102.愛と悲しみの夏合宿⑪
翌日。本日から本格的に吹奏楽部の合宿が始まる。
部員達はホテル内にあるスタジオを使い、演奏の練習に入った。
昨日、女湯を覗いてボコボコにされた男子部員も同様である。エシ子先輩に折檻されたおかげでとりあえず覗きの件は許されたようだが、かなり厳しく先輩の女子部員にしごかれることになったようだ。
さて……そんなわけで手持無沙汰になってしまった。
観光に行こうにも、この辺りは海水浴場としてはそれなりに有名だが、他に目立った観光地はない。
1人で海水浴に行くのも気が向かないし、別のホテルで殺人事件が起こっているらしくて出歩くのもおっかない。
ホテルのベッドに寝転がり、どうやって時間を潰そうかと考えていると……ふと思いついた。
「あ……そうだ。昨日のアイテムを使ってみようかな」
ストレージから昨日のクエストで手に入ったアイテムを取り出した。女湯からの脱出によって手に入ったクエスト報酬――『ステルススーツ』である。
目の前に現れたのは黒いタイツのような全身衣装だ。顔の部分に穴が開いて顔面を出せるようになっており、水中メガネのようなゴーグルが付属品として付いている。
特撮ヒーローに登場するザコ戦闘員が着ていそうな服で、とんでもなくデザインがダサかった。
「えーと……このダサい奴を着なくちゃいけないのか?」
別に着る必要はない。
着る必要はないが……やはり効力は気になる。
俺は仕方がなしに下着姿になって、その上に全身タイツを着込んだ。
「おおっ……!?」
タイツを着てゴーグルをかけて、試しに部屋についていた鏡に身体を映して……俺は思わず感嘆の声を上げる。
鏡の中には誰の姿も映っていない。確かに、俺の姿は透明人間のように消えていた。
ゴーグルをかけた視界の隅にはメーターのようなものが浮かんでいる。どうやら透明化には俺の魔力を消耗するらしい。今の魔力量だと3時間ほど姿を消せるようだ。
「ちょっと面白いかもしれないな。これがあれば、あんな事やこんな事だって…………いかんいかん!」
邪悪な願望が俺の頭をよぎり、慌てて首を振ってふり払う。
決して、これがあれば女湯が入り放題とか考えていない。女子更衣室に入っても許されるとか、駅の階段で下からスカートの中を堂々と覗けるとか、これっぽっちも考えていない。
いや、本当に。
使い道が覗きくらいしか思い浮かばないあたり、俺も相当な男だとは思うが……思春期の男子なので許して欲しい。
「悪用厳禁だな……ヤバい、ヤバい」
クエストボードの力を私利私欲のために悪用しないこと。それは俺が自分に課している鋼のルールだ。
俺は自分を戒めるために両頬を叩いて、ブンブンと首を振った。
ともあれ……この状態で外を出歩いてみるのは面白いかもしれない。
特に意味があるわけではないが、どうせやることもないのだ。時間潰しに透明人間ごっこをするのも悪くなさそうだ。
「ちょっとワクワクするな……テンション上がってきた」
アメコミのヒーローにでもなったような気分である。
俺はそっと部屋から出て、廊下に足を踏み出した。
「…………」
廊下には誰もいない……かと思いきや、エレベーターの扉が開いて従業員らしき若い女性が下りてきた。女性はシーツの入ったカートを押している。
「よっ……!」
俺は女性従業員の前に素早く踊り出て、ブンブンと両手を左右に振り回す。
女性は当然のようにノーリアクション。素の表情のままカートを押して廊下を歩いている。
「あら?」
そうかと思えば、女性従業員はふと立ち止まってキョロキョロと左右を見回した。
どうやら、姿を消していても物音や気配は伝わってしまうようだ。誰もいないことを確認して、不思議そうに首を傾げている。
「…………」
俺は息をひそめて女性従業員の横を通り抜けようとして……
「フッ……」
「きゃああああああああっ!?」
ついでに、すれ違いざまに女性従業員の耳元に息を吹きかけてしまった。
思いのほかに大きな悲鳴が廊下を響き渡る。どうやら、彼女はくすぐったがりな敏感体質だったらしい。
「やべっ……」
俺はそそくさとエレベーターに乗り込み、1階のボタンを押した。
「いかん……悪用しないと決めたはずなのに、うっかりイタズラしてしまったぞ。真面目に働いていた人に悪いことをしちゃったな」
どうして、透明人間というのはこうも男子高校生の悪戯心をくすぐるのだろうか。ダメだとわかっていながら、ついつい息を吹きかけてしまった。
まあ、胸やおしりを触ったわけでもないし……これくらいはちょっとしたドッキリとして見逃して欲しいものである。
1階についてエレベーターの扉が開く。
誰もいないのに開いた扉に、たまたま近くにいた従業員が怪訝な顔になっていた。
「…………」
気づかれないように足音を消して、抜き足、差し足でホテルから出ようとする。
だが……ちょうどそのタイミングで、ロビー横にある売店から出てきた聖に出くわした。
「げ……」
アホの後輩の姿に思わず声が漏れてしまうも、あちらは透明になった俺に気がついていないようだ。
聖の手には飲み物がたくさん入ったビニール袋が握られている。どうやら、練習の休憩中に飲むジュースを買いにきたらしい。
こちらは透明人間。何事もなくすれ違えば、気づかれることなくやり過ごすことができるだろう。
だが……ここでも、俺の中のワンパク小僧が顔を出してしまう。
「…………」
俺はジュースが入った袋を両手に持った聖の背後に回ると、指先をグッと背中の一部に押し込んだ。
「ふにゃあんっ!?」
聖はさかりのついた猫のような鳴き声を上げて、その場にペタリと座り込んだ。
色々と不本意ではあったが、俺は聖の身体の弱点は知り尽くしている。指一本あればツボをついて脱力させることくらい容易いのだ。
「どうされましたか、お客様!?」
突然、倒れてしまった聖にホテルの従業員が慌てて駆け寄っている。
聖はいつもの無表情で従業員に応対しているが……その顔はほんのりと朱に染まっていた。
「いつも迷惑かけられてるお返しだ。悪は滅んだぜ」
俺はふふんと得意げに鼻を鳴らして、ホテルの自動扉をくぐって外に出た。
またやってしまった。まあ……相手は聖だから別にいいか。
しかし……本当にこのステルススーツは危険だな。
何をやってもバレないせいか、ついつい人に悪さをしたくなってしまう。
無防備な女性に悪戯をするのは妙な高揚感があり、ゾクゾクとクセになる感覚があるのだ。
「ヤバいなあ。バチとかあたらないといいけど」
そんなことを言いながらも、俺はウキウキと陽気な足取りで歩きだした。
夏の燦燦とした日差しが降り注ぐ。全身タイツという暑苦しい格好だが、テンションが上がっているせいかまるで気にならない。
さて……これから何をして遊ぼうか。
そう考えながら道を軽やかにスキップしていると……横から突然の衝撃に襲われた。
「ふげっ……」
衝撃の正体は……横道から走ってきた自動車である。
ワゴンカーに撥ね飛ばされて、俺は道路の反対側まで飛ばされてしまう。
どうやら、透明人間になった俺はドライバーに存在を気がつかれることなく、轢かれてしまったようだ。
アイテムを使って悪いことをした天罰がくだされた瞬間であった。
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