98.愛と悲しみの夏合宿⑦
「何てこった……どうしてこんなことに……!」
俺は奥歯を噛みしめて天を仰いだ。
どうやら、自分はヘマをしてしまったらしい。
一寸先は闇。男子が敷居を跨げば七人の敵がいる――つまり、人生には予想外のアクシデントがつきものであり、男はどんな時も警戒を怠ってはいけないということ。
事実……わずかに油断しただけで、俺はかつてない危機に襲われている。
「ふいー……気持ちいー」
「楽しかったよねー。海水浴」
「明日から練習かー。もっと遊びたかったなー」
「最終日はまた遊べるんでしょ? 肝試しとかしよーよ」
「…………!」
ほんの数メートル先で姦しい会話が繰り広げられている。
きゃあきゃあと楽しそうに話しているのは、我が校の吹奏楽部の女子達。一緒に合宿にやって来たメンバーである。
俺はすぐ傍で繰り広げられる女子トークに息を殺し、手の平で口元を押さえた。
どうして、何の因果でこんなイベントが発生したのだろうか?
俺が置かれている状況を端的に説明すると…………『全裸』である。
より詳しく説明すれば、すぐ傍で華やいだ会話を繰り広げる女子達も全裸だ。
理由は簡単。
ここはホテルの露天風呂であり、俺達は入浴の真っ最中なのだから。
○ ○ ○
事件は30分ほど前まで遡る。
レストランで夕食を取った俺は、ホテルの自室に戻ってのんびりと休んでいた。
ベッドに横になってスマホで電子書籍のマンガを読んでいると、入口のベルが鳴る音がした。どうやら来客のようである。
「ん……どちらさん?」
「あ、先輩。起きていましたか」
ドアを開けると、そこにはおかっぱ頭の小柄な後輩が立っていた。
朱薔薇聖――俺が合宿に参加する元凶となった女子生徒である。
聖はホテルの備え付きの浴衣を身に着けていた。
ずん胴体系で凹凸に乏しい身体つきをしている聖は浴衣が非常に似合っているのだが、その浴衣には『死骨ヵ浜』とおっかない地名が書かれている。
「……どうした、聖。何か用か?」
まだ夜更けには遠い時刻だが……それでも、女子が男子の部屋を訪れるのは風紀的に問題がある気がする。
それを抜きに考えたとしても、コイツはアホの後輩だ。何を仕出かすのかわかったものではない。
警戒を込めて尋ねると……聖は棒に刺した白い球体を差し出してきた。
「はい、どうぞ」
「む……これは……『白雪だいふく』?」
それはコンビニなどで売っているアイスだった。
大福のような見た目のお菓子で、薄い白い皮の中にミルクベースのアイスクリームが入っている。
1袋に2個入っていることでお馴染みのアイスだったが、聖が差し出してきたのはその片割れであった。
「あげます。ついて来てくれたお礼です」
「お礼って……」
「先輩のおかげで合宿に参加できました。超感謝しています」
聖が無表情な顔でペコリと頭を下げてくる。
何というか……意外な対応である。
アホの後輩ともあろう者が、殊勝にもちゃんとお礼を言ってきた。
「菓子折りのつもりかよ。アイスを……それも半分食べてるじゃないか」
「お風呂上りだったので我慢できませんでした……あ、さっき脱いだパンツとブラだったらありますけど?」
「……あるからなんだ。要らねーよ」
「あとは……そうですね。使用済みの生理用品とかもありますけど、欲しいですか?」
「要るかそんなもんっ!」
どんなプレゼントだ!
使い終わったタ○ポンとか、ただのゴミだろうがっ!
「ところで話は変わりますが、先輩。このホテルの露天風呂、源泉直流しの温泉でしたよ? 先輩も入ってきたらどうですか?」
「温泉?」
こんな所に温泉があったのか。
日本というのは火山の上にあるような国だから、どこから温泉が出ても不自然でもないのかもしれない。
「気が向いたら行ってくるよ。アイス、サンキューな」
「はい、お休みなさい」
ぺこりと頭を下げて、聖はパタパタと廊下を去っていく。
浴衣姿の後輩の後ろ姿を見送り、俺は渡されたアイスを口に入れた。
○ ○ ○
聖に誘われたのがきっかけとなり、俺は露天風呂へとやってきた。
間違いなく『男湯』の暖簾をくぐったはず。念のため、何度も確認したから間違いない。
そうして誰もいない脱衣所で服を脱ぎ、貸し切り状態の露天風呂に入ってきたわけだが……何故か後になって吹奏楽部の女子達が入ってきた。
慌てて傍にあった岩陰に隠れた俺は、いつの間にか周囲を女子に囲まれており、出るに出られない状況に陥ってしまったのだ。
「畜生め……どうして、こんなことに……!」
思えば……聖がやってきた時点でもっと警戒するべきだった。
たとえ一切の悪意がなかったとしても、あの後輩と関わって酷い目に遭わなかったことなど無いじゃないか。
俺は現在、露天風呂にある大きな岩の陰に隠れている。
岩と湯煙のおかげで女子達からの視線は遮られているが……はたして、これからどうすればいいのだろうか?
「先輩ってホントにスタイルいいですよねー。何か秘訣とかあるんですかー?」
「んー? 風呂上りにマッサージとかはしてるけど?」
「えー、私にも教えてくださいよー。私の彼、胸がおっきい子のほうが好きなんですよー」
「別にいいけどー? ほら、ここをこうやって……そうそう」
「あっ! んー……! すっごい効いてる気がするー!」
「…………」
いかん。
見つかったら警察を呼ばれる以前に、殺されるかもしれん。
本当にどうしてこんなことになったのだ。
浴場の入口にかかっていた暖簾の色は青。白地で『男』とはっきり描かれていた。
このホテルの浴場は日替わりで男湯と女湯が入れ替わるそうだが、入れ替えの時間は早朝で、もちろん誰もいないかスタッフが確認してから交換されるはず。
考えられる可能性があるとすれば……何者かが男湯と女湯の暖簾をすり替えたのだろうか?
真っ先に温泉のことを知らせてきた聖の顔が思い浮かぶが、そんな悪戯をして得があるとは思えない。
湯気に包まれて悶々を考え込んでいると、頭の中でピコンと電子音が鳴った。
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緊急クエスト NEW!
『浴場の殺意』
何者かの陰謀によって女湯に取り残されてしまった。このままでは女子のリンチによって命を落としてしまう。
誰にも見つかることなく、女湯から離脱せよ!
制限時間:10分
報酬:アイテム『ステルススーツ』を獲得
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