桃〇郎電鉄には温泉を覗けるスポットがある ⑦
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かくして、俺達のスキー旅行は幕を下ろすことになった。
『スキー旅行』がテーマの話なのにそんなシーンねえじゃんとか言いっこなし。
春歌と早苗のスキーウェア姿は、俺の瞼の裏にしっかりと焼き付いているので問題はないのだ。
「またのお越しをお待ちしております」
翌朝、若女将に見送られて宿を後にした。
見送ってくれたのは本物の若女将ではない。カマキリもどきの若女将は退治してしまったため、魔法を使って生み出した使い魔のようなものを用意しておいたのだ。
わざわざ若女将の偽物を用意したのは、同行者である女性3人のため。
俺にとっては厄介なハプニングだったが、春歌と早苗、千早さんは何も知らない。
あえて教えて怖がらせても楽しい旅行を汚してしまうようで申し訳ないので、偽物を作って誤魔化しておく。
この旅館には俺達以外の宿泊客はいないようだし……あとで『結社』にでも連絡して後処理を任せておくとしよう。
「いやー、昨晩は楽しかったわね。全然、記憶に残ってないけど!」
帰りの車中。
運転席でハンドルを握りながら、千早さんが笑顔で言う。
アルコールが入って酷い有様になっていたのだが……どうやら、それは記憶にないようである。
「う、うん……そうね」
「私はアリだったかな? たまには良いよね。ああいう飲み会も」
微妙な顔になる春歌と、苦笑している早苗。
謎のジュースを飲んでいた早苗はともかくとして、アルコールが入っていなかった春歌は服を脱がされて迷惑していたようである。
俺にとっても愉快なイベントだった。大学の飲みサーというのはああいうものを言うのかもしれない。
「……うん、俺は良いけど春歌と早苗はやめてもらいたいね。俺以外の男の前で脱ぐとか発狂するって」
「アハハハ。大丈夫だよー。真砂君以外の前であんなことしないから」
「月城君の前でもしない方が良いと思うけど……いいわ。旅行自体は私も楽しかったから」
早苗と春歌は顔を見合わせ、微笑んでいる。
色々あったものの、おおむね楽しい旅行だったと思う。春歌と早苗も楽しんでくれたようで何よりだ。
問題は失恋した直後の千早さんだが……この旅行を通じて、少しでも失恋の傷が癒えていたら良いと思う。
「もうじき家に着くけど……真砂君は家の前まで送っていった方が良いかしら?」
「あ、お構いなく。どうせ近所だから藤林さんの家と一緒で良いですよ」
「それならウチで旅行の感想戦やろうよ! 写真もプリントするから、語り合おう!」
早苗が右手を挙げて提案する。
なるほど、思い出話を語り合うのも旅行の楽しみの1つということか。
「私は良いですけど……月城君は?」
「俺もいいよ。お邪魔させてもらおうかな」
春歌も俺も提案を受け入れた。
せっかくだ。早苗のオタク訪問も兼ねて思い出話に華を咲かせていただこう。
「おっけ、それじゃあ全員ウチにごしょうたーい」
千早さんがハンドルを切って、桜井家へと車を走らせていく。
そのまま桜井家に到着しようとする車であったが……目的地の前。早苗の家の前に立っている人影があった。
「あ……千早ああああああああああっ!」
「あ……」
「え……お姉ちゃん、アレって……?」
「千早、俺が悪かった! 俺とやり直してくれ!」
桜井家の前でブンブンと手を振っているのは、20代前半ほどの若い男性である。
「ひょっとして……お姉さんの元・彼?」
ひょっとしなくても、そうなのだろう。
彼に何があったのかはわからないが……千早さんとやり直したくて、家の前で待ち伏せしていたらしい。
「雅一……!」
千早さんが強くハンドルを握りしめた。
よくよく見れば、両目には涙が浮かんでいる。
「千早ー!」
「雅一……!」
すれ違った恋人達。
一度は解けてしまった運命の糸が、再び1つに結びつこうとしている。
「お姉ちゃん……!」
「良かったです、千早さん……!」
早苗と春歌も表情を輝かせている。
2人はドラマのようなラブシーンを見れるかもしれないと、胸を躍らせていた。
しかし……
「この……クソボケがああああああああああっ!」
「え……?」
千早さんは容赦なく車を突っ込ませ、元・彼氏……雅一とやらに車をぶつけた。
「グホッ!」
雅一が衝撃で撥ね飛ばされ、道路を転がっていく。
いくら小型の自動車とはいえ、わりとスピードを出していた気がする。
「ええっ!?」
「嘘っ!?」
驚いて声を上げる早苗と春歌。俺も予想外の事態に言葉を失う。
そうこうしているうちに千早さんが車を停止させ、運転席から飛び降りる。
そして……アスファルトの上でピクピクと痙攣している雅一に馬乗りになり、胸ぐらをつかんで揺さぶった。
「乳のデカい女に誑かされて人をフッておいて、今さら顔を出すとは良い度胸ね! お望みどおりにブチ殺してやるわよっ!」
「ち、千早……ゆるし、て……」
「許すわけないでしょうが! 浮気野郎に慈悲を与えるほど私は優しくなんてないのよ! 消えろ浮気者。滅びろ巨乳!!!」
「ぐふ、ぶべっ、おふおおおっ!?」
千早さんが雅一をボコボコに殴っている。
容赦のない打撃の雨。これをまともに喰らっていたら、あのカマキリ共だって無事で済まなかったであろう良い拳打だった。
「真砂君……お願い」
「ん、了解した」
俺は皆まで聞かず、早苗のお願い事を了承した。
魔法で結界を張って周囲の視線をさえぎっておく。これで騒ぎを聞きつけた御近所さんに通報されることはない。
「車も直しておいて……一応、あの男も治療しておいた方が良いよな。うん」
浮気男への制裁を邪魔するのも申し訳ないが……いくら何でも、殺すのは不味いだろう。
死なない程度に治癒魔法をかけておいた。
「記憶も……消しておいた方がいいのかな?」
「この浮気者! 滅べ! 百回滅びろ巨乳うううううううううううっ!」
いっそのこと、雅一とやらの記憶をすべて消してしまった方が良いのかもしれない。
憎しみの対象が『巨乳』に移っている千早さんの背中に、俺はそんなことを思ったのである。
桃〇郎電鉄では温泉を覗けるスポットがある 完
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