31.スキルのある学園生活②
普段の半分未満の時間で通学路を駆け抜けた俺は、学校が近づいきて人通りが多くなってきたタイミングを見計らって速度を緩めた。
さすがにあの猛スピードを見られてしまえば、俺の持っている力に感づかれてしまうかもしれない。
すでに遅れは取り戻しており、急がなくても十分に始業時刻に間に合うだろう。
スキルがバレないようにするためにも、あえて早歩き程度の速さに切り替える。
「おお……懐かしきかな我が母校」
やがて見えてきた校舎に、俺はしみじみとつぶやいた。
学校に通っていなかったのはゴールデンウィークの1週間だけのことだったが、ずいぶんと久しぶりに訪れるような気がしていた。
どうやら連休中に色々とあったせいで、かなり時間の感覚がおかしくなっているようである。
「……それだけ濃厚で、密度のある1週間だったってことだな」
うんうんと頷きながら、俺は校門をくぐって校舎へと入る。
下駄箱で上履きに履き替えて、2年生の教室がある2階へと上がっていく。
「お、おはよー」
「はよーっす」
そして、やや緊張しながら教室の扉を開くと、見知ったクラスメイトが挨拶を返してくれた。
1週間ぶりの教室。
1週間ぶりのクラスメイト。
当たり前の教室の風景に、なぜだかジワリと涙腺が緩むのを感じた。
(考えても見れば、ゴールデンウィーク中には何度も危ない目に遭ったよな。吸血鬼に襲われたり、女の子をかばってケンカしたり、後輩女子に刺されそうになったり……あそこで大ケガとかしてたら、こうやって教室で皆にも会えなかったんだよな)
そう考えてみると、感慨深いものである。
自分の当たり前に思っている日常が、あっさりと覆される砂の上の城だと痛感した。
「……月城よお。お前、何で泣いてんの?」
教室の入口に立ったままウルウルと目を潤ませている俺に、クラスの男子の一人が怪訝そうに声をかけてきた。
「……泣いてないし」
「……いや、泣いてんじゃん。号泣じゃん」
「泣いてないやい。これは目から胃液が出てるだけだ」
「怖っ! どんな身体の構造してんだ!?」
そんなやり取りをしつつ、自分の机と椅子に腰かける。
しばらく目頭を押さえていると涙の衝動も収まってきた。
(まだ始業時間まで10分くらいはあるよな……一眠りしておくか?)
俺はカバンを机の上に放り出し、それを枕に瞳を閉じようとする。
しかし、眠りの世界に旅立つよりも先に俺の席へと歩み寄ってきた者がいた。
「お……おはよう、月城君」
「んあ?」
カバンに頭部を乗せたまま目を開くと、そこに見慣れた女子生徒の顔があった。
ぶ厚い黒縁のメガネに、左右の三つ編み。
お手本のような委員長スタイルで武装しているのはゴールデンウィークにも顔を合わせた藤林春歌だった。
春歌はやや緊張に口を引きつらせながら、机に突っ伏す俺を見下ろして話しかけてくる。
「ゴールデンウィークはありがとう。色々とお世話ばかりかけちゃって……」
「いや? 別にいいよ。ご飯とかおごってもらったし、ゲーセンで遊んでもらったからね」
すでに早苗の命を救ったことについてはお礼をもらっている。
これ以上、春歌が俺に対して気に病まなければいけない理由など何もないはずである。
「それはそうだけど……ゲームセンターでも助けてもらったし、結局、借りが増えただけみたいで……」
「クラスメイトなんだから貸し借りなんて難しく考えなくてもいいと思うけどな。ほら、女の子を守るために戦うとか男冥利に尽きるだろ?」
「えーと……それはそうかもしれないんだけど……」
俺が冗談めかして言ってやるが、春歌の表情は固いままである。
何か話したいことがあるのに、それを切り出すことができない――そんな顔をしている。
春歌は俺のことを見て、視線を外し……しばらくするとまたこちらを見る。
それを何度か繰り返した後、ようやく切り出してきた。
「その……だからお礼をさせてもらいたくて今日はお弁当を作ってきたんだけど、一緒にどうかなあって。ほら、月城君はいつも購買だし、たまにはお弁当も食べたいんじゃないかなと思ったりして……」
「は……?」
恥ずかしそうに顔を朱に染める春歌。俺は予想外の展開に言葉を失った。
たしかに、俺はいつも購買でパンやらおにぎりやらを買って食べている。
それは毎朝、部活の朝練で早く家を出る真麻にお弁当を作る手間までかけられないという配慮からだったが、まさかそれがこんな結果につながろうとは。
クラスの女子にお弁当を作ってもらう。
そんなリア充イベントが自分の人生に訪れる日がやってこようとは。
「うん……えーと、すごい嬉しい。ものすごい嬉しいんだけど、藤林さん?」
「な、何かしら?」
「それ……こんなところで言っていいのかな?」
「え……?」
春歌は俺の言葉の意味がわからず、しばし目を白黒させる。
そして――油の差してないゼンマイ仕掛けのような緩慢な動きで首を巡らせ、背後を振り返る。
振り返った先、先ほどまでの喧騒に包まれた教室が静まり返っていた。
クラスメイト全員が俺たちの会話に聞き耳を立てており、好奇心に瞳を輝かせている。
ここは学校の教室。
始業直前の時間ということもあって、すでにクラスメイトの大半が登校してきている。
そんな場所で、女子が手作り弁当を口実に男子をお昼に誘っているのだ。
注目を浴びないわけがなかった。
「委員長がお弁当? 月城に?」
「おい、マジかよ! ゴールデンウィーク中に何があったんだ!」
「お礼とか言ってたけど、何かあったんじゃねえか!?」
「ふ、藤林さんって意外とダイタンなのね……」
「あ、ああ……」
盗み聞きしていることに気づかれた途端に騒ぎ出すクラスメイト。
春歌は顔を真っ赤にして、わなわなと震えだした。
「えーと、藤林さん?」
「だ、だって早く誘わないとって……月城君も用事があるかもしれないし……誰かに先を越されたり……」
「ふ、藤林さん? おーい、落ち着けー」
「こ、これは早苗が……ひゃああああああああっ!」
「あ!」
クラス中からの注目に耐えられなくなったのか、春歌が悲鳴を上げて教室から飛び出していった。
真面目な委員長は廊下を走るという校則違反を犯しながら、どこかに消えていってしまう。
「今から授業が……おいおい……」
俺は茫然とつぶやいた。
そんな俺の肩に、ポンと手が置かれる。
「追いかけてやれよ。男だろう?」
それは後ろの席の男子だった。
普段から下ネタばかり言って女子に敬遠されているはずの彼が、今日は菩薩のように慈悲深い顔をしている。
そして、そんな彼の言葉に口々に他のクラスメイトも続いていく。
「そうだな、ここは男を見せる時だ」
「追いかけて抱きしめてやれよ。そのままチューしてこい!」
「むしろ押し倒せ! 委員長の隠れ巨乳を揉んできやがれ!」
「そして感想を教えてくれ! やはりエベレストは大きかったと!」
「いや、お前ら絶対に遊んでるだけだろ!? 他人事だと思ってからかってるだけだな!?」
勝手なことを言いまくる男子に、俺は目をつり上げて言い返した。
ちなみに、藤林春歌は予鈴と同時に教室に戻ってきた。
委員長という生き物の習性なのか、どれほど恥じらって混乱していても授業をさぼったりはできないようである。
そのまま1限目の授業が開始されたのだが、次の休み時間に俺達が質問攻めにされたのは言うまでもなかった。
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