107.愛と悲しみの夏合宿⑯
肝試しがスタートして、ペアになった吹奏楽部員が順番にお寺の敷地に入っていく。
やがて俺と聖の順番がやってきた。腕にしがみついてくる聖を引きずるようにして、お寺の境内に足を踏み入れる。
夏の生暖かい空気に包まれた境内を、懐中電灯の明かりを頼りにして進んでいく。
「せ……先輩、いますか? いますよね!?」
「いるよ……知ってるだろうが」
聖は終始、こんな様子である。
いつもの暴走ぶりはどこに行ったのか、俺の腕をしっかりと胸に抱きしめてプルプルと震えていた。
「せ、先輩……私は第7部の主人公の能力が、黄金長方形が出てきたあたりからついていけなくなってしまったんですけど、これって私だけですか……?」
「何の話だよ……いや、あれは難解だったけど」
馬の力を利用するくだりは3回くらい読み直して、ようやく理解できた。
それはともかく……何の脈絡もないジョジョネタを振ってくるあたり、相当に聖はテンパっているようである。
「お前……そんなザマでよくも下水道に潜ったりできたな。怖くなかったのかよ」
「こ、怖かったですけど……あの時は父の名誉を晴らすという使命がありましたし、あそこにいるのが吸血鬼だとわかってましたから……」
「ああ……なるほどな」
人は正体がわからないものを恐れる生き物である。
相手が何者かわかっているのといないのとでは、大きく恐怖心が違うのだろう。
「その理屈で言うのなら、ここに隠れているのは吹奏楽部の部員だろ? 正体がわかっているじゃないか」
「せ、先輩たちに混ざって『本物』がいるかもしれないでしょう!? そうじゃないって言い切れますか!? できないのなら黙っていてください!」
「…………」
どうして、極限まで不安になった人間はキレ口調になるのだろうか。
こいつのためにわざわざ肝試しに参加してやったのに、その甲斐のない奴である。
俺の腕に抱き着いてお寺の敷地を歩く聖だったが、お化け役の先輩方が飛び出してくるたびに悲鳴を上げた。
「バアアアアアアアアアアアッ!」
「ぴぎゃあああああああああっ!?」
「フンガアアアアアアアアアッ!」
「にきゃあああああああああっ!?」
「悪い子はいねえがああああっ!」
「ひゅおわああああああああっ!?」
「…………」
うるさい。非常にうるさい。
何か出てくるたびに絶叫するのはやめて欲しい。
これだけ大騒ぎをしたら、来年からお寺の許可が下りなくなるだろうが。
「お前さあ……なんで肝試し、参加したんだ?」
肝試しは自由参加。嫌だったら、参加を断れば良かったじゃないか。
どうしてここまで怖がりな奴がわざわざ肝試しに参加しているのか意味不明である。
「だ、だって先輩……これが最後の夏かもしれないでしょう……」
「あ?」
聖がブルブルと震えたまま、おかしなことを言ってきた。
最後の夏って……まるで来年の夏が存在しないかのような口ぶりではないか。
「お前……まさか死ぬのか?」
「死にますよ。私も先輩も。世界中の人が死んじゃいます」
聖はそんなことを言いながら、相変わらずブルブルと震えている。
アホの後輩がおかしいのはいつものことだが……今日は怯えているぶん、妙に真に迫っているような気がして、冗談を言っているような空気ではなかった。
「どういう意味だよ。説明しろ」
「ふやあああああああああああっ!?」
「いちいち叫ぶな! 木の枝が風で揺れただけだ!」
いよいよ、お化けが出なくても叫ぶようになってしまった。
俺は聖を宥めすかし、最終的には状態異常を治療する回復魔法を使ってようやく落ち着かせた。
「もうじき『血の礼拝』がやってくる。吸血鬼の神が降臨して、この世の終わりがやってくる」
やっと冷静になった聖の口からそんな言葉が飛び出した。
「先輩、吸血鬼はどこからやって来たと思いますか?」
「どこって……ルーマニアとか?」
ドラキュラ伝説とか、吸血鬼といえばルーマニアだった気がする。
「正解。だけど不正解。吸血鬼の始祖はこの世界とは別の世界からやって来たのです」
「別の世界……?」
夜道を歩きながら、聖は淡々とした口調で説明する。
普通ならば何を馬鹿なことをと切り捨てるような内容だが、俺には心当たりがあった。
別の世界と聞いて俺の頭に浮かんだのは、『鍵』を使って何度か行ったことがある異世界のダンジョンである。
「吸血鬼は、かつて彼らの『神』とともに異世界から渡ってきた。そして、この世界の人間を支配しようとしたのです」
「…………」
「ローマ教会の十字騎士や結社の前身だった陰陽寮、様々な魔術結社が国境を超えて協力して、ようやく『神』を元の世界に送り返すことに成功しましたが……いずれ、『血の礼拝』の訪れと共にまたこの世界にやってくる。これは決まった未来なのです」
「だから『この世の終わり』か……流石に信じがたい話だな」
ありえない体験は幾度もしてきた。神と呼ばれる存在にも遭遇したことがある。
だが……そんな俺をもってしても、聖が口にしている内容は受け入れがたい。
もうじき世界が……人類が終わるなどと言われて、どうして信じることができるというのか。
「でも事実です。すでに結社にも報告しています。先輩が吸血鬼と戦ったのも、いずれやってくる最終戦争への布石みたいなものです」
「む……」
そういえば、下水道の事件の前にも吸血鬼と戦ったことがあった。
アレは確か、ゴールデンウィークのことだったか。教会の帰り道で『レッサーヴァンパイア』とやらに襲われたのだ。
3ヵ月で2回も吸血鬼と戦っているのだから、奴らの動きが活発化しているというのは事実かもしれない。
「だから、先輩。今のうちに夏を謳歌してください。人生を楽しんでください。そうじゃないと……きっと後悔しますよ?」
「そうか……」
「私が処女を安売りするのも、大事に取っておいてもどうせ使い道がないからです。先輩だったら2000円くらいで売ってあげますよ?」
「なるほど、それはお買い得だな…………って、納得できるか!?」
隙あらばピンクな方向に持っていくんじゃない。
コイツ……ひょっとして、タダの欲求不満じゃないのか?
「理由はわかった。信じるよ」
実際に吸血鬼の神とやらが降臨するのかはわからないが、聖がそれを切実に信じていることは理解できた。
だが……もちろん、俺は座して死を待つつもりはない。
両面宿儺も巨大クラゲも、おかしな宗教団体も……最終的にはどんな強敵だって倒すことができた。
真麻も、春歌、早苗も、沙耶香も……聖だって。誰も死なせるつもりなんてない。
どんな敵が現れても、必ず俺が倒して見せる!
「ミャアアアアアアアアアアアアアッ!」
「ふにゃああああああああああああっ!?」
俺の決意をよそに、新たなお化けが現れる。
頭上の木から逆さづりの女が目の前にぶら下がってきて、驚いた聖が今日1番の絶叫を上げた。
聖は「きゅー」と謎の声を漏らしながら後ろに倒れていき、俺は慌てて小さな身体を受け止める。
「ありゃ? ちょっと驚かせすぎちゃったかな?」
ひょいっと木の上から1人の女性が跳び下りてくる。
イタズラっぽい笑みを浮かべて地面に降り立ったのは、合宿初日の海で話した女性――チョモランマ先輩であった。
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