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【書籍化】王太子に婚約破棄されたので、もうバカのふりはやめようと思います  作者: 狭山ひびき
第四話

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それぞれの思惑 2

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 ――一か月半までに、オリヴィア自身が、婚約破棄と『愚者』と言う悪評を消しなお余るだけの評価を得る――サイラスと婚約するだけの能力が……王妃の器であることを自分の力で知らしめること。それが、オリヴィアとサイラスの婚約を取り消さない条件とする。



 ジュールの決定を聞くと、グロリアは意外にもあっさりと引き下がった。

 一か月半で世間で噂されている悪評をひっくり返す――ジュールの要求はオリヴィアにかなり分が悪いのは明らかで、グロリアはどんなに頑張ったところで到底不可能だと思ったのかもしれない。


(一か月半……短い)


 たった一か月半で「馬鹿な公爵令嬢」という世間の評価をひっくり返すには、相当な奇策が必要だ。正直、オリヴィアにはそんな魔法のような作戦は思いつかない。


(でも、やらないとサイラス様の隣を奪われる)


 だから、それがたとえ無謀であろうともやるしかない。

 方法が手元にないのならば、作るしかない。何かを探すのだ。そしてそれは、誰の目から見ても評価されるものでなくてはならない。オリヴィアの手で何か特別なことを成し遂げた――絶対的な評価が必要だ。

 オリヴィアが覚悟を決めてぎゅっと拳を握りしめていると、カツカツとジュールのそばまで歩いて行ったバーバラが、ぱちりと扇を畳むと、やおらそれを振り上げた。


「まったく余計なことを! あの狐ババアのことです、どんな妨害をしてくるかわかったものではないではありませんか! どうして断固とした姿勢で突っぱねることができないのです!」


 パシーンと、バーバラの扇が容赦なくジュールの頭をひっぱたく。

 オリヴィアはぎょっとしたが、サイラスは平然とした顔で両親を見ていた。……よくあることなのだろうか。

 声を荒げるバーバラに、ジュールが殴られた頭を両手で押さえた。


「そ、そうは言ってもだな……母上のことだ、自分が納得しなければどんな手段を使ってくるかわからないじゃないか。あとそれから、狐ババアはやめろ。あれでも私の母親だ」

「だまらっしゃい! この狐目親子が‼」


 バーバラはもう一発ジュールの頭を殴りつけると、オリヴィアの手をむんずとつかんだ。


「行きますよオリヴィア。作戦会議です。あのババアの好きにさせてなるものですか!」

「え?」

「ちょ、母上⁉」

「サイラスは黙ってらっしゃい! これは女の戦いです!」


 ぴしゃりとサイラスを跳ねつけて、バーバラはオリヴィアの手をつかんだまま歩き出す。

 オリヴィアは目をぱちくりさせて、ずるずるとバーバラに引きずられながら執務室をあとにした。


(作戦会議? 戦い? どういうこと⁉)


 いつの間にこれが「戦い」になったのだろうか。

 ジュールに提示されたのは、オリヴィアの悪評を覆すこと。誰かと戦うわけではない。ない、はずなのだが――バーバラの中で「打倒グロリア」みたいな図式が出来上がっている気がする。


(それは……王太后様を何とかすることができるなら早いかもしれないけど……)


 王太后や彼女が推そうとしているレネーン、そしてその実家であるエバンス公爵家。オリヴィアの評価を上げつつここを叩くことができれば、確かにかなりスムーズに話が進むだろう。だがそう都合よく、彼らを叩く理由があるだろうか。

 あわあわしているうちにバーバラの部屋まで連れてこられて、ソファに座るように指示された。

 バーバラが侍女たちにお茶とお菓子を運ばせる。

 あれよあれよという間に、ソファに挟まれたローテーブルの上にたくさんのお菓子が並べられた。


「あなたたちは全員お下がりなさい」


 準備が終われば侍女は全員部屋から追い出されて、バーバラとオリヴィアの二人だけになった。

 目の前の紅茶に角砂糖を三つも落として、バーバラがはーっと大きく息を吐き出す。


「まったく忌々しい! あの狐ババア、いったいいつまでわたくしたちを引っ掻き回せば気がすむのかしら! ねえ、オリヴィア⁉」

「は、はい……え?」

「え? ではありません! 今回一番の迷惑をこうむっているのはあなたですよ! あの性悪ババアときたら、わたくしが嫁いだ時から……いえ、嫁ぐ前からネチネチネチネチと思い出しても腹が立つ! ようやく田舎に引っ込んだと思ったらまた出て来るなんて、冬眠明けのカエルかしら? ゲコゲコゲコゲコうるさいのよ!」


(うわ……すごく荒れてる……)


 いつも優雅に微笑んでいるバーバラはどこへやら。憤懣やるかたないとばかりに、目の前のチョコレートを大量にひっつかむと口の中に放り込んだ。


「あなたもお食べなさい。頭を使うときは糖分が必要です」


 その理屈には同意するが、限度と言うものがある。

 ただせっかく用意してもらったのに手を付けないのも失礼なので、オリヴィアはスコーンに手を伸ばすと、クロテッドクリームを少量塗って口へ運ぶ。いつも思うが、バーバラが愛用しているクロテッドクリームは美味しい。城の料理人が作ったものではなく、バーバラが御用達にしている店で販売されているもののようだ。


(でも不思議……さっきまでどうしたらいいのかわからなかったのに、お菓子を食べると少し落ち着いてくるわ)


 甘いものの力というよりは、一息付けたことが大きいのかもしれない。

 紅茶の香りを大きく吸い込んで、息を吐く。指定された期間は短いけれど、だからと言って焦っていてはうまくいくものもうまくいかなくなる。


(まずは方向性。どこから攻めていくかを決めなくちゃ)


 むやみやたらに動き回るのは効率が悪すぎる。

 オリヴィアは少し冷静になってきたが、バーバラの怒りは収まらないようで、次々とお菓子を口に入れながら言った。


「いいことオリヴィア。あのババアは昔からサイラスとレネーン・エバンスを縁付かせようと画策していたのよ。あんまりにもうるさいからわたくしも一時はサイラスにレネーンをあてがおうとしたことがあるわ。ただあの娘、性格がよくないのよ。何かにつけてあのババアの権力を笠に着て……正直、あなたがアランとの婚約を破棄した時は悔しかったけど、あの娘を遠ざける正当な理由ができたことは嬉しかったわ。なのにまだ出て来るなんて……ああっ、お菓子が足りないわ!」


(え、これだけあるのに?)


 この量のお菓子で足りないのかと驚愕するオリヴィアをよそに、バーバラはベルで侍女を呼びつけてお菓子の追加を持ってこさせた。


「ねえオリヴィア。あのババアが何を企んでいるか知ってる? サイラスとレネーンを縁付かせて、サイラスを王位につけ、あなたをアランの婚約者に戻してサイラス達の補佐をさせるつもりなのよ。だってレネーンは王妃の器じゃないもの。許せる? こんなこと許せる? 馬鹿にしていると思わない? わたくしの息子と義娘を何だと思っているのくそババア!」

「お、王妃殿下、落ち着いて……」

「落ち着いていられますか! どうしてあなたは怒らないの‼」

「は、はい……、すみません……」


 自分よりも怒っている人を前にすると、逆に落ち着くものである。だが今はそんなことを説明している状況ではない。


(それに、王太后様に言われた言葉の意味は自分が一番わかっているから……)


 理不尽だとも、もちろん思う。一度婚約する許可が下りたのに、突然白紙に戻されるのは、ひどいと。だからこれが納得できない理由ならば、オリヴィアだったどこにぶつけていいのかわからない怒りで一杯だった。

 でもその理由に納得も覚えてしまったから、怒っても怒りをぶつける先がない。強いて言えば過去の自分だが、過去に怒ったところで仕方がない。時間がないのだから、前を向かなくては。過去の後悔はすべてが終わったあとですればいい。


「この件に関しては陛下はその辺に生えている雑草よりも役に立たないわ。あの人、昔から自分の母親に強く出られないのよ。ああ情けない! とにかくこうなれば手加減は無用よ。徹底的にやり込めるの。二度と冬眠から目を覚ませないように、むしろ潰してしまえばいいわ」


 踏みつぶして地中深くに埋めてしまえとバーバラが物騒なことを言った。


(狐の次はカエル……バーバラ様、本当に王太后様が嫌いなのね……)


 嫁姑の争いというやつだろうか。オリヴィアの母ブロンシュは祖母――イザックの母と仲がいいので、嫁と姑の間にあるギスギス感というのはよくわからないが、バーバラがここまで言うのだから相当だろう。

 しかし、やり込めろと言ってもどうすればいいのか。

 オリヴィアが黙り込むと、バーバラがスコーンに山のようにクロテッドクリームの塗りながら言った。


「その顔だと、方向性が決まっていないのかしら?」

「はい。悪評を覆すと言っても、どこから斬り込めばいいのか……まだ」

「でも、細かいことを考えなければ、最短距離で行けるルートはわかっているのよね?」

「それは……はい」

「ちなみにそれは?」

「……王太后様本人か、もしくはエバンス公爵家です」


 もし王太后本人かエバンス公爵家に不正や疑惑があれば、そこを突くのが一番早い。敵対関係にある相手を潰しながら自分の評価を上げるのが、一番の近道だ。しかしそこに何もなければ、斬り込む手段がない。

 バーバラはスコーンを口に入れて大きく頷いた。


「わかっているのならいいわ」

「……でも、方法が……」


 冤罪は絶対にダメだ。だが、何かしらの理由があったところで、小さなものでは意味がない。エバンス公爵家は国で一番力を持っている公爵家である。不用意に喧嘩を売ると、こちらに受ける被害が大きすぎる。


(第一……公爵は普通の方法では罪に問えない)


 ブリオール国には公爵家は八家ある。

 貴族の場合、何かしらの罪が発覚すると、議会の判断の元、最終的に王が罪に対する罰を決める。罪が大きければ家ごと潰され、小さければ罰金や増税など、国にとって有効な罰が下されるのだ。

 しかし、それが公爵となれば話は別である。

 大きな領地を持ち、領内にも大勢の貴族を抱える公爵家の力は計り知れない。その当主ともなれば国への影響力は甚大で、簡単に罪に問える存在ではないのだ。


 ゆえに、ブリオール国では公爵へ何かしらの嫌疑がかかった際、「貴族裁判」という特殊な裁判が開かれる。

 その裁判は、八家あるすべての公爵家の代表が集まり、王や王子たちとともに嫌疑のかかった公爵の罪の有無を決定するものだ。


 ブリオール国で最後に開かれた貴族裁判は二百五十年前。

 そして――記録に残っている限り、貴族裁判で有罪判決が出た公爵は一人もいない。

 その理由は、公爵を罪に問う場合、残り七家の代表者全員が有罪と認めなければならないからで、だいたい一人や二人は必ず造反者が出るからだ。

 エバンス公爵に何かしらの嫌疑があったところで、それを裁くのは容易ではない。


「オリヴィア、覚えておきなさい。相手が誰であろうと怯んだら終わりなの。そして誰であろうとも怯んではいけない、それがブリオール国の王妃よ。そして敵には情け容赦は無用。あのババアの実家ですもの、叩けばいくらでも埃が出てくるわ」


(つまり――覚悟さえ決めれば、エバンス公爵を突く理由は出て来るってこと?)


 はっきり言って、オリヴィアが取れる手段は少ない。

 時間がないのだからなおのことだ。

 しかし、エバンス公爵家相手に、果たして無事ですむかどうか――


「オリヴィア。あなたが覚悟を決めるなら、わたくしはいくらでもあなたの味方をするわ。……でも、覚悟も決められないあなたには、サイラスの隣はあげられないわよ。譲れないものがあるなら、どんな手を使ってでも守り通しなさい」


 譲れないものがあるなら……。

 臆せば、サイラスの隣にいる権利は奪われる。

 時間もなくて、思いつく手段もほとんどなくて、さらに後ろ向きになってどうする。


「――やります」


 オリヴィアがぐっと顔を上げて言うと、バーバラは満足そうに頷いた。


「見てらっしゃい狐ババア。今までの借り、まとめて全部返して差し上げるわ!」


 そうしてニヤリと笑ったバーバラの顔は、サイラスがごく稀に黒い笑顔を浮かべているときの顔にそっくりだと、オリヴィアは思った。





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