115.夏の終わり、世界の終わり⑦
「こうやって牧師さんと会うのは久しぶりですね。ゴールデンウィークに俺が聖をひんむいて裸にして、慰謝料として200万もらった時以来ですか?」
自分で言っておいて酷い内容である。
完全に、俺が加害者としか思えない回想ではないか。
「ええ……貴方には娘がいつもお世話になっています。娘と一緒に吸血鬼を退治して、私の無実も晴らしてもらったとか。あの節はお世話になりました」
牧師さんは穏やかな口調で言って、申し訳なさそうに苦笑いをする。
「本当はすぐにお礼に窺いたかったのですが……少々、こちらも立て込んでおりまして。今日まで先延ばしにしてしまって申し訳なかったですね?」
「構いませんよ。今回は僕が助けてもらいましたから」
俺は春歌の身体を抱きかかえて立ち上がる。
吸血鬼がどうして俺を襲ったんだよー……とか教えて欲しいこともあるが、それよりもまずは春歌をどうにかしなくてはいけない。
時間はもうじきに午後7時になってしまう。あまり遅くなるもの良くないだろう。
「色々とお話を聞きたいことがあるんですけど……俺はこれから、この子を家に送っていかなくてはいけないんです。改めて事情を説明してもらってもいいですか?」
「もちろん、構いませんよ。その子の家には私も同行しましょう」
「それは……えーと……」
同行してもらった方がいいのだろうか。
いや……よくないのか?
はたして、この状況を春歌の親にどう説明すればいいのだろうか。
友人とプールに出かけた娘が帰ってきたと思ったら気絶しており、男の腕に抱きかかえられていて。おまけに何故かその後ろには近所の教会の牧師さんがいて……。
うん。説明しようがないなコレは。
玄関先でぶん殴られるか、警察を呼ばれるかの2択になってしまうだろう。
「ご心配なく。私はそのために同行するんですよ」
と、牧師さんはにこやかに言ってきた。
「私は娘と違って純血の吸血鬼ですから。相手の目を見ただけで催眠や暗示をかけることができます。彼女の親御さんには『娘が貧血で倒れた』とでも暗示をかけさせていただきましょう」
「…………」
それがいいのかもしれない。
春歌や春歌の両親におかしな術をかけるのは気が進まないが、だからといってこちらの事情に巻き込むほうが心配である。
今日のことは忘れてもらい、何もなかったことにした方が春歌にとって幸せなのかもしれない。
「よければその子にも暗示をかけますが……」
「いや、それはこっちでやるから結構です。ご両親のほうだけよろしく頼みますよ」
俺は牧師さんの提案を断り、春歌に『フォーゲット』の魔法をかけてここ30分ほどの記憶を消去することにした。
友人に精神魔法をかけることに抵抗はあったが、やはりこちらの事情に巻き込むことはできない。チクチクと胸が痛むのを感じながら春歌に魔法をかける。
俺の魔法は相手の記憶を消すことはできるが、催眠術みたいに暗示をかけることはできない。ご両親への言い訳は牧師さんに任せるとしよう。
俺は春歌を抱きかかえて自宅に送って行った。
勉強会の時にも訪れた彼女の部屋まで運んでベッドに寝かしつけ、牧師さんの催眠で眠そうな目つきになった母親に後のことを任せておく。
「長い話になりますので、私の教会に行きましょう。そこで全てを説明します」
そして、妹に『帰りは遅くなるから夕飯は先に食べていて欲しい』とMINEでメッセージを送り、牧師さんの後ろに続いて一緒に教会に向かった。
ゴールデンウィーク以来になる教会には誰の姿もない。静まり返った夜の教会というのは神秘的でありながら、どこか寒々しくて怖くもある。
「お茶を淹れてきますから少し待っていてください。話はそれからにしましょう」
そう言い残して、牧師さんは奥の扉に消えていく。
俺は長椅子の1つに座って、ぼんやりと教会のステンドグラスを見上げた。
教会の窓に取りつけられたステンドグラスには幾何学的な模様が描かれている。外の月明かりが色ガラスを通り抜け、薄ぼんやりとした色彩を教会の床に落としていた。
床に映った理解困難な図形を何気なく眺めていると、お盆に湯飲みを乗せた牧師さんが戻ってくる。
「お待たせして申し訳ありません。粗茶ですが」
「……ありがとうございます」
湯飲みに入っているのは緑茶ではなくミルクティーだった。
一口飲んですぐに気がつく。ミルクティーには毒が…………うん、入ってないな。戦闘後で疲れているから甘めのお茶が普通にありがたい。
胸がホッとするような甘味を存分に味わって、俺はようやく安堵に胸を撫で下ろした。




