!」


 横からツンツンとふくよかな胸を突かれて、春歌が裏返った悲鳴を上げた。

 女の子同士のよくあるスキンシップなのかもしれないが、近くに男子がいるところでやるのは如何なものだろうか。

 俺は制服の下に隠れている二つの山を想像して、ゴクリとツバを飲んだ。


「もう! いいから早く食べましょう! 昼休み、終わっちゃうでしょ!」


「あー……そうだな。5限目は体育で着替えないといけないし、俺も腹が減った」


 俺は赤くなっているであろう顔を背けて、春歌の言葉に同意する。


 春歌が重箱を開くと、一段目にだし巻き卵や一口ハンバーグなどのおかずが、二段目に稲荷寿司が詰め込まれていた。

 稲荷寿司は酢飯だけのものと炊き込みご飯のものが両方あって、かなり手間がかけられている。


「えらく豪勢だな……今日はお花見じゃないよな?」


「春歌の弁当はいつもこうだよー。この子、すごい料理に凝ってるから」


「これくらい普通でしょ? 料理はやればやるほど上達するし、毎朝作っていればこれくらいすぐに作れるようになるわよ」


「わー……デキル子発言だー」


 早苗はどこか拗ねたように唇を尖らせ、稲荷寿司を手に取ってパクついた。

 どうやら早苗は料理があまりできないようで、女子力の差を見せつけられてやや落ち込んでいる。


 俺も春歌に渡された割りばしでだし巻き卵を口に運んだ。


「あ、美味い」


 料理好きの妹のおかげで俺の舌はわりと肥えていると思うのだが、それでもこのだし巻き卵はかなり美味しく感じた。


「口に合ったみたいでよかった。いっぱい食べてね?」


「うん、ありがと…………って、うおっ!?」


 俺は春歌を見て、思わず顔を引きつらせた。

 春歌はパクパクと手を休めることなく稲荷寿司を口に運んでいる。

 そのスピードときたら、俺がだし巻き卵を一つ食べる間に稲荷寿司3つが春歌の口の中に消えていた。

 俺はその喰いっぷりに見入ってしまい、割りばしをポロリと落としてしまった。


「驚いてるねー、真砂君」


「さ、早苗?」


「春歌の大食いもいつものことだよ。デートの時はさすがに緊張して人並みにしか食べてなかったみたいだけど……それよりも、早く食べないと私達のぶんも食べられちゃうよー」


「お、おう」


 俺は早苗に促されて、慌てて重箱へと箸を伸ばした。

 俺は急ぎ目のペースで昼食を口に運ぶ。それを上回る速度で春歌が料理をほおばる。


 最終結果として――俺と早苗、春歌がそれぞれ3:2:5の割合で料理を食べて昼食タイムは終了したのであった。


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