それぞれの思惑 1
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「ブリオール国で、王子の婚約式があるって?」
カルツォル国王都にある後宮で、廊下の緋色の欄干に浅く腰を掛けた第五王子アベラルドは、猛禽類を連想させる鋭い瞳をすぅっと細めた。
カルツォル国には王のための大きな後宮があり、上位の王子たちはそれとは別に自身の後宮を持って生活することが許されている。
広大な城の敷地内の一角にあるこの後宮は、アベラルドのための後宮で、妃を住まわせる大きな部屋が五部屋と、女官や愛妾のための小さめの部屋がいくつも連なるように作られていた。
部屋と部屋をつなぐ長い廊下を、息子と娘が甲高い声を上げながら楽しそうに走り回っているのが見える。
アベラルドの後宮には妃が一人しかいない。正妃以外に興味のないアベラルドは、いくら周囲が勧めようとも、ほかに妃を娶らなかった。
ゆえにこの広い後宮は、二人の子供たちの格好の遊び場だ。後宮の端から端まで駆け回る子供たちを追いかける従者がたまに哀れになるが、これも今の時期だけだから諦めてほしい。やんちゃだった長男も十二を過ぎたころには落ち着いたのだから、下の二人もそのころには落ち着くはずだ。
従者から報告を聞いていたアベラルドは、下の二人の子が駆けて行ったのとは別の方向から、むっつりと不機嫌そうな顔をした長男が歩いてくるのが見えた。今年十六になって少しは大人びてきたかと思ったのに、不貞腐れたような顔をしているのを見るとまだまだ子供だなと感じてしまう。
「どうした?」
従者との話を止めて声をかけると、長男はむっつりした顔のままアベラルドのそばまで歩いてきて言った。
「おじいさまから……愛妾の一人を下げ渡してやると言われました」
「はあ?」
さすがのアベラルドも、あんぐりと口を開けた。
「十六ならそろそろ女が必要だろう、だそうです」
アベラルドは口を開けたまま、しばらく固まった。
父であるカルツォル国王は好色な男で、彼の後宮には妃、愛妾を含め百人以上の女がいる。それは七十近くなった今でも毎年増え続けており、下は十四歳から、上は父と近い年齢の女まで、よくもまあ集めたものだと我が父親ながらあきれるばかりだ。
妃や愛妾が多いから自然と子供も多く、はっきり言って、アベラルドも最近生まれた弟妹のことはよく知らない。興味もない。
そして、そんな妃や愛妾たちは、父が飽きれば臣下や息子たちに下げ渡されるが――まさか孫にも声をかけるとは思わなかった。
「断ったんだろうな?」
「当り前です!」
「ならいい。しつこいようなら俺に言え」
息子はむっつりした顔のまま頷いて、後宮内にある自分の部屋へ歩いて行った。
「あれはしばらく機嫌が悪そうだな。大方、ベレニーチェの耳に入ることを恐れているのだろうが」
息子には一つ年下のベレニーチェという名の恋人がいる。自分に似て恋人一筋の長男は、彼女を失うことをひどく恐れていて、今回の件が彼女に知られて喧嘩になることを警戒しているのだ。
(しかし父上にも困ったものだ……。そろそろ潮時だろうか)
色好みであっても、若いころはあれでも賢君だった。けれど年を重ねるにつれて政よりも女にうつつを抜かす方が多くなり、最近は滅多に後宮から出てこなくなっている。それでも国は回っているが、そろそろ玉座から退いてもらった方がいい。
(……ちょうどいい機会だな)
ブリオール国で行われる王子の婚約式。
ブリオール国とカルツォル国は友好国ではないが、細々とした国交はあるので招待状は届いている。
確か、カルツォル国からは第二王子が出席することになっていたが――
(そろそろ、本気で奪いに行くか)
アベラルドはニィっと口端を持ち上げると、欄干からひらりと庭へ飛び降りた。











