ぼくのなつやすみ……の直前デート⑧
新作小説の連載を開始いたしました。
バトルメインのファンタジー小説になります。どうぞよろしくお願いします!
『毒の王』
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深海魚コーナーは足元を小さく照らす明かりがあるだけで、館内のどこよりも暗くなっていた。
すぐ傍にいる人間であれば辛うじて見えるものの、少し離れてしまうとシルエットだけになってしまい相手の顔も見ることは出来ない。
わずかな明かりの中、うっすらと光る水槽の奥をゆらゆらと魚が泳いでいた。
奇妙な姿をした魚がゆらめく様は幻想的な光景でありながら、どこか不気味な印象を与えてくる。
「ここが深海魚コーナーですけど……」
「……ずいぶんと暗いですね。ここはいつもこんなに照明を落としているのですか?」
沙耶香が尋ねると磯谷が首肯する。
「はい。深海魚の棲んでいる環境に少しでも近づけるため、あえて最低限の照明のみにしています……そのおかげで、ここでおかしなことをするお客さんがいて困ってるんですよ」
「おかしなこと……ですか?」
「ええ、まあ……おかしなこと、です」
磯谷が曖昧に笑う。
沙耶香はそんな微妙な反応に怪訝そうな顔をしているが、俺は何となく「おかしなこと」の内容を悟った。
つまり、暗く不思議なムードのこの場所でエロいことをする不埒者がいるわけだ。
まあ、その気持ちは何となくわからなくもない。
異性と2人きりで水族館をデートして気分が盛り上がって暗がりにきたら、そんな気持ちにだってなるだろう。
ましてや、深海魚コーナーは館内の奥まった場所にあって人目に付きづらく、それほど見応えがあるものでもないのだ。
不思議な形状の魚を楽しむよりも、恋人と愛を深めることを優先させてしまう若者もいるのも無理はない。
「そんなことよりも……気づいてますか、沙耶香さん?」
「ああ、もちろんだ……どうやら、この場所で当たりのようだ」
俺の言葉に沙耶香が頷く。
深海魚コーナーに来てから、ずっとこちらを観察していた『何者か』の気配が強くなっているのだ。
どうやら……確実に敵に近づいているらしい。
「つまり、行方不明事件の犯人は藻屑という名前の男性スタッフで間違いないんですね?」
「断言はできないが……場所と状況から見て、遠からずだろう。どうして亡くなってから十年以上も経ってから『霊障』が生じているのかはわからないが」
「そんな……藻屑さんが……」
磯谷がショックを受けて口元を押さえた。
ふらついて倒れそうになる彼女の肩を慌てて支える。
「えっと……大丈夫ですか?」
「ええ……すいません。取り乱してしまって」
「藻屑さんって人と面識があったんですね? どんな人だったか覚えていますか?」
「……優しい人だったと思います。魚のことにも詳しくて、水族館に遊びに行った私の相手をよくしてくれました」
「ともかく、もう少しこの場所を調べてみたほうが…………む?」
沙耶香が「キッ!」と水槽をにらみつける。
水槽の中ではチョウチンアンコウが触角の先に灯した光をゆらゆらと揺らしているが……その向こう側に別の光があった。
野球ボールサイズの赤い光が2つ。まるで怪物の目玉のように光っている。
徐々に光が大きくなっていき……バクリと大きな口が開いてチョウチンアンコウを飲み込んだ。
「きゃあっ!?」
「下がって! 真砂君、彼女を頼む!」
磯谷を後ろに下がらせ、沙耶香が水槽の前に出た。
スカートの中に素早く手を入れたかと思ったら、太腿に隠し持っていた小刀を取り出して構える。
流れるような鮮やかな動きからは戦いなれた経験が窺えた。
「うわあ……クノイチみたい。超カッコいい」
女侍というよりも女忍者だ。
小刀を構えるまでの洗練された動作がとても素敵だ。ついでにエロい。
武器を取り出すときにパンツが見えていたことを沙耶香は気付いているのだろうか? もしも下着が見えることを前提に服や下着を選んだというのなら……あの黒のレースは『勝負下着』と受け取ってもいいのだろうか?
「真砂君……後で話があるから覚悟しておくように」
「…………」
心の中を読まれていた。
うん……シリアスな場面でパンツのことばかり考えていて申し訳ない限りである。
「まあ……ちゃんと仕事はしますよ。磯谷さんのことは任せて欲しい」
「当然だ。この妖魔は……私が倒す!」
『ガアアアアアアアアアアアアアアアッ!』
水槽の向こうにいた怪物が飛び出してきた。
ガラスを破ることなくすり抜けて、沙耶香に向けて食いついてくる。
「ハアッ!」
沙耶香の小刀が閃いた。
水槽から出てきた怪物が一瞬で切り裂かれる。
『ガアアアアアアアアアアアアアアアッ!?』
怪物が苦悶の声を上げてのたうち回る。
水槽から出てきたのはサメとよく似た形状の化け物だった。体長は5メートルほど。サメとしてもかなりデカい。
「よく似た」とあえて付け足さなくてはいけないのは、サメの胴体部分から人間の四肢が生えているからだ。
「大きさはそれなりだが……強さはたいしたことはない! 妖魔調伏、急々如律令!」
『グガアアアアアアアアアアアアアアッ!?』
沙耶香が怪物の頭部に小刀を突き刺した。
怪物サメが触手を振り乱して抵抗するが、沙耶香は軽やかなステップで苦し紛れの攻撃を避ける。
やがて怪物サメが動かなくなる。まるで相手を寄せ付けることのない完全勝利……のように思われた。
「危ない、沙耶香さん!」
「ッ……!?」
次の瞬間、一瞬の隙をついて新たな怪物が現れた。
体長30センチに満たないほどの大きさの小さな魔物が、怪物サメの下から飛び出てきたのである。
まるで大魚にしがみついたコバンザメ。俺のスキルにも引っかからない隠密術により、沙耶香に不意打ちを喰らわせる。
「くっ……舐めるな!」
「シャアアアアアアアアアアアッ!」
沙耶香が小刀でコバンザメを受け止めた。
小さなサメが小刀に噛みつき、ギリギリと沙耶香に牙を鳴らして沙耶香を追い詰める。
「沙耶香さん!」
「来るな、真砂君…………あ」
水槽の中からうねる触手が伸びてきた。深海魚が入った水槽を壊すことなく、ガラスをすり抜けて。
吸盤がついた足が10本。1本1本が電信柱と同じサイズの太さであり、締めつけられたら全身の骨がバラバラになることを避けられまい。
「ッ……!」
俺は一瞬だけ磯谷の方を振り返った。磯谷は顔を蒼褪めさせて唇を震わせ、言葉を失って立ち竦んでいる。
とりあえず……磯谷に危険はなさそうだ。制止を振り切り、沙耶香を助けに飛び込む。
「回転斬り!」
ストレージから剣を取り出し、襲いかかってくる触手を斬り裂いた。
「これは……ちょっと撤退したほうが良いんじゃないかな!?」
「そうだな……磯谷さんを巻き込むわけにもいかないし、ここは一度下がって……」
戦略的撤退を視野に入れる俺達だったが、次の瞬間、水槽の中で黒い渦が生じた。
「あ……」
黒い渦。黒い液体が津波となって水槽の外まで押し寄せてきた。
逃げる時間も抵抗する時間もない。俺はとっさに沙耶香に飛びつく。勢いのままに後ろで固まっていた磯谷にも抱き着き……2人の女性を抱えて黒い津波に飲み込まれていった。
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