ぼくのなつやすみ……の直前デート①
それは俺が吸血鬼の『神』と戦う少し前のこと。夏に片足を踏み込んだ7月の出来事である。
7月上旬。梅雨が明けて徐々に気温が高くなり、夏の足音が聞こえ始めたとある休日。
その日、俺は雪乃下沙耶香に呼び出されて剣術道場を訪れた。
「あらあら! いらっしゃい、どうぞ入って頂戴!」
「え……あ、はい。お邪魔します」
緊張していたのだろうか。待ち合わせの時間よりも30分近くも早く着いてしまった俺は、道場の入り口で思わずたじろいだ。
インターフォンを鳴らした俺を出迎えてくれたのは沙耶香ではない。
横開きの扉を開けて歓迎してくれたのは、20代後半くらいに見える黒髪の美女である。紫色の和服を身につけ、その上に割烹着をかけていた。
顔の造形は沙耶香と非常に似通っているが、こちらの女性には年月によって積み重ねられた『色香』のようなものがあり、ややタレ目がちの瞳には好奇の色が宿っている。
「その……月城真砂です。沙耶香さんの……まあ、友達か後輩みたいなものです」
「まあまあ、ご丁寧にどうも。沙耶香の母ですわ。娘がいつもお世話になっております」
「あ、やっぱり……」
高校生の子供がいる母親にはとても見えないが……沙耶香は1人っ子だと聞いている。
若すぎて姉妹にしか見えない母親というのも、ある種のお約束なのだろう。
俺は溜息をつきながらも、どこか納得したように頷いた。
「あなたが沙耶香の真砂君でしょう? 娘から話を聞いて、前から会ってみたいと思っていたのよ!」
「は、はあ? それは光栄です?」
「うんうん、娘が言っていた通りに優しそうな顔をしているわねえ。女難の相がでているのは気になるけれど……それは男の子の甲斐性よね!」
「お、おおうっ……?」
グイグイと前に出て距離を詰めてくる沙耶香ママに、俺は思わずたじろいでしまう。
沙耶香ママの瞳は妖しく、どこか蠱惑的である。見つめていたら魂を吸い取られてしまいそうな気分だ。
「うんうん、呪術への耐性もあるようね。私の術をはねのけられるところも気に入ったわ」
「は? 呪術……?」
今、何かされていただろうか?
非常におっかないというか、とんでもなく嫌な予感がするのだが。
「えっと、お母さん……いや、奥さん?」
「さあさあ、上がって頂戴な。沙耶香のところに案内するわね?」
「ちょっ……解説なしですか!?」
沙耶香ママが有無を言わせず俺の手を取り、家の中に引っ張っていく。
何だろう。この罠に引っかかったような心境は。
クモの巣というか、アリジゴクというか……入っては行けない場所に飛び込んでしまったような気分だった。
そして……その予感はすぐに的中することになる。
廊下を歩いていた俺は、足下に張られていた釣り糸のようなものを蹴飛ばしてしまった。
直後、廊下の向こうから額めがけて弓矢が飛んできた。
「うおうっ!?」
亀のように首を引っ込め、飛んできた矢を回避する。
危なかった。俺のたぐいまれな反射神経がなければ、弓矢に頭部を貫かれて落ち武者状態になっていたことだろう。
「ぶ、ブービートラップ……!? どうしてこんなものがっ!?」
「あらあら、ごめんなさいね。主人の悪戯よ」
「ご主人!?」
ということは……沙耶香パパ?
矢が飛んでくるトラップとか、もう悪戯で済まされる次元じゃない。こんな腕白小僧も真っ青な致命的な罠を、どうして自分の家に仕掛けているのだ。
「娘の彼氏がくると聞いて、張り切ってもてなしの準備をしていたみたいなのよ。本人は急な仕事が入ってしまっていないのだけど……直接会えないことを残念がっていたわ。この日のために特注で十文字槍を注文していたのに……」
「その十文字槍をどうするつもりだったんですか? 刺すの? 突くの?」
どんなダディだよ。
まず彼氏ではないし、彼氏だったとしても槍で突いたり、弓矢を撃ち込んだりするのはアウトだろう。
「心配しなくてもいいわあ。これは玩具だから」
沙耶香ママが廊下の壁に刺さっている矢を持ってくると……それは先端が吸盤になっており、当たるとくっつく玩具の弓矢だった。
「あ、よかった。本当に悪戯だったんですね?」
「そうなのよお、ごめんなさいね? 主人が大人げないことをして」
「いえいえ、年甲斐もなくヤンチャなのはウチのも一緒ですから。まあ、歓迎してくれてると思っておきますよ」
「そうしてくれると助かるわあ……もっとも、この矢は呪いがかけられているから、当たったら1週間はお尻から血が止まらなくなるのだけど」
「スペシャル不吉なことを言われた!? 呪いって何なの!?」
全然、大丈夫じゃなかった。
死ぬかどうかはわからないが、わりと本気で攻撃してきている。
「本当に申し訳ないわねえ……あの人ったら、娘に初めての彼氏ができて焦っているのよ」
「……お願いですから、ご主人にちゃんと説明して置いてください! 俺は沙耶香さんの彼氏ではないと! 沙耶香さんのおっぱいに憧れているだけの健全な男子高校生であると!」
「……それ、本当に説明してもいいのかしらあ? 完全に自白なのだけど?」
俺の力説に、沙耶香ママは困ったように首を傾げたのであった。
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