23.六日目は両手に花を抱いて④
慌ててトイレから出てゲームセンターの店内に戻ると、緊急クエストで表示されていた通りに春歌と早苗が男達に囲まれていた。
5人組の男達は髪を派手に染めており、耳や唇にはピアスを付けている。タンクトップで剥き出しになった腕にヘビのタトゥーをいれている奴までいて、『俺達はガラが悪いですよ』と周囲にアピールをしまくっていた。
「ちょ、やめなさいよっ!」
「はっ、離して! 誰か助けてっ!」
男達に囲まれた2人が瞳を涙目にして助けを求めている。
しかし、犯罪スレスレの状況にもかかわらず、周囲にいる他の客は遠巻きに見守るばかりで、哀れな少女達を救い出そうという者は誰もいなかった。
同情した目を向けながらも、自分に火の粉がかからないように距離をとっている。
そして、誰も邪魔が入らないのをいいことに、男達は2人の腕をつかんでヘラヘラと軽薄に笑っていた。
「いいじゃん、いいじゃん。ちょっと遊びに行くだけだろ?」
「そうそう。俺達ってば紳士だからさー、明日の朝には帰してあげるよー」
「へへっ、そっちは2人でこっちは5人だから……まあ、ちょっとだけ多めに相手してくれれば数もちょうどいいよなー」
「ちょっ、やめてっ、触らないでよっ!」
「……っ、痛ってえなあ!」」
引きずるように店の外へと連れ出そうとする男達に、春歌が手を挙げた。綺麗な平手打ちが男の頬へと吸い込まれてパチンッと小気味の良い音を鳴らす。
はたかれた男は一瞬なにが起こったのかわからない顔をしていたのだが、すぐに状況を理解して激昂する。
「てっめ、ふざけんなよ! こっちが優しくしていりゃ付け上がりやがって!」
「きゃあっ!」
「春歌っ!?」
男が拳を振り上げる。
まさか女子の顔を殴るつもりか!?
「ふざけてんのはお前だろうがっ!」
俺は人混みをかき分けて前に出て、春歌に拳を振り上げている男の顔めがけて飛び蹴りをくらわせる。
メキョッと鈍い音とともに男の鼻がつぶれ、首が限界までのけぞった。
「真砂君!」
「えっ……」
目を輝かせて俺の名前を呼んでくる早苗。
男の手から解放された春歌は、へなへなと床に崩れ落ちて女の子座りになり、呆然とこちらを見つめてくる。
「すまん、遅くなった。すぐに終わらせるから、もうちょっとだけ待っててくれ」
俺は2人にヒラヒラと手を振って、男達へと向き直った。
仲間の1人をあっさりと倒された男達は驚いて固まっていたが、すぐに顔を真っ赤にして激昂する。
「誰だコラアッ! ふざけたこと言ってんじゃねえぞ!」
「しゃしゃってんじゃねえぞ、ガキが!」
「はあ……」
あまりにも頭の悪そうな恫喝に溜息すら出てしまう。
令和の時代になってこういうありきたりなチンピラは絶滅したと思っていたのだが、まだ生き残りがいたようである。
「なんていうか……こういう連中ってマンガの世界だけだと思っていたよ。三次元の世界にも、こんなわかりやすい悪党がいるんだな」
「がっ!」
「ひぎいっ!?」
「そんでもって……こういうわかりやすい悪党をあっさり退治するヒーローも、マンガの世界にしかいないと思ってたよ」
まさか……自分がそんなヒーローになる日が来るとは思わなかった。
俺は襲いかかってくる2人の男に、左右の拳で腹パンチを食らわせた。
両手で同時にパンチを放ったため、腰もタメも入っていない雑な攻撃になってしまったのだが、スキルによって圧倒的に強化された身体能力が腕の力だけで男達を圧倒する。
「これで3人……そんでもって」
「ふざけろよってめ……ガフッ!?」
「ほい。4人目」
さらに追加で襲ってきた4人目の男も、ワンパンであっさり倒す。
「しかしまあ……たった数日で俺も随分と変わったもんだよな。こうやってためらいなくケンカできるようになるなんて」
空手などの武術を習っていても、実戦で人を殴ったりするには抵抗があると聞いたことがある。
それこそ、武道の達人や格闘技のチャンピオンが強盗や暴漢に襲われて刺されたりすることだってあるくらいだ。
しかし、俺は目の前の男達を倒すことにまるで躊躇いを抱かなかった。
殴られるかもしれないことへの恐怖も、相手を殴ってしまうことへの同情も、少しもない。
「ま、この辺りも精神強化スキルの効力なんだろうな。本当に便利なスキルだよ」
「ガキ……自分が何をしたのかわかってんのか?」
最後に残った男。タンクトップに坊主頭の男が顔を歪めて威嚇してくる。
腕にタトゥーまで彫った男は尋常ではない悪党のオーラを出していたが、もはや俺にとって脅威を感じない。
俺は肩をすくめて、男に憐みの視線を向けた。
「なあ、もういいんじゃないか。これくらいにしておこうぜ。俺に勝てないのはわかっただろ? 連休ではしゃぎたくなる気持ちはわかるけど、そろそろ頭を冷やそうぜ?」
「ガキが……人を舐めやがって! そっちこそタダで済むと思うんじゃねえぞ!」
男が懐に手を入れた。
取り出されたのは鈍く輝く刃。つまりナイフだった。
「……さすがにそれはシャレにならないと思うけどな。ナンパの果てのケンカじゃ済まないぞ?」
「余裕かましてんじゃねえぞコラあっ! 死にやがれっ!」
「月城君!」
男がナイフを構えて突進してきた。
傷害……殺人にすら発展しかねない事態に、春歌が金切り声を上げた。
隣で座り込んでいる早苗も両目を見開いて言葉を失っている。
(いくら身体強化されてても刃物が刺さったら痛いよな)
「ま、大人しく食らってやる気はないけど」
スキル【格闘術Lv1】
武技――『疾風拳』
それは本日のデイリークエストの最後の一つ。
『武器を使わずに3人の敵を倒せ』――を達成したことによって修得したばかりのスキルであった。
文字通りに疾風のごとく放たれた拳打が男の腹部に突き刺さる。
「が、は……?」
なにが起こったのか理解できない、そんな顔をしたままタトゥー男が崩れ落ちる。
武技による一撃はまさに必殺。目にも止まらない神速の攻撃だった。
「おかげで今日もデイリークエストを全部達成できたよ。ありがとさん」
「月城君!」
「真砂くーん!」
「おわあっ!?」
5人の暴漢に勝利した俺に、春歌と早苗が駆け寄ってくる。
勢いあまって抱き着いてくる2人を俺は慌てて抱き留めた。
「うおおおおおおっ!」
「すげえ! なんだあのパンチ!」
「見えなかったぞ!? カンフーの達人かよ!」
2人の少女に抱き着かれる俺へと、成り行きを見守っていたゲームセンターの客達が喝采の声を上げる。
「大丈夫、ケガはないの!? どこにも刺さってない!?」
「怖かったよおおおおっ! 真砂くううううううんっ!」
「ふぐっ……」
俺は2人にもみくちゃにされて、バタバタと両手を振りながら床に倒れ込んだ。




