予想外の味方 1
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「おいティアナ! そんなんも持てないのかよ。どんくせーなー」
けらけらと笑う小生意気な声に、水が半分ばかり入っている木桶を地面に置いて、ティアナは顔を真っ赤にして怒鳴り返した。
「何ですって⁉ 今日と言う今日は許さないわ! 待ちなさい、こらー‼」
ティアナはくるぶしまである紺色の修道服の裾を持ち上げて、十歳になったばかりのそばかす顔の少年マックを追って駆けだした。
マックの周りにいた四人の子供たちも、ティアナの剣幕に「わー!」と叫びながら蜘蛛の子を散らしたように駆け出す。
最初は威勢よくマックを追い回していたティアナだが、五分もしないうちに息を切らせて、その場にうずくまった。
「な、なんだって、わたくしがこんな目に……! これもぜーんぶ、オリヴィア様のせいよっ」
「またはじまったぜ、ティアナの愚痴ー」
「なーなー、オリヴィア様って誰のことー?」
「てゆーかティアナって嫌いな相手にも『様』って言うんだなー」
「ほんとに嫌いなのかー?」
ティアナがうずくまれば、わらわらと子供たちが周囲を取り囲む。
そしてティアナの髪を引っ張り服を引っ張り、果ては背中に乗っかったりしてじゃれついてくるのだ。
(これだから子供は!)
背中に張り付いている一人に「どきなさい!」と怒るも、子供たちは笑うだけで言うことを聞かない。
彼らは、修道院に隣接している孤児院で暮らす孤児たちである。
春の終わりに身分を剥奪されて囚人となったティアナは、ここより南にあるザックフィル伯爵領内の、カルツォル国の国境付近にある遺跡の発掘現場で労役につかされていた。
それは、ティアナ個人の罪というよりは、父バンジャマンが犯した罪の累が家族にまで及んだための罰だった。ティアナも王族に対して虚言を吐いたなど問題はあったが、こちらはあまり罪に問われなかったからだ。
ゆえにティアナは父の連帯責任を負わされただけで、真面目に労役にあたっていれば、一年もすれば解放されていただろう。
しかし、その一年の労役が耐えられなかったティアナは、ある男にそそのかされて発掘現場から逃げようとした。
そしてその逃亡は失敗に終わり、労役地を変更されることになった。それがここ――ブリオール国王都レグザムの端にある修道院である。
修道院で人が足りなかったことと、身分が剥奪されているとはいえティアナがもと貴族令嬢だったこともあり、修道院で修道女たちの手伝いと孤児たちの面倒を見ることがティアナの仕事にされたのである。
遺跡の発掘作業に比べたら何倍も楽な仕事だとティアナは高をくくっていたが、蓋を開けて見れば重たいものは持たされるし、子供たちにはもぐりつかれるし、全然楽じゃない。
毎日の洗濯で手はあかぎれだらけだし、子供たちに引っ張られるから、薄茶色の髪も鳥の巣のようにボサボサだし、子供たちが毎日怒らせるから、心なしか小じわが増えた気がする。まだ十六歳なのに、最悪だ。
「なーなーティアナー、洗濯手伝ってやるから終わったらあそぼーぜー」
「昨日の秘密基地の続きつくろーよー」
「ちゃんとティアナの部屋も作ってやるからさー」
「あんたたちもうすぐ字の書き取りの時間でしょ!」
孤児院は何もただ子供たちの衣食住を面倒見ているだけではない。彼らをきちんと教育し、自分の力で生きていけるようにする。そのために、子供たちには毎日三時間、学習の時間が設けられていた。そろそろその時間になる。
「えーやだよー」
「字なんて覚えても将来何の役に立つんだよー」
「綺麗な字が書けるようになったら、お役所で雇ってもらえることもあるって院長先生が言っていたでしょ?」
「じゃあティアナは書けるのかよー」
「字が書けねえからこんなとこで下働きさせられてんだろー」
「書けるわよ、失礼ね! ちょっとその棒きれ貸しなさいよ‼」
馬鹿にされて頭に来たティアナは、子供の一人が持っていた木の棒を奪い取り、地面に文字を書きはじめる。
興味津々にそれを覗き込んでいた子供たちは、ティアナが書き終えるとぱちぱちと拍手をした。
「おーすげー」
「なんて書いてあるんだ?」
「ティ……ア、ナか?」
「でも字きたねーな」
褒められてまんざらでもなかったティアナだが、最後の一言にはカチンときた。
「あんたたちいつも一言余計なのよ! それから邪魔よ! わたくし忙しいの! あんたたちが毎日服を汚すから洗濯がたまってるのよ!」
「それさー、ティアナの要領が悪いから溜まるんだろー」
「なんですって⁉」
ティアナがまなじりを釣り上げると、子供たちがけらけら笑い出す。
「しょーがねーなー、今日も洗濯手伝ってやるよー」
「ティアナは何もできないからなー」
「そんなんだと結婚できねーぞー」
「まあ、安心しろ。ティアナが嫁き遅れたら俺たちの誰かが代表してもらってやるからよー」
「貧乏くじってやつだなー」
「「「あはははははは」」」
「何が貧乏くじよ‼」
文字もまともに書けないくせにどこでそんな言葉を覚えてくるのだろう。
(男の子はこれだから! 女の子みたいにおとなしく部屋の中でお人形遊びでもすればいいのに!)
カッカと怒るティアナの周りにまとわりつきながら、子供たちは洗濯物が置かれている一角へ向かう。
そして、ティアナが子供たちとぎゃいぎゃい言い合いつつ洗濯物を片付けていると、孤児院の建物から、六十台半ばほどの修道女が歩いてくるのが見えた。修道院と孤児院の院長だ。
「あらまあ、今日も仲良しね」
子供たちと並んで洗濯をしているティアナに、院長は微笑ましそうに言うが、ティアナは冗談じゃないと思う。どこが仲良しなのか。このくそガキどもはいつもいつもティアナを馬鹿にするのだ。まったく腹立たしい。
しかしティアナの労役の態度を監視している院長に下手に言い返すことはできない。院長の評価一つで、ティアナの労役期間が長くなったり短くなったりするのである。
労役についている囚人のところには、定期的に、労役の態度を調査するために監察官が訪問する。その際、普段のティアナの行いを報告するのは院長の役目なのだ。労役態度が良ければ予定よりも早く労役から解放されるし、悪ければ伸びる。ティアナは遺跡の発掘現場で一度やらかしているから、これ以上問題は起こせない。
(ま、労役が終わったところで、帰る家なんてないけどね。結局、修道院かどこかで一生すごすことになるんだわ)
ティアナは罪に問われるまでは、贅沢な暮しが約束されていた伯爵令嬢だった。そして一時は、貴族令嬢ならば誰もが憧れる王太子アランの婚約者にまで上り詰めたというのに、見事な転落人生だ。
思い出すと腹立たしいことばかりだが、最近は、ちょっとだけそんな過去の自分がおかしくなるときがある。
父や母はティアナを優秀だとか天才だとかほめそやしたが、蓋を開けて見れば子供たちにも馬鹿にされるような浅はかさだった。ティアナは全然優秀ではなかったのだ。それなのに自分が国で一番優秀な令嬢だと信じ込んで自信満々だった。ティアナは過去の自分のいったいどこにそんな自信があったのか、不思議で仕方ない。
(正直、この子たちの方がわたくしより計算もできるし難しい言葉も知っているのよね)
それを知ったとき、ティアナの矜持はズタボロにされたが、悔しくて腹立たしくてどうしようもなかったのは三日程度だった。
よくよく思い出してみたら、父も母もティアナが勉強しているところを見に来たことはないし、知ろうともしなかった。何も知らないくせに、適当にほめておけばいいとでも思っていたのかどうなのか。それとも、優秀に違いないと勝手に思い込んでいただけか。どちらにせよ、あの人たちはティアナの本質に興味はなかったのだ。
(今思えば、オリヴィア様って本当に優秀だったのかも。なんで馬鹿って言われていたのか知らないけど、わたくしが知らないことを知っているのは確かだったし)
ザックフィル伯爵領の遺跡でティアナを見つけたのもオリヴィアだと聞いた。オリヴィアがティアナの部屋に残されていた痕跡からティアナの居場所を推理したらしい。本当に愚者ならそんなことができるはずがない。
(でも、だからって好きになれないけどね!)
オリヴィアはティアナにないものをたくさん持っている。容姿、地位、立ち振る舞い……そこに知性まで加わったら無敵ではないか。
何もかもを持っている完璧な令嬢。悔しくて仕方ない。だから嫌い。ずっと嫌い。でも――認めなくもない。オリヴィアは間違いなく、ブリオール国で一番の令嬢だ。誰もオリヴィアにはかなわない。
ティアナは石鹸まみれの手を洗って立ち上がる。
院長がここに来たと言うことは、何か用事があるはずだ。
「ティアナ、お客様が来ていますよ」
「お客様?」
「監察の方です」
(ああ、なるほど)
ここに来て、まだ監察官は一度も来ていなかったから、そのうち来るだろうとは思っていた。
監察官という言葉を聞くと、自分が囚人なのだと改めて思い知らされる。
「洗濯はこちらでやりますから、早くお行きなさい。応接間でお待ちですよ」
「わかりました。……あんたたち、院長先生を困らせるんじゃないわよ」
「ティアナじゃないんだからそんなことしねーよ」
「何ですって⁉」
「ティアナ、大丈夫だからお行きなさい。あなたたちもあまりティアナをからかうのではありませんよ」
「「「はーい」」」
(まったくもう、院長先生の前だと途端にいい子になるんだから!)
行儀よく返事をする子供たちに嘆息しつつ、ティアナは修道院の中にある応接間に向かう。
部屋の中に入ると、灰色の髪を撫でつけた神経質そうな男が一人座っていた。
ティアナが椅子に座ると、男はしばらく無言でティアナを見つめたのち、一通の手紙を差し出した。
(何これ?)
監察官はここでの生活について質問するのが仕事だ。遺跡の発掘にあたっていた時、一度監察官とやり取りしたことがあるが、事務的な質問をいくつかされて終わった。手紙など差し出された記憶はない。
ティアナが訝しそうな顔をすると、男が言った。
「君の父上からだ。内容は決して他言しないように」
「え?」
ティアナは耳を疑った。
囚人同士の手紙のやりとりは禁止されている。父はティアナよりも重たい処分を受けて、ここより遠い場所できつい労役についているはずだった。そんな父から手紙? しかも、封が切られていないということは、検閲されていない。
(どういうこと? お父様は十年以上刑期があるって聞いたわ。どうしてそのお父様からの手紙がここにあるのかしら。本当にお父様からなの?)
不思議に思いつつ封を切って手紙の内容を確かめる。
元気にしているか、ではじまった手紙の字は、確かに父バンジャマンのものだった。
ティアナはちらりと監察官を見たが、彼は無表情のままで何も言わない。
仕方なく、ティアナは手紙を読み進め――愕然と目を見開いた。
ティアナの反応を見て、監察官は顎を引くようにして頷く。
「手紙の内容に従いなさい。そうすれば君はここから解放される」
ティアナはゆっくりと息を吸い込んで吐き出す。
わからない。わけが、わからないけれど。
――何かおかしなことが起こっている。
それだけは、わかった。
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外伝「ティアナ!」もよろしくお願いします(*^^*)
(オリヴィアやテイラー、サイラス、アランたちも出てきます!基本はコメディです!)
ティアナ! ⇒ https://book1.adouzi.eu.org/n5341ky/











