桃〇郎電鉄には温泉を覗けるスポットがある ②
ただいま連続投稿中。
読み飛ばしにご注意ください。
「遭難した!」
そう……遭難である。そうなんですよとか言っている場合ではない。
事件はスキー旅行からの帰り道で起こった。
スキー旅行自体はとても楽しいものだった。
久しぶりのスキーを楽しみ、早苗と春歌のスキーウェア姿を楽しみ。とても有意義な冬の思い出ができたと思う。
先に明言していたように早苗はかなりスキーが上手い。風を切って雪山から滑り降りてくる姿はなかなか様になっており、自慢するだけのことはあった。
一方で春歌の腕前は平凡。何度も転んでしまい、俺に支えられる場面もあった。
どさくさに紛れて、胸部にそびえ立ったエベレストを触ってしまったのはご愛嬌。実に素晴らしい感触であったとだけ言っておこう。
温泉だってとても良かった。
純度100パーセントの紳士である俺は女湯を覗くような下種な真似はしていないが、風呂上がりの女子達の浴衣姿はしっかりと目に焼き付けさせてもらった。
食事の山の幸を楽しみ、温泉地のお約束として卓球をやったりして……動いて乱れた浴衣からチラついた胸や太もも、二の腕を楽しんで……うん、とても有意義なバケーションだった。
そんな素晴らしいお泊まりスキー旅行だったのだが……やはり綺麗には終わらない。帰り道、突如として大雪に降られてしまったのだ。
天気予報では晴れだったはずなのに、急に……降ってきた大雪によって視界が封じられ、車が立ち往生することになった。
「あー……これはちょっと進めないわねえ」
車内にて。
困ったようにつぶやいたのは運転席でハンドルを握っている女性である。背が高くてスレンダーな身体つきで、早苗と並ぶと一目で姉妹と分かるほど顔が似ている。
彼女の名前は桜井千早。早苗のお姉さんであり、県内の大学に通っている女子大生だ。
彼女が運転する車の中にいるのは助手席に早苗、後部座席に俺と春歌である。
本当は千早の彼氏さんも一緒に来る予定だったのだが……スキー旅行の前日、彼氏さんの浮気が発覚して別れてしまったらしい。
激情を無理やり抑えつけているような不自然なほどの笑顔でスキーをしている姉の姿に、早苗が思いっきり顔を引きつらせていた。
「お姉ちゃん、帰れないの?」
「視界が悪くて前も見えないし、道路もスリップするだろうし……今晩は帰れそうにないわね。ごめんなさい、春歌ちゃん。真砂君も」
「いえ、私は構わないですけど……」
「俺も別に。天気が相手じゃどうしようもないですから」
実を言うと……どうしようもないこともない。
俺がその気になれば車ごと転移して家に帰ることは可能だし、何だったら雪雲を力ずくで吹き飛ばしてやることだって可能だ。
しかし、俺の力を知っている春歌や早苗はまだしも、ここには早苗の姉ちゃんもいる。迂闊に力を使うことはできなかった。
雪雲を吹き飛ばしてやろうにも、天候を変えるほどの力の行使がどのような結果をもたらすか想像できない。吹き飛ばされた雪雲が別の場所で天災を引き起こす可能性だってあるだろう。力があるからといって、むやみやたらと使うべきではない。
「どこか旅館でも探した方が良さそうね……早苗、ちょっとスマホで調べてくれない?」
「うん、いいけど……あれ? 圏外になってる?」
「え? マジで?」
俺もスマホを取り出して確認すると、本当に圏外になっていた。アンテナが1本も立っていない。
「いや、おかしくないか? いくら雪だからってスマホまで使えなくなるなんてことないだろ?」
「うーん……あり得なくはないですよ。寒い場所だとバッテリーが減りやすくなりますし、機械が不具合を起こしているのかも……」
春歌が控えめに答える。
その理屈はわかるのだが、暖房が効いた車内で全員のスマホが一斉に不具合を起こすというのもおかしなものだ。
「うーん、他に理由なんて……」
「あ! お姉ちゃん、あそこ! あそこに旅館があるよ!」
考え込む俺の思考を切り裂くように、早苗が車の前方を指さした。
そこには吹雪によってかかったカーテンの中、うすぼんやりと光るネオンの明かりが見える。
雪のせいで見づらいが、そこにははっきりと『宿』という文字が浮かんでいた。
「よかった……とりあえず、遭難は免れそうね」
千早さんが冗談混じりにつぶやいた。
このまま雪の中をさまようなんてゾッとする話である。早々に宿が見つかったのは幸運だった。
「未成年者3人を連れて凍死とシャレにならないじゃない……フラれたショックで親戚の子供と友達を巻き込んで無理心中とか報道されたら、死んでも死にきれないわよ」
「良かったねー。まあ、私と春歌は真砂君に裸で温めてもらうけどね♪」
「さ、早苗……」
女性陣が黄色い声で盛り上がっている。
早苗が悪戯っぽく笑い、春歌が顔を赤くして、千早さんがヤケクソのように乾いた笑顔を浮かべていた。
3人とも旅館が見つかった安心感から、笑顔を浮かべる余裕が出来たようだ。
「ふむ……?」
一方で、俺は妙にぞわぞわとする謎の気配を感じていた。
まるで知らないうちに肉食獣のテリトリーに侵入していたような、落ち着かなくて背筋がざわつくような気分である。
「気のせい……だよな、多分」
自分に言い聞かせるようにつぶやくが……実のところ、その言葉を一番信じていないのは俺自身である。
この手の嫌な予感がはずれた試しはない。
ゴールデンウィークから始まった非日常な日々は、今日も変わらず続いているのだから。
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