92.愛と悲しみの夏合宿①
季節は巡り、とうとう夏がやって来た。
7月も後半に差しかかり、待ちに待った夏休みに突入した。1ヵ月を超える長期休暇の始まりである。
多感な高校生にとって、夏休みの過ごし方は様々だ。
受験を見据えて机とにらめっこする者もいれば、部活動に力を入れてグラウンドで汗を流す者。ひたすらに遊び回って夏を満喫する者もいる。
表に出ることなく、人とも会わずにゲームに励む者もいれば。恋人と愛を語り、海水浴や旅行などの一夏のイベントを経て、大人への階段を上る者だっていることだろう。
それがどんな形であれ――夏という季節は少年少女を成長させて新しい扉を開くものなのだ。
それは俺――月城真砂にとって例外ではない。
中学の3年間、それと高校1年生の夏休みは特に愉快なイベントもなく、友人と遊んだりゲームをしたりで夏という季節を浪費していた。
青春の無駄遣い。大人になってから思い返したら、もっと活動的に過ごすべきだったと後悔するような灰色の夏である。
だが……今年の夏は違う。
ゴールデンウィーク以来、かなり特殊な日々を過ごしてきたおかげで、今の俺は何人かの女性と親しい関係を築いているのだ。
例えば――クラス委員の藤林春歌。
ゴールデンウィーク以前はただのクラスメイトだった彼女とは、おうちでの勉強会に招かれるまでに仲良くなった。
真面目な委員長は、きっと夏休みも勉学に励むのだろう。あるいは、生徒会役員として長期休暇中も登校するのかもしれない。
だが……それでも、どこかで会う機会もあるはずだ。
夏休みの宿題を教わったり……できることなら、一緒に海やプールに行ったりもしてみたい。
あのエベレストが水着に包まれている光景は、さぞや見応えがあることだろう。
例えば――桜井早苗。
春歌の友人である彼女もまた、ゴールデンウィークがきっかけとなって親しくなったガールフレンドだ。
クラスも違って会話をしたことすらなかったはずなのに、今や春歌と並んで親しい仲。昼休みは共に食事をとり、下校も一緒になることが多い。
残念ながら期末テストの結果が芳しくなく、補習によって夏休みの半分近くがつぶれるとのことだが……それでも、8月からは遊ぶことも出来るだろう。
早苗とは是非とも、夏祭りや花火大会に行ってみたいものである。細身の早苗であれば、きっと浴衣が似合うことだろう。祭りの屋台の間をはしゃいで走り回る早苗の笑顔を思い浮かべれば、それだけでほっこりした気持ちになってくる。
例えば――雪ノ下沙耶香。
剣術道場の娘にして、超常現象を取り扱う謎の組織――『結社』に所属する構成員。
うぬぼれでなければ……沙耶香もまた、俺のことを嫌っていないはずだ。
妹の真麻からは夏休み中に一緒に道場に行くように誘われているため、沙耶香とも顔を合わせることがあるだろう。
できれば剣術の練習だけではなく、一緒に街に出て遊んだりもしてみたいものだ。剣道着や巫女服ではなく、私服を着た沙耶香の姿も見てみたい。背の高いグラマーな体型の沙耶香であれば、どんな服を着たって似合うに決まっている。
我ながら節操がないというか、浮気な男だとは思うが……彼女達と過ごす夏を思うと、どうしても顔がニヤついてしまう。
まるで自分がリア充にでもなった気分だ。
夏休みを同年代の女子と過ごすなど、昨年までの自分であれば考えられなかったことである。
今年の夏はいつもと違う。
アバンチュールでデンジャラスな夏が始まる――そんな予感と共に、俺は夏休みを迎えたのであった。
〇 ○ ○
「……そんなことを思っていた時代がありました」
正直……調子に乗ってました。マジですんません。
夏休みが始まり……俺は理由あってとある場所にやってきていた。
上を見れば、青い空と白い雲。灼熱に燃え盛る真っ赤な太陽。
下を見れば白い砂浜。少し遠くに目を向けてみれば、そこには見渡す限りの青い海が広がっていた。
夏の海。
駆け出して飛び込んでみれば、きっと極楽のように気持ちが良いことだろう。今すぐにそうしてしまいたい。
だが……それはできない。
俺は今、この砂浜でとある人物の到着を待っているのだから。
「せんぱーい、お待たせしましたー!」
「…………」
声がした方を振り返る。
少し離れた場所から、小柄な女性が駆けてきた。
燦燦とした日差しをいっぱいに浴びて走ってくるのは、麦わら帽子をかぶったおかっぱ頭の少女。
上下の白いビキニを身に着けており肌が大胆に露出している。青い果実のように未発達な肢体が真夏の空の下に晒しだされており、まぶしく日光を反射していた。
際どい水着姿で駆け寄ってきた少女の名前は――朱薔薇聖。
これまで散々に迷惑をかけられてきたアホの後輩、その人である。
「……どうして俺ってば、お前と一緒に海に来てるんだろうな」
プライベートで絶対に関わりたくないと思っていた後輩の水着姿に、俺は思わずつぶやいた。
ここにいるのが春香や早苗、沙耶香だったらどれほど良かっただろうか。いっそのこと、妹の真麻でも構わない。
「…………はあ」
鬱屈した気持ちで溜息をつく。
途方に暮れて空を見上げると――そこには白い尾を引いて、飛行機が青空を横切っていたのであった。
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