ユージーナの真意 2
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「イーノック、今はそんな話をしている場合じゃないわ」
「いやだね。私はもう我慢ならない。エドワールもエリザベートも、いったい自分たちがどれだけ守られていたのかを、いい加減知るべきだ。それに、二人がもっとしっかりしていれば、オリヴィア様達に迷惑をかけることもなかったのだから、この際すべて話してしまうべきだよ。エリザベートも妊娠したことだし、君もそろそろ潮時だと思っていただろう?」
「それは……そうですけど」
ユージーナが戸惑ったように視線を揺らす。
だが、それ以上に戸惑った顔をしているのがエドワールとエリザベートだった。
何のことかわからないという顔をしている二人と、ユージーナとイーノックを見比べて、オリヴィアは急に今まで感じていた違和感に答えが出た気がした。
(なるほど……ユージーナ様がエドワール殿下とエリザベート様と険悪なのは……演技だったのね)
エドワールはユージーナがエリザベートに冷たいと言っていた。
けれど、ユージーナがたまにエリザベートを気遣うようなことを言っていて、オリヴィアはそこが不思議だったのだ。
エドワールが言うほど、ユージーナはエリザベートに冷淡ではないのではないか。そんな風に感じていたから、今のイーノックの言葉ですべてが腑に落ちた。
理由はわからないが、ユージーナは理由があって、エリザベートに対して冷淡でいなければならなかったのだ。
イーノックは、ここから先はモアナに聞かせるつもりがないようで、兵を呼んでモアナを別室に移動させた。
モアナが連れていかれると、イーノックは少しイライラした様子で口を開いた。
「モアナが、裏でエリザベートを悪く言っていることを私もユージーナも知っていた。友人の顔をして、エリザベートを陥れようとしたことなんて数知れない。モアナだけじゃない。君の周りには、そう言う友人がとても多い。あからさまな嫉妬や敵意をむけてくる女性の方が可愛いらしく思えるほどに、悪意の塊の人間ばかりだ。君の人を疑わない素直な性格は美点だと思うけれど、警戒心が足らなさすぎる。まず、そろそろそれを理解してもらいたい」
エリザベートが息を呑んだ。
エドワールも目を見開いて固まっている。
イーノックはあきれたような顔をエドワールに向けて、続けた。
「本当ならば、エリザベート、君自身が、そういった悪意に気づいて付き合う人間を選別すべきなんだ。それなのに君は無条件に人を信じるから、ユージーナが損な役回りを演じる羽目になった。エドワールもエリザベートも気づいていないけどね、エリザベート、君はずっとユージーナに守られてきたんだよ。エドワールと婚約したときから今まで、ずっとね」
「待ってくれ。私にはよく……」
「エドワール。君が理解している以上に、女性の世界は複雑なんだ。エリザベートと君が婚約した当初、エリザベートにどれほどの悪意が向かったのか、それは理解しているだろう? だから君は驚くほどエリザベートに過保護になった。その気持ちもわかる。だがね、ただ過保護に守るだけで、女性の悪意が消えるとでも? むしろあおるだけだ」
オリヴィアも女性の嫉妬や悪意に敏い方ではないが、イーノックの言うことは何となくわかる気がした。
エリザベートは男爵家出身だ。彼女が高位の貴族出身ならば、王太子の心を射止めた彼女には嫉妬より羨望のほうが集まっただろう。しかし男爵家出身となれば話は別だ。自分と同じ身分の人間が、自分より下の人間がどうして――そう言う感情を抱く女性がどれほどいただろう。さらに、エリザベート本人が立ち回り、妬みやそしりを向ける人間に対処することができれば少しは違っただろうが、エドワールが過剰なまでに彼女の守りに回ったため、「何もしないで守られているだけの王太子妃」の図が出来上がってしまった。
身分も低く、何もできない王太子妃――エリザベートに付きまとうその評価が、周囲をどれほど増長させるのか、オリヴィアにもわかる。
人は自分よりも劣る人間に攻撃的になるものだから。オリヴィアも、アランの命令で無知のふりをしていた時は、城の使用人にも馬鹿にされていた。オリヴィアは公爵令嬢だったから、面と向かって攻撃されることが少なかっただけだ。
「だから、ユージーナは逆に、エリザベートを攻撃する側に回ったんだ。それで、エドワール、君が過保護に守る分は幾分か相殺される。さらに、王女と言う立場のユージーナがエリザベートを攻撃することで、結婚後身内にいびられている可哀そうなエリザベートの図が出来上がるんだ。ユージーナがエリザベートを攻撃することで、面白いくらいにエリザベートに同情が集まった。いっておくが、ユージーナが動かなければ、エリザベートは今頃、まともに外も歩けない状態になっていたと思うよ。そしてつけ加えれば、エドワール、君がのんびり構えていたせいで、君たちの間にはまだ子供もいなかった。ただでさえ攻撃の的にされやすいエリザベートに、王太子妃の責務も果たせない女性だという認識まで加わればどうなるか、わかっていたのか? エリザベートになかなか子ができないから、ユージーナがどれほどやきもきしたと思っているんだ」
「イーノック、もういいわ」
ユージーナが夫の肩を叩いて止める。そして、小さく笑った。
「お兄様とエリザベートの間に子もできたことだし、生まれれば少しは風向きも変わるのではないかしら」
「……だから、そろそろ潮時、か?」
エドワールが茫然とした声で訊ねる。
ユージーナは緊張の糸が切れたかのように、オリヴィアが今まで見たことがない柔らかい表情で頷いた。
「お兄様たちに子供ができなかったから、周囲がわたくしたちの子をお兄様の次の王にと言い出していることくらい知っているでしょう? 本当にそんなことになったら、エリザベートはお飾りの妃だと、今以上に周囲に侮られることになるわ。でも、エリザベートが未来の王を母としてしっかり導いている姿が見られれば、子の成長に合わせて周囲の評価も変化していくでしょう。そこでわたくしも徐々にエリザベートに対する態度を軟化させれば、わたくしの態度ともにエリザベートが認められたという認識が広がると思ったのだけど……その前に、ばらされてしまうんだもの。困ったわね」
「私はもともと、君のこの作戦には反対だったからね。どうして君が泥をかぶる必要があるんだかわからない」
「たくさん説明したでしょう?」
「でも納得はしていないよ」
イーノックの憮然とした顔に、ユージーナが苦笑した。
「お兄様は頭はいいんだけど、人の感情にはちょっと鈍感なのよね。そして、宝物は誰の目にも触れないように隠してしまうタイプだから、下手なことを言えば今以上にエリザベートを周囲から隠そうとしたでしょう? そうなればもっと大変なことになりそうだったから……」
もう少し、女性の社会について理解を深めてほしいものだわ、とユージーナが軽くエドワールを睨む。
エドワールはバツが悪そうな顔になって、エリザベートはただただ茫然と目を見開いて固まっていた。
(エリザベート様も、まさかユージーナ様に守られていたなんて思わなかったのでしょうね)
ユージーナの凄いところは、このことをイーノック以外に知らせなかったことだろう。ウィルソンが兄と妹の関係を心配していたことを思い出しても、実の両親まで欺いていたのだ。徹底していると思う。そして、自分が嫌われ者になる覚悟も並みのものではなかったのだろう。
(ウィルソン陛下がやきもきするくらいだもの……ん?)
オリヴィアの中で、もうひとつ引っかかっていた何かが、絡まった糸がほどけるように、すっとまっすぐ一本につながった。
(ああ、なるほど。そういうことね。……本音を隠してしまうのは、血なのかしら? そっくり)
オリヴィアは、困惑した顔で妹を見つめるエドワールと、それをにこりと微笑んで見つめ返すユージーナの二人を見やって、微苦笑を浮かべた。











