桃〇郎電鉄には温泉を覗けるスポットがある ④
俺と女性陣3名は少し離れた部屋に泊まることになった。
どうやら、他にも宿泊しているお客さんがいるらしくて、隣同士の部屋がとれなかったようだ。
女性陣が宿泊するのが本館の2階。俺は離れの個室だ。渡り廊下を通らなければ離れには行けないような構造になっている。
「申し訳ございませんが、予約のないお客様には夕食をお出しすることができません。明日の朝食でしたらご提供できるのですが……」
「ええ、構いませんよ。飛び込みで泊まらせてもらえるだけ感謝ですよ」
申し訳なさそうな女将に千早さんが両手を振った。
幸いなことに、俺達はここに来る途中で夕食を摂っている。
直後、吹雪に降られて立ち往生しかけることになったが、腹は満たされていた。
「今日はもう寝るだけですね。温泉に入ってからゆっくり休みましょう」
部屋に案内されながら、春歌が穏やかな口調で言ってくる。
食事は出ない。雪で外にも出られないとなると、出来ることは限られていた。さっさと眠り、明日は晴れることを祈るくらいだ。
だが、早苗が「バビュッ!」と右手を挙げて提案する。
「あ、春歌! 私トランプ持ってるから後でやろっか?」
「トランプですか、いいですね。月城君はどうでしょう?」
「ああ、もちろん構わないよ。温泉に入ってからそっちの部屋に行くよ」
湯上がりの美少女とトランプ。
うん、修学旅行みたいで良き良き。
「そういえば……修学旅行ってどこに行くんだっけ?」
「東京、沖縄、北海道から選べるそうですよ? 去年は韓国だったみたいですけど……今年は治安の関係で国内になったみたいです」
春歌が小首を傾げながら答える。
その回答に、早苗が「えー」と不満を露わにした。
「そんなー……私、韓国が良かったのにー!」
「最近は海外は物騒みたいですからね……旅行中の外国人が拉致されたり。旅客機が丸ごと消えてしまった事件もあったから」
「あー……そういえばニュースでやってたな。まだ見つかってないんだっけ?」
俺は記憶を掘り起こしながら眉をひそめる。
1ヶ月ほど前のことだったか、アメリカの旅客機が突如として消えてしまい、まだ発見されていないらしい。
旅客機には日本人も何人か乗っていたため、大きなニュースになっていた。
「事故にあったか、それともハイジャックでもされてしまったか……どちらにしても気の毒なことだな……」
「そうですね……無事に発見されると良いんですけど……」
俺と春歌が溜息をついていると、女性陣が泊まる部屋へと到着する。
早苗さんがパンパンと両手を叩いた。
「はいはい、お話はそこまで! 早苗、春歌ちゃん、荷物を置いて温泉にいくよー」
「はーい……真砂君、覗いても良いけど見るのは私と春歌だけにしてね?」
「覗かないよ………………………………………………………………………………………………………たぶん」
「いや! その長い溜めは信用できないんだけどな!」
「月城君のえっち……」
早苗と春歌に睨まれながら、俺は女性陣と別行動になった。
よくわからない旅館で別行動することに不安はあったが、彼女達に何があったとしても即座に対応できるように備えはしている。問題はないだろう。
「それでは、こちらの部屋になります。どうぞごゆっくり……」
若女将に案内された離れの部屋は、特に変わったところもない普通の和室だった。
荷物を置いて、部屋に置かれていたタオルと浴衣を持って、本館にある温泉に向かう。
温泉はもちろん混浴……などではなく、ちゃんと男女で分かれていた。わかっていたけど残念である。
ならば露天風呂で『のぞきイベント』。女湯での会話が聞こえてきてしまったり、壁に穴が開いていて女子の裸が見えてしまったりという事件は起こらないものか。
「……うん、起こるわけないよね。そもそも、外は吹雪じゃないか!」
露天風呂はあるようだが、当然のように使うことは出来なかった。
俺はガックリと肩を落として屋内にある大浴場のお湯に浸かる。
「わかってた。わかってたけどさあ……あるじゃん、こういう時のお約束が……」
もちろん、温泉施設にとって「のぞき」や「盗撮」はもっとも警戒するべきことである。
壁に穴が開いているとか杜撰な管理をするわけがない。そんなことは最初からわかっていることである。
だが……それでも期待しちゃうじゃないか。男の子だもの。
期待しちゃうじゃないか!! 男の子だもの!!!
「まあ、その気になればオフロくらい、いくらでも覗けるんだけどさ……そういうことじゃないんだよな。そういうことじゃ」
意識を集中すると……大浴場の壁の向こうに春歌と早苗、千早さんの気配が感じられる。
どうやら、3人も現在進行形で入浴中のようだ。和気藹々と話している気配が伝わってくる。
その気になれば会話を盗み見することも、透視して裸を見ることだって可能だ。やらないけどね。
俺はこれまで、幾度となく女子に対してセクハラ行為をしてきたが……それはどれも偶発的な事故であったり、アホの後輩への制裁であったり、暴走して流されたりしての状況である。
意図してクエストボードの能力を悪用し、女性に対してエッチなことをしたことは1度だってない………………………………たぶん!
それは俺が善人であるとかそういう話ではない。
1度道を踏み外してしまえば、きっと私利私欲のために力を使うことを躊躇わなくなってしまう。
そのせいで、大事なものをなくしてしまうかもしれないことが怖いのだ。
「つまり……俺がヘタレだということで。めでたしめでたし」
などと自己完結をして、俺は湯船に顔をつけて洗った。
乳白色の湯は不思議と硫黄の臭いはせず、代わりにミルクのような甘い匂いがする。
温泉には詳しくはないが、何か特殊な成分でも入っているのだろう。
「失礼いたします。お湯加減はいかがでしょうか?」
「わっ!?」
急に大浴場の扉が開いて女将が顔を出す。
お湯に浸かっていたから良いものを、一歩間違えたら猥褻事件の勃発である。
「だっ、大丈夫です! ちょうど良いですっ!」
「それは良うございました。それでは、お背中をお流しいたしますのでこちらにどうぞ」
「ええっ!?」
見れば、若女将は浴衣のような薄手の着物に着替えており、袖や裾をまくっている。おかげで白い手足がかなり際どいところまで見えている。
「い、いやいやいやっ! そんなオプションは頼んでませんけどっ!?」
ひょっとして、浴衣と間違えて特殊なサービスを提供する専門店に入ってしまったのだろうか?
そんな疑問が頭に浮かぶが、女将は困ったように苦笑する。
「あら、ご存じないのですか? 温泉の中には『三助』といって、こういったサービスを提供している場所もあるのですよ」
「さ、さんすけ……?」
そういえば……聞いたことがあるような気がする。
昔の温泉施設には『三助』という人がいて、背中を流したりマッサージをしたり、入浴の手伝いをしていたという。
ここは随分と古いたたずまいの旅館だし、そういうものが残っているのだろうか。
「えっと……それじゃあ、お願いします」
しばし悩むが……それでも、最終的には了承する。
断じてすけべ心ではない。わざわざ着替えてきてくれた若女将に申し訳なかったからだ。
俺は股間をタオルで隠して立ち上がり、若女将に進められるがままに檜のイスに座った。
「それでは失礼します」
「……ヨロシク、オネガイシマッス」
若女将がタオルを使って俺の背中をぬぐっている。
全体的に優しく。要所要所では力を入れてしっかりと。
絶妙な力加減は手慣れたものであり、彼女が日常的にこの仕事をしていることがわかった。
「むう……」
気持ち良い。
とても気持ちが良いのだが……何だろうか、この違和感は。
美人な若女将に背中を洗ってもらうという結構なシチュエーションであるにも関わらず、少しも嬉しくない。
まるでマッサージチェアに背中をほぐされているような……どこか機械的で味気ない感覚なのだ。
やはり、おかしい。
この旅館は何かが変わっている。
「力加減はいかがですか?」
「……問題ないです。気持ち良いです」
「それでは、お塩も失礼いたしますね」
「はい…………え、塩?」
疑問を口に出すと同時に、女将が俺の肌に塩を塗り込んできた。
たっぷりとした塩が惜しげもなく肌をこすり、ザラザラという感触がする。
「え? これって何ですか?」
「こうして塩を肌に塗り込むことで、余分な脂肪を落として美肌にする効果があるんですよ」
「い、いやいやいやっ! それって俺に必要かなあ!?」
自分で言うのもどうかと思うが、俺はわりと均整とれた体つきの細マッチョだ。塩で除去しなくてはならないような余分な脂肪はない。
それに美肌効果と言われても、男子高校生の俺にはピンとこないものだった。
「最近は男性でも美容に気にされる方が増えているんですよ。こちらは無料サービスですからお気になさらず」
「え……ええっ? そうなの?」
「はい、そうなのです。では一度お湯で流しますね。そのままジッとしていてくださいませ」
どこか釈然としない気持ちになりながら……俺は若女将からのサービスを受ける。
塩をお湯で流した後は、妙に香ばしい匂いがするアロマオイルを塗られたりもした。
若女将の口振りは丁寧ながらもどこか有無を言わせぬものがあり、断ることを許さない空気がある。
そのサービスは非常に心地が良くて、疲れも取れるものだったのだが……まるで下ごしらえをされている食材の気分になってしまい、変に落ち着かなくなってしまうのであった。
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