生誕祭と宝探しのはじまり 4
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「はい⁉」
サロンに落ちた、短いのか長いのかわからない沈黙を破ったのはエドワールの声だった。
「どういうことですの、お父様⁉」
エドワールの裏返った声に、それまで時間が止まったように微動だにしなかったユージーナが、弾かれたように顔をあげた。
エリザベートが困惑気味に薄茶色の瞳を揺らし、イーノックは愕然と目を見開いている。
その反応の違いに、オリヴィアは王族の血を有している三人と、外部から嫁いできたエリザベートの間に、選定の剣に対する認識の乖離があるような気がした。
(たぶん……エリザベート様にとっては、選定の剣はただの国宝の一つなんだろうけど……)
代々、戴冠の際に受け継がれてきた選定の剣。建国当初から六百年もの間続いて来たその伝統を、自分の代で閉ざすことになる――エドワールの不安は計り知れないことだろう。
ユージーナも、イーノックも、戴冠の儀式における選定の剣の重要性は、幼いころから叩き込まれていたはずだ。
選定の剣が収められていた宝物庫は、幼いころにエドワールたちは遊び場にするくらいに気軽に入れたようだけれど、それは王族に限られてのことだろう。さすがに誰でも気軽に入れる場所ではない。
ならば、宝物庫に収められていた選定の剣を紛失したということはすなわち、宝物庫に誰かが侵入して持ち去ったことになるのではないか。――もしそうならば、もうどこにあるのかわからない。
オリヴィアは、国にとっての一大事の話をしている場に、なぜ自分やサイラスが留められたのだろうかと思った。国外の人間に聞かせていい話ではないだろうに。
「父上、直ちに兵を指揮して、剣の捜索を――」
物取りの犯行ならば一秒でも早く手を打ちたいと腰を浮かせるエドワールに、ウィルソンは「まあ、待ちなさい」と笑った。その鷹揚な様子に、オリヴィアはふと違和感を覚えたが、それはオリヴィアだけではなかったようだ。
「何を暢気なことを言っているんですか!?」
「そうですわ! お父様はいつも暢気すぎますわ! さすがに焦ってくださいませ!」
息子と娘に詰め寄られて、ウィルソンは困ったようにリザベッラを見た。
リザベッラは小さくウィルソンを睨んだ後で、息を吐きながら言った。
「選定の剣は盗まれたのではなく、紛失したのよ。……陛下がなくしたの」
「なんですって!?」
ユージーナが悲鳴のような声を上げた。
オリヴィアもサイラスも唖然として、ウィルソンに視線を向ける。
ウィルソンは頬を掻きながら、突き刺さる視線から逃れるように、何もない窓の外に顔を向けた。
「いやいや、ねえ? 一か月くらい前に宝物庫から出して持ち歩いていたのは覚えているんだがね……部屋に持って帰った気がしていたんだけど、どこにもないんだよねえ。たぶんどこかに置き忘れてきたんだろうね。いやいや年かな、困ったね」
「困ったね、ではありませんよ! 父上、どうして宝物庫から持ち出したりしたんですか! 父上はよくものをなくすんですから、重要なものはあまり持ち歩かないでくださいと、いつも言っておいたでしょう!」
(……よくなくすって言っても、さすがに国宝を紛失するかしら……?)
さすがにそこまで迂闊ではない気がするが、ウィルソンの口ぶりでは本当にどこかに置き忘れてきたらしい。
「城の外には持ち出していないんですよね? すぐに兵を呼び出して――」
「あー、息子よ。そのことなんだがね、少し待ってほしいなあ」
「今度は何です!?」
あまり感情を荒げたところを見たことのないエドワールが、いつになく苛立っている。
ウィルソンはつるりとした顎を撫でながら、眉を八の字にして、子供のように口を尖らせた。
「兵は動かさないでほしいんだよね」
「どうしてですか!」
「ほら、だって、ねえ? 国王が選定の剣をなくしたなんて知られたら、国家の沽券にかかわるというか、私が恥ずかしいというか……ねえ、奥さん?」
助けを求めるようにウィルソンはリザベッラを見た。
リザベッラは苛立っているエドワールとユージーナを交互に見て、すっと表情を引き締める。
「陛下が国宝……それも、戴冠の儀式にも使う、国王の象徴とも言い換えることのできる選定の剣を紛失したなんて、外部に漏れたら大問題です。国王の威厳に関わります。決して漏らすことはできません」
「そんな悠長な……」
「最後までお聞きなさい」
ユージーナが口を挟もうとしたが、リザベッラは穏やかな口調で、けれども有無を言わせずに彼女を黙らせる。
「幸い、陛下はこの城の外に剣を持ち出してはおりません。剣は城の中のどこかにあります。兵士を動員しなくとも、探せる範囲内です。……そうですね?」
「つまり母上は、この場にいる私たちだけで探せと、そう言いたいのですか?」
その「私たち」の中に、オリヴィアとサイラスも確実に組み込まれている気がする。
サイラスを見ると、「巻き込まれちゃったみたいだね」と苦笑していた。ウィルソン陛下にしてやられたというわけだ。
「その通りです。ただ、あなた方が城の中を探し回っていたら、敏い人間は気づくかもしれません。そこで」
リザベッラは一度言葉を切って、ウィルソンを振り返った。
ウィルソンは大きく頷いて、能天気に言った。
「周囲には、『選定の儀式』をするということにして、うまく探し出してくれないかなあ?」
この場にいた国王夫妻以外の全員が、あんぐりと口を開けた。











