ヒジリの伝説 ヴァンプの仮面②
人生には様々なことが起こる。
予想できること。予想できないこと。
期待通りになったこと。期待外れなこと。
まあ、つまりは何が言いたいかというと……全裸の美少女と一緒に風呂に入ったりするような事態も、生きていれば訪れるのだ。
「……いや、あってたまるか!」
「先輩、私の話をちゃんと聞いてますか?」
聖が怒ったように聞いてくる。
はい、聞いてませんとも。それどころじゃないんだもん。
現在、俺は聖と一緒に湯船に浸かっていた。
俺が先に浴槽に入り、後から入ってきた聖が俺の脚の間に座る。
聖を背中から抱きしめてお腹に手を回して……そんなラブいカップルか新婚さんみたいな入浴の仕方をしているのだ。
「役得なのかもしれないけど……何かすごい汚された気分なんだけど。できればこういうことは他の女子とやりたかった……」
例えばおっぱい委員長こと藤林春歌。
あるいは、スレンダーな元気娘の桜井早苗。
もちろん、完璧なプロポーションの持ち主である剣術少女――雪ノ下沙耶香だって忘れてはならない。
もしも彼女達と一緒に入浴する機会があったのなら、それは至高の幸福に違いない。
その日を国民の休日にしたいくらい、忘れられない日になることだろう。
「それなのに……まさかの初・混浴の相手がアホの後輩かよ。夢を土足で踏みにじられた気分だ……」
「先輩、人偏に夢と書いて『儚い』と読むのですよ?」
「夢をクラッシュしたブッチャーが言うんじゃない! お前、ほんとに何しに来たの!?」
仕返しにおっぱいを揉んでやろうとするが、平坦すぎる胴体ではどこが腹でどこが胸かわからなかった。
無性に悲しい気持ちになってしまったので、それ以上のお触りはやめて聖の話を聞くことにする。
「とある場所に潜入して、ある物を奪取したいのです」
湯船で俺に抱きかかえられたまま……聖はそんなことを言ってきた。
「何だよ、ある物って。犯罪行為には協力しないぞ?」
「ご安心ください。私がやっているのは公共の利益になる行為です。社会奉仕と言っても良いでしょう」
「どうだか……」
「先輩、人間が吸血鬼になるためにはどうすればいいと思いますか?」
唐突におかしなことを聞かれた。
俺はオカルトの知識を思い返し、頭に浮かんだことをそのまま口にする。
「そりゃあ、吸血鬼に噛まれて血を吸われたらなるんじゃないか? 小説とかマンガとかでよくあるだろ?」
「それは正解とも言えますし、不正解とも言えます。確かに、吸血鬼に血を吸われた人間は眷族となってしまいます。ですが……それはあくまでも一時的に吸血鬼に操られているだけであり、完全な吸血鬼ではないのです」
聖は湯船にタオルを入れてクラゲのように膨らませながら説明をする。
「吸血鬼に血を吸われた人間は、『唾液』が体内に取り込まれたことで操られてしまいます。この状態であれば、主である吸血鬼を倒せば人間に戻れます。さらに主たる吸血鬼から『血液』を体内に入れられた人間は『レッサーヴァンパイア』になってしまい、こうなるともう人間には戻れません。そのまま吸血鬼として生きていくことになります」
「…………」
「ですが……レッサーヴァンパイアもまた、厳密には完全な吸血鬼ではないのです。私のようなハーフと同じで、不完全な吸血鬼でしかありません。では……完全な吸血鬼を生み出す手段はないのでしょうか?」
「何が言いたいんだよ。さっさと結論を言えよ」
話が進むにつれて、どうやらこれが真面目な話であるとわかってきた。
一緒に入浴している状況はともかくとして、話の内容は聞き逃してはいけないものだ。
話の先を促すと、聖は「プシャンッ」とタオルで作ったクラゲを手で潰す。
「これは人間と共存を選んだ別の吸血鬼から知らされた情報なのですが……人間やレッサーヴァンパイアを完全な吸血鬼に変化するアイテムをとある男が入手したようなのです」
「ッ……!」
「その男の名前は『アーノルド・ブルーブラッド』。私と同じ吸血鬼と人間のハーフ。ダムピールです」
「つまり……そのアーノルドという男が持っているアイテムを奪い取りたい。それに協力して欲しいってわけか?」
「その通りです。アーノルドによってあのアイテムが悪用されれば大量の吸血鬼が野に放たれ、この世は大混乱に陥るでしょう……私はそれを阻止したい」
聖は普段にはない真剣な口調で断言する。
いつものふざけた空気はまるでない。シリアス全開の雰囲気だった。
「先の戦いで吸血鬼という存在が危険視されています。再び吸血鬼が問題を起こせば、『結社』をはじめとした世界中の魔術結社が今度こそ吸血鬼を殲滅すべき対象と定め、人間と共存している血族まで狩りだすようになるはずです。私は生き残っている仲間を救いたい。人間を愛し、平和に暮らしている吸血鬼には死んでほしくない」
「なるほどな……話は分かった。そういうことならば協力しよう」
俺はキュッと聖の腰を抱きしめて、耳元に囁くようにして約束する。
「お前の口から、誰かを助けたいだなんて言葉が聞けて良かったよ。最高だ」
アホの後輩には色々と迷惑をかけられたが……この子が優しい子で良かった。
助ける価値のある子で、守る価値のある子で良かった。
聖を『神』から取り戻し、『結社』から守ることを選んだのは間違いではなかったと確信することができたのだから。
「ところで……その人間を吸血鬼に変えるアイテムってのは、どんなものなんだ?」
「ああ、それを説明しなくてはいけませんね」
聖は耳元にあたる息にくすぐったそうに身をよじり、そのアイテムの名を告げる。
「人間を吸血鬼に変貌させる魔性の神器……その名も『石仮面』です!」
「…………」
俺は無言で聖の頭を掴み、お湯の中へと押し込んだ。
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