114.夏の終わり、世界の終わり⑥
「ああ、畜生め! 性格が悪い!」
俺は繰り出される槍を避けながら、焦りと苛立ちのままに叫んだ。
ルードリフが次々と攻撃を繰り出してくる。
それをギリギリのところで避けながら、何とかこの状況を打開する手段を考える。
敵は2人。
一方はルードリフという影から武器を取り出す男。
もう片方は赤髪の女であり、春歌のことを人質に取っている。
「フンッ!」
「くっ……!」
今度は影から剣を取り出して斬りかかってきた。
先ほどのように無数の槍を召喚するのではなく、あえて1本の剣だけで戦い出す。
わざと自分の力を押さえている目的は……なぶっているつもりなのだろう。
人質を取られて抵抗ができない俺を、あえて時間をかけてなぶり殺しにするために力を抑えて戦っているのだ。
抵抗と逃走は止められているのに、攻撃を回避することを止められていないのも同様の理由に違いない。
この吸血鬼共は非常に性格が悪い。
俺をタダ殺すのではなく、いたぶることを楽しんでいるのだから。
「マジでどうすんだ。この状況は……!」
「ハハハアッ! 小僧、さっきの威勢はドコへいった!?」
「調子に乗りやがってこの野郎……!」
ルードリフがブンブンと剣を振り回して追いかけてくる。
今のところは無傷で済んでいるが、このまま戦いが長引けばどうなるかわからない。
体力には自信があるつもりだが、相手は人外の吸血鬼である。俺の方が先に体力が底をついて力尽きるのは目に見えている。
このままでは、俺は死ぬ。殺される。
そして……おそらく、その後で春歌もまた殺される。
吸血鬼が人間に情けをかけるとは思えない。殺されるか、さもなければ下水道の事件で誘拐された被害者のように操り人形にされるに決まっている。
「だからといって……見捨てる選択肢などあるわけねえだろ!」
共倒れになったとしても、俺には春歌を見捨てて自分だけ生き残る選択肢は選べない。
自分に好意を持ってくれている女の子を見捨てるくらいならば、自分から命を放り捨てたほうがマシである。
最悪の場合でも春歌だけは助けなくてはなるまい。
こうなったら……自爆技を使ってコイツらを片付けるしかない。
精神魔法レベル5――『リソネーション』
これは自分が感じている感覚を他者と共有する魔法である。
五感を共有して自分の視覚や聴覚を相手に送り込むこともできれば、苦痛を強制的に脳に流し込むこともできる。
俺はこれから……わざと敵に斬られる。
それもかすり傷などではなく、致命傷になりかねないほどのダメージ覚悟で。
そして、自分が受けた苦痛をリソネーションによって春歌を捕らえている女にぶつけるのだ。
敵は明らかに俺のことを舐めてかかっている。
そのうえ、俺が斬られてやられたところを見れば完全に警戒を解くはず。
そこで急に致命的な痛みが脳に流れ込んでくれば、もはや戦闘不能も同じ。春歌を捕らえるどころではなくなってしまうに違いない。
問題があるとすれば、リソネーションは単体にしか効果がないことである。
女を無力化した後、俺は瀕死の手負い状態でルードリフという男を倒さなくてはいけない。
精神魔法と治癒魔法を同時に発動させることは今の俺ではできないため、自分の身体を癒やすこともできずに戦闘を継続することになる。
「相討ち覚悟……おっかないなあ、まったく」
だが……それでもやらなくてはいけない。
春歌を無事に家に帰すためにも、これ以上、あの性悪女に春歌の胸を好きにさせないためにも。
この吸血鬼共はここで確実に倒す。
「っ……!」
「もらッタ!」
俺はわざと足を滑らせたふりをして隙をつくる。
すかさず、ルードリフが漆黒の剣を振り上げて斬りつけてきた。
グッと奥歯を噛みしめて痛みを堪える覚悟を決め、刃に身をさらそうとする。
「おやおや、これはいけませんね」
だが――そこで俺にとっても、吸血鬼にとっても予想外の事態が生じた。
突如として謎の人物が出現して、春歌を捕らえていた女の首を斬り飛ばしたのである。
「ギッ……おま、エハ……!?」
女が首だけで宙を舞い、その人物を目に映して愕然とつぶやく。
「私の町で好きにはさせませんよ。そのまま滅びなさい」
それはやけに耳に残る声音の男だった。
男が女の生首に手刀を突き出し、粉々に粉砕する。
「ガ…………」
頭を砕かれた女吸血鬼は白い灰になって消滅してしまう。残された胴体も同じく灰になって消えていく。
「あ……」
女の手から解放された春歌が地面に倒れる。
春歌はそのままぐったりと力なく横たわり、気を失ってしまった。
「シールド!」
「ヌウッ……!?」
俺はすかさず魔法で盾を出現させてフリードリヒの剣を防御する。
春歌が解放された以上、わざと攻撃を喰らってやる義理などなかった。
盾はたった1度攻撃を受けるとあっさりと消えてしまったが……それで十分である。
「聖属性攻撃!」
「ガアッ!」
アイテムストレージからミスリルの剣を取り出して、吸血鬼に特攻のある属性を付与してフリードリヒに突き刺した。
白い光を纏った刃に貫かれたフリードリヒは、先ほどの女と同様に白い灰になって消えてしまった。
2人の吸血鬼が滅ぼされ、残ったのは俺と春歌。そして……女を倒した謎の人物である。
「春歌!」
「…………」
俺は地面に倒れている春歌に駆け寄った。
ショックが強かったのか春歌は気を失っているようだが、呼吸も胸の鼓動も正常である。
あの女にさんざん弄ばれていた胸にも問題はない。心音を確認する際にしっかりと調べたから間違いはない。
地面に倒れた時に手足に擦り傷ができているようだが……すぐに治癒魔法をかけて治しておく。
「ふう……無事でよかった。どうなることかと思った」
春歌の無事を確認して、俺は少し離れた場所に立っている男に視線を移した。
「助かりましたよ。えっと……味方ってことでいいんですよね、神父さん」
「神父ではなく牧師ですよ。月城真砂くん」
そこに立っていたのは黒い修道服を着て、首にロザリオをさげた男性。
朱薔薇聖の父親である、教会の牧師さんだった。




