雪ノ下沙耶香の秘密
「それで、どうしてあんな事をしたんだ?」
「…………」
私の詰問に、昔なじみの少女はぷいっと拗ねたように顔を背けた。
尖った唇が不満をありありと伝えてくる。
頭痛を感じて、私は指先でこめかみを抑えた。
(まったく、この子は昔から変わらない……)
私の名前は雪ノ下沙耶香。
とある女子高に通っている高校三年生で、剣術道場の師範の娘だ。
そして、私の隣を歩いている小柄な少女の名前は朱薔薇聖。
私にとっては幼馴染みという間柄だったのだが、実際のところはそんなに仲良しこよしな関係ではない。
私にとって聖は監視対象といった存在であり、場合によっては敵対するかもしれない相手であった。
今だって彼女が問題を起こしたために、とある民家へと彼女を迎えに行った帰り道だった。
聖が引き起こした問題の後始末を考えると、頭がクラクラして失神してしまいそうな心境である。
私は人気のない道をあえて選んで歩きながら、隣を歩いている聖へと詰問の言葉を投げかける。
「……わかっているのか? 私はあなたが問題を起こした場合、『結社』に報告する義務があるんだ。今回は大きな被害はなかったからよかったものを、万が一にも真砂君が大ケガをしていたら大問題になってしまう。私も父もかばいきれないぞ?」
「……私は間違ってない」
「あなたはまたそんなことを……真砂君はタダの一般人なんだぞ? 一般人に手を出すことが私達の業界ではタブーとなっているのを知らないわけじゃあるまいに」
そう、私の家はとある特殊な家業を代々受け継いでおり、聖の監視や後始末をしているのもその仕事の一環であった。
聖もまた同じく特殊な生まれなのだが、私との立場は真逆だ。
大きな問題を起こせば、彼女とその父親は私の家とその背後にある『結社』を敵に回すことになってしまう。
「……先輩は一般人じゃないから問題ない」
「はあ? 何をおかしなことを……」
「先輩の身体からは吸血鬼の匂いがする。だから殺そうとした。それだけのこと」
「吸血鬼ってそんな……」
そんな馬鹿な!
思わず叫びそうになって、私は慌てて口を抑えた。
私とあの年下の少年――月城真砂は数日前に出会ったばかりであり、彼のことなど何も知らないに等しい。
しかし、それでも彼の妹である真麻とは師弟関係に近い間柄であり、決して他人ではないのだ。
本人は隠しているつもりのようだが、真麻はかなりのブラコンである。道場では兄の話ばかりしており、彼女から聞いた話から考えても真砂が吸血鬼である可能性など皆無だ。
「そんなことはありえないわ。私は彼から『魔』の気配は感じなかった」
何より私の感覚が。一族として生まれ持った力が聖の推測を否定している。
「ん……沙耶香の目は穴ぼこ。私の鼻はごまかせない」
しかし、聖は自信満々に胸を張って己の主張を曲げようとしない。
私は疑わしげに小柄な少女の頭を見下ろして、「ありえない」ともう一度つぶやく。
「吸血鬼の匂いがしたというのなら、ひょっとしたら夜道で襲われたりしたのではないかな? 高位の吸血鬼であれば人間の記憶を消すことだってできるし、彼も忘れているのでは?」
「ん、違う。先輩はタダ者じゃない。私の勘がささやいている。先輩はとんでもない秘密を隠したべりーでんじゃらすがい」
「…………」
私はますます信用ができなくなってしまい、半眼になって聖を睨みつけた。
しかし、いくら睨んでも聖は無表情な顔に得意げな色を混ぜて、ふふんっと鼻で笑ってみせる。
「今日、先輩の飲み物に毒を入れた。でも先輩は平然としていた。人間だったら無事じゃすまない」
「毒って……あなたはいったいどこまで……」
もはやどこから突っ込んでいいのかわからない。
一般人に毒を盛り、挙句の果てにナイフで襲いかかって殺そうとした。
この事を上に報告すれば、最悪の場合には聖が結社の討伐対象となってしまうだろう。
監視役の雪ノ下家だっておとがめなしでは済まされない。
(この子を殺すことになるのかしら、私が……)
私は雪ノ下家に生まれ、いずれは家業を引き継ぐことが決定している。
そのことに不満を覚えたことはなかったし、結社や家の方針に文句だってありはしない。
しかし、しょせん私も十代の少女。
長年の顔見知りである聖を討伐しなければいけないことに、抵抗がないわけではないのだ。
(幸いにも真砂君は無傷だったみたいだし、信じられないけど殺されかけたことをそれほど怒ってもいなかった。何とか聖から謝罪の言葉を引き出して穏便に片付けられれば、あるいは討伐処分だけは免れられるかもしれない)
「……次は絶対にしとめる。先輩は私のそうるたーげっと」
「…………」
そのためにも、この子が真砂にこだわるのをやめさせなければ。
私は頭の中から説得の言葉をひねり出そうとする。
「それに、もうじき『血の礼拝』がやってくる。きっと先輩は『夜会』が送り込んできた刺客。ローズレッド家の敵」
「血の礼拝!?」
聞き捨てならない単語を聞かされて、ようやく構築しかけていた説得の言葉が吹き飛んだ。
その言葉は聖にとっても、私達の一族にとっても到底無視できる言葉ではないからだ。
「詳しく説明しなさい! どこからその情報を手に入れたの!?」
「あうっ!?」
首根っこをつかまれて、聖がバタバタと手足を振りまわして抵抗する。
乱れておかっぱの髪が私の頬を叩くが、構わず手に力を込める。
「……詳しく話すまで今日は帰さないから。さっさと行くわよ!」
「きゅう……」
私は小動物のようにうめいている聖を引っ張り、自宅の道場まで連行して行ったのであった。
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