生誕祭と宝探しのはじまり 3
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盛大で華やかなウィルソン国王の生誕祭のパーティーが終わり、翌日。
オリヴィアとサイラスは、選定の剣を見せてくれるという約束の通り、ウィルソンに呼ばれて城のサロンにいた。
ここで待っていれば、ウィルソンが宝物庫から選定の剣を持ってきてくれるらしい。
「おや、君たちも父上に呼ばれていたのか」
オリヴィアがわくわくしながら待っていると、ウィルソンではなくエドワールとエリザベートがサロンに入ってきた。
エドワールたちも選定の剣を見たいとウィルソンに申し出ていたのだろうかと、オリヴィアがサイラスと顔を見合わせていると、続いてユージーナとイーノックまでやってくる。
ユージーナたちもウィルソンにサロンに集まるように言われたらしい。
「殿下たちも、選定の剣を?」
「選定の剣? なんのことだい?」
サイラスが訊ねたが、エドワールは不可解そうに首をひねる。
「わたくしたちは、ウィルソン陛下が選定の剣を見せてくださると言うので、ここで待っているのです」
オリヴィアが説明すると、エドワールはますます怪訝そうな顔になった。
エドワールだけでなく、ユージーナも不思議そうに目を瞬いている。
「まあ、お父様ったら、そんなものを見せるために呼びつけたというの?」
すると、エドワールがムッと眉を寄せた。
「そんなものとは何だ。我が国の国宝だぞ。そして、代々国王が戴冠の儀式で受け継ぐ重要な剣だ」
「あら、そうは言いますけど、選定の剣ってあれでしょう? 宝物庫に収められている古い短剣。お兄様も子供のころ、宝物庫に入っては、あの短剣でバティスト一世ごっこをして遊んでいたではありませんか」
「そう言うお前はアンソワーヌ王妃の王冠で遊んでいただろう」
宝物庫が遊び場だったと聞いて、オリヴィアは唖然としてしまった。宝物庫には貴重な国宝がたくさん眠っている。本来は厳重に鍵をかけて、無闇に人を立ち入らせないようにすべき場所だ。それなのに、王子や王女が子供のころから簡単に立ち入ることができて、なおかつ宝物庫にある国宝でおままごとができてしまうなんて、とんでもない。国の文化の違いに、くらくらと眩暈を覚えそうだ。
(おもちゃにして壊れたりしたら大変なのに……ウィルソン陛下は寛容と言うか……)
どうりで、気軽に「見せてあげるよ」と言うわけだ。そんな扱いでいいのだろうか。
サイラスも驚いたのか、笑顔が引きつっている。ブリオール国の城の宝物庫は、成人したサイラスであってもおいそれと入れない場所なのだ。オリヴィアに至ってはもちろん一度も入ったことがない。王や王妃だって、宝物庫に収めてあるアクセサリー類を使用する必要のある式典の時以外、滅多に開けないという話だ。
「とにかく、選定の剣なんて見慣れすぎていて、今更珍しくもなんともないでしょう? 大げさなんだから」
「まあまあ、ユージーナ。陛下には考えがあってのことかもしれないから、ね?」
ぷりぷりと怒りだしたユージーナを、イーノックが穏やかな笑顔で落ち着かせる。
「お父様の考えなんて、ろくなものがあった試しがありませんわ」
「そんなことはないだろう? ねえ、エドワール」
イーノックがエドワールに同意を求めるが、エドワールも思い当たる節がありすぎるのか、眉間にしわを寄せて黙り込んだ。
オリヴィアはだんだんいたたまれなくなってきた。
オリヴィアが選定の剣を見たがったために、エドワールたちは巻き込まれてしまったのかもしれない。
弱り顔になったオリヴィアの肩を叩いて、サイラスが言った。
「選定の剣を持ってこられることですし、もしかしたら、譲位のお話をされるのかもしれませんね。そうなると僕たちは邪魔になるでしょうから、席を外しましょうか」
譲位、という言葉が出た途端、場がピリッと凍りついたような気がした。
エリザベートの顔が強張り、エドワールがさらに難しい顔をする。
ユージーナは細い眉を寄せ、イーノックの笑顔が凍った。
(え……どうして?)
ウィルソン国王は、エドワールに王太子の称号を与えている。つまり、よほどのことがない限り彼が次の王になることは決定事項だ。だというのに、まるでその話は聞きたくないと言わんばかりの様子だった。
「……父上はまだ若い。譲位は、まだ先のことだと思うよ」
エドワールが言うと、ユージーナが「そうですわ」と首肯する。
「あの年で引退などあり得ませんわ。あと十年は国王でいていただかないと」
「もちろんだ、あり得ない」
「ええ、当然ですわ」
珍しく兄と妹の意見が一致した。
確かに、ウィルソン国王は御年五十八だ。まだまだ現役の国王でいられる年である。
けれどエドワールもユージーナも、できるかぎり譲位を先送りしたいと言っているように聞こえて、オリヴィアは不思議でならなかった。ウィルソンはまだ若いが、エドワールも今年で二十九歳だ。充分に、玉座を譲り受けてもいい年である。
サロンの中が微妙な空気に包まれたとき「おまたせ」と暢気な声とともに扉が開いた。
ウィルソン国王だった。
ホッとして顔をあげたオリヴィアは、ウィルソンが何も持っていないことに気が付いて首を傾げる。
ウィルソンは選定の剣を持ってくるという話だった。どういうわけだろうかと思っていると、ウィルソンのうしろから、リザベッラ王妃も顔を出し、いつも穏やかな彼女には似つかわしくない厳しい表情で夫をたしなめた。
「暢気に挨拶をしている場合ですか。エドワール、ユージーナ、緊急事態です」
緊急事態の一言に、エドワールとユージーナの表情が引き締まった。
エリザベートもイーノックも真剣な表情になる。
オリヴィアも反射的に背筋を伸ばして、サイラスに背中を叩かれた。……そうだ。ここはフィラルーシュ国だから、オリヴィアが緊急事態の言葉に焦る必要はないのだ。
「何やら込み入った事情がおありのようですから、席を外しましょう」
サイラスがそう言って、オリヴィアを伴って席を立とうとすると、ウィルソンが「待ってくれ」と手で制した。
「君たちにもぜひ聞いてほしい」
「え……?」
「しかし、緊急事態なのでは?」
オリヴィアとサイラスが顔を見合わせると、リザベッラが頬に手を当てて嘆息する。
「ええ、緊急事態と言うのは間違いございません。……ただ、一刻も早くどうにかする必要があるため、せっかくですのでお二人の意見もお聞きしたく」
それはまた妙な話だとオリヴィアは思った。
オリヴィアもサイラスもブリオール国の人間で、本来、そう言うことは伏せておきたいものではないのだろうか。
「そういうことでしたら、まあ……」
ここで意固地に辞退するわけにもいかず、サイラスが苦笑に近い笑顔で頷いた。本音は、ここで関わっても自分たちにいいことはなさそうだから、逃げたいなと言ったところだろうか。オリヴィアも大いに同意する。
ウィルソンとリザベッラがソファに腰を下ろし、茶を用意しようとするメイドを追い出して、厳しい表情のまま、信じられないことを言った。
「選定の剣が、なくなった」











