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97.愛と悲しみの夏合宿⑥


 結局――せっかく海水浴に来たというのに、それから日が暮れるまでの3時間は地獄のような時間だった。

 先ほどの聖に対するセクハラ行為を見られたせいで、吹奏楽部の女子からは性犯罪者を見るような目で見られてしまい、当然ながら遊びにも混ぜてもらえなかった。

 おまけに、共犯者であるところの聖はしれっとした顔で吹奏楽部の友人らと遊んでおり、俺のことは用済みとばかりに放置してきたのだ。


 独りでの海水浴というのはある種の地獄である。

 ナンパやサーフィンなどの何らかの目的があるのならばまだしも、1人で泳いで1人でご飯を食べて、1人で休憩をして……それはあまりにも虚しい時間だった。

 おまけに、買ってきたジュースが1本足りなかったらしく、また部長の柚子川さんからはお叱りを受けてしまったのだ。


 正直……これが沙耶香の頼みでなければ、俺はとうに聖を放っておいて帰宅しているところだ。


「……せめて、藤林さんや早苗と一緒だったら楽しかったんだけどな」


 そんな風にぼんやりとつぶやいて、俺は男性用のシャワールームで水を浴びる。

 吹奏楽部の女子20人の中に男子が1人。ギャルゲーのシチュエーションのようなハーレム展開だとちょっとだけ期待していたのだが、実際に自分の立場になって見ると気まずさのほうが大きかった。


 シャワーを終えた俺は女子達と合流して……若干、距離を置かれながら、海岸から歩いていける距離にあるホテルに向かった。


『Shikotsu-HOTEL』という看板の掛けられたホテルは、吹奏楽部や軽音部が合宿としてよく利用する御用達の宿泊施設のようだ。我が校の吹奏楽部も毎年ここで1週間の合宿を行っているらしい。

 ホテルの中には多目的ホールやスタジオが完備されており、事前に予約することでレコーディング器具などもレンタルできるのだ。


「雰囲気の良いホテルだよな……名前は不気味過ぎるけど」


 誰も気にならないのだろうか。

 ホテルの名前を漢字にしたら恐ろしいことになるのだが……。


 ホテルの受付前にあるホールに集まった吹奏楽部の面々。その前に、顧問の女性教員が進み出る。


「はい、じゃあ遊びの時間はここまでになります。明日からは本格的に練習を始めるから、今日のうちにしっかりと楽器の手入れをして置いてください」


 40前後ほどの年齢の女性教師は、穏やかな目で生徒達を順に見やる。


「部屋割りは事前に渡しておいた通りです。夕飯は6時半からになりますから、遅れないように。それと……月城君?」


「あ、はい」


「わかっていると思いますけど、貴方は一人部屋です。くれぐれも(・・・・・)女子の部屋には入らないように」


 女性教師は最後に俺の方に目を向けて、言い含めるような口調で言う。

 もちろん、逆らうつもりはない。俺は深々と首肯する。


「はい、よろしい。それではスタジオに楽器を運び入れるのを手伝ってください。楽器はデリケートですから、落とさないように気をつけてください」


「わかりました」


 俺は女性教師の指示に従って、車でここまで運んできた楽器類をスタジオまで運ぶ。

 忘れそうになっていたが、部外者である俺がここまで同行を許されたのは荷物運びなどの雑用をするためである。


 身体強化系統のスキルのおかげで荷物運びなどは苦にならない。

 ケースに入れられた楽器の中には何が入ってるんだと思うような重さのものもあったが、俺は手早くスタジオに運び入れる。


「はい、ご苦労様でした。もう休んでくれて構いませんよ」


「あ、どうも」


 荷物を運び終わると、温厚そうな女性教師が缶コーヒーを渡してくれた。


「今年は男子の参加者がいなかったから、男手があって助かりました。明日から最終日まではずっと練習になりますから、貴方は自由にしてくれて構いませんよ。旅先だから羽目を外したくなる気持ちはわかりますけど、くれぐれも風紀を乱すような行為はしないように」


「うーん……自由にと言われましても……」


 俺は微妙な顔で首を傾げる。

 ここまでついてきたのは、沙耶香の頼みで聖を監督することが目的だ。

 四六時中、見張らなくてもいいとは言われているが……あまり遠くまで出かけるのも良くはないだろう。

 独りきりの海水浴は今日で懲りているし、どう過ごせばよいのだろうか。


「ああ、それと夜はくれぐれも遅くならないように。近くのホテルでマジックショーの最中に人が亡くなったそうですから、くれぐれも夜道を出歩いてはいけませんよ?」


「やっぱり事件が起こってるじゃないか!?」


 完全に地名のせいだ! だって『死骨ヵ浜』だもの!

 金田○少年的な事件が起こっている近所で、俺にどうやって一夏の思い出を作れというのだろうか?


「はい、それでは部屋に戻って構いませんよ。夕飯は6時半に3階のレストランですから遅れないように」


 女性教諭から部屋のキーを受け取り、その場から解放された。

 これから1週間。吹奏楽部の合宿が終わるまでの間、この物騒な名前の避暑地で過ごすことになる。

 吹奏楽部の参加メンバーは20人。全員が女性というハーレムっぽい日々の始まりである。


「とはいえ……どうせ色っぽいイベントなんて起こらないだろうな。あからさまに警戒されていたし」


 聖以外のメンバーは俺のことを性犯罪者のような目で見ていた。ラブコメ展開などありえない。

 そんなことをぼんやりと考えながら、俺は自分に与えられた部屋に向かってエレベーターに乗り込んだ。


 数時間後。

 俺の安易な予想は根底から覆されることになるのだが、この時の俺はまだ気がついていない。


『Shikotsu-HOTEL』


 恐ろしい名前のホテルで、俺は人生最大級の危機に襲われることになるのであった。


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