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【書籍化】王太子に婚約破棄されたので、もうバカのふりはやめようと思います  作者: 狭山ひびき
第三話

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生誕祭と宝探しのはじまり 1

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 フィラルーシュ国王の生誕祭当日は、街をあげてのお祭り騒ぎだった。

 賑わう城下町の様子から、ウィルソン国王は国民たちにとても人気があることがうかがえる。


 穏やかで親しみやすい性格をしている性格のウィルソン国王が即位してから、国民と王室との距離が縮まったという話だ。ウィルソン国王は今年で即位三十五年で、先王の時代をオリヴィアは知らないが、先王は厳格な人で、どちらかと言えば圧政が敷かれていた時代だと聞く。ウィルソン国王の時代になって圧政から解放された国民にとって、彼は英雄でもあるのかもしれない。


 これから国王夫妻のパレードがはじまるというので、オリヴィアとサイラスは城下町に降りていた。

 人が多い中の護衛は大変なので、王族や来賓のために開けられたスペースから出ることはできないが、大通りには大勢の人が押しかけていて、誰か一人が倒れたら全員道づれになりそうなほどぎゅうぎゅう詰めだ。


 来賓用の椅子に座っているオリヴィアたちとは違い、エドワールやエリザベートは、先ほどからぎりぎりまで前に出て、にこやかに微笑みながら国民たちに手を振っている。国民たちとの距離感は、エドワールが王になった時代も継承されることだろう。特にエドワールは、選んだ妃がこれまでの高位貴族ではなく、男爵令嬢だった。居丈高でない妃は国民からのウケもよく、また、妃の出自もあって、中間層から絶大な支持を得ているそうだ。


「ああいう親しみやすさは見習うべきだよね」


 サイラスが二人の様子を観察しつつ言う。


「そうですね。国を支えているのは大勢の国民の皆さんですから、大切にしないと」


 ブリオール国も、国民の王室への支持率は高いが、ここまでの熱気はないだろう。親しみやすさと言う点では、フィラルーシュ国には遠く及ばない。


「ほら、ユージーナ。私たちも行こう」


 サイラスと話をしていると、少し離れた席から声が聞こえてきた。

 ユージーナ王女とその夫、イーノック・ロックフォード公爵が座っている席だ。


 ユージーナは兄のエドワールと同じ蜂蜜色の髪に琥珀色の瞳をしている、線が細く儚げな印象の女性だ。

 イーノックはダークグリーンの髪に、茶色の瞳の優し気な風貌の細身の男性である。王姉の息子だからだろう、顔立ちはウィルソン国王に似ている部分があった。エドワールもユージーナも王妃似なので、比べたらイーノックの方がウィルソンに似ている。


 見れば、イーノックがすました顔で椅子に座っているユージーナの手を取って、少し強引に席を立たせているところだった。


「国民たちは次代の王と王妃の顔が見たいのですわ。わたくしが行ってもしかたないでしょう」


 ユージーナはどこか拗ねたような口調で言った。


「そんなことはない。王女である君の顔も、みんな見たいはずだよ。ほら」

「……仕方ありませんわね」


 夫の説得に、小さく首をすくめたユージーナが、渋々と言った様子でロープが張られているギリギリ前まで移動する。

 そして、華やかな笑みを浮かべながら手を振れば、国民たちがわっと歓声を上げた。


「ユージーナ王女だ!」

「キーファ王子はお元気ですか?」

「ありがとう。キーファも元気にしていますわ」


 キーファと言うのは、ユージーナとイーノックの一人息子で、確か今年三歳になるはずだ。エドワールとエリザベートの間に子供がいないため、このまま二人に子供が生まれなければ、キーファ王子がエドワールの次の王になる。


「王女様、お花をどうぞ」


 十歳前後ほどの、髪を高いところでふたつに結った女の子が、ユージーナに向かって、はにかみながら白とピンクの草花を集めた花束を差し出した。

 ユージーナは腰を落としてそれを受け取り、「ありがとう」と優しく微笑む。

 そんな妻をイーノックが愛おしそうに見つめていた。


 オリヴィアはユージーナともイーノックとも面識があるし、フィラルーシュ国に来たときに何度か茶会に招待されたこともある。イーノックとユージーナは従兄妹同士で、昔から互いに想いあっていたらしく、いつ見ても仲睦まじそうにしている。

 こうしてみると、ユージーナは女性からの人気が高いようだった。

 エドワールの前には男女関係なく人が集まっているが、ユージーナの前には、圧倒的に女性が多い。


「ユージーナ王女は数々の流行を生み出しているらしいからね。確か、彼女はドレスのデザインも手掛けるんでしょう? 最近では、上流階級のドレスだけではなく、市民向けのワンピースや子供服にまで手を伸ばしているらしいから、それで女性人気が高いのかもしれないね」


 サイラスもエドワールとユージーナの国民人気を分析していたのか、そんなことを言った。


「ドレスのデザインですか?」

「王女や高貴な女性が手掛けたものは人気が出るものさ。とくにユージーナ王女はセンスがいいみたいだから、余計にね。オリヴィアもちょっと前に帽子のデザインをしただろう? 好評だったみたいだし、ドレスもやってみたらどう?」

「わたくしでは、ユージーナ様のようにはいかないと思いますよ?」


 オリヴィアは流行に疎いところがあるので、ドレスをデザインするとなると、数ある専門書を読み漁って作成することになるだろう。結局似たり寄ったりなものになりそうだし、それでは斬新性は生まれない。


「オリヴィアらしくやればいいと思うけどね」

「わたくしらしく、ですか?」

「歴史書に書かれている昔のデザインを現代風にアレンジしたりとか、ね。オリヴィアはそちら方面の知識も豊富だろう?」


 基本的に雑食なオリヴィアは、自分の知らないことは貪欲に吸収しようとする。昔の女性の服飾品などについても調べ上げたことがあり、確かこれは求められて知り合いのデザイナーに研究結果を提出したことがあるから、そういう方面からならアプローチできるかもしれない。


(まあ……やると言えば、お兄様が協力するでしょうから、やりやすくはなるでしょうけど)


 金儲けが得意な五歳年上の兄、ロナウドがついていれば、大きな失敗はしないだろう。だが、ロナウドが嬉々としてオリヴィアの名前を使って商売をはじめることは目に見えている。父イザックから嫌な顔をされそうだ。


「すぐには結論は出せそうにないので、保留にします」

「そうだね。でも、まあ、そのうち母上から何かしろと言われると思うから、いくつか候補は考えておいた方がいいと思うよ」

「そう言えば、バーバラ様もドレスのデザインをされていましたね」

「一度だけね。あまり得意じゃなかったみたいで一度でやめてしまったけど。かわりにブローチのデザインや、薔薇の品種改良、香水の調香、ええっとそれから……何か本を出してたね」

「『女性の品位』ですか?」

「ああ、そう、そんな名前だよ。一冊もらったけど興味がなくて本棚の隅で眠ってる」


 バーバラに怒られそうなことを平然と言って、「その様子だと君は読んだんだね」とサイラスが肩をすくめる。


「女性たるもの男性につき従うのではなく支配するくらいでなければなりません、とかなんとか書かれていたらしくて、父上がすごく情けない顔をしていたのだけは覚えているよ」

「ああ……」


 そう言えば、男の言いなりになるな、とか、男は頼りにしてはならない、とか、男性に対してかなり辛辣なことが書かれていた気がする。読んだ時はバーバラ王妃はなかなか過激な思想の持ち主だと思ったものだが、あの二人の賭け事を知った今では納得だった。きっと本を執筆したときから二人は争っていたのだろう。


(あれで仲もいいんだから、あの方たちの夫婦関係は不思議よね)


 傍目には険悪に見えても、サイラスに言わせるとじゃれているだけだから放っておいていいと言う。これがわからないから、オリヴィアは恋愛ごとに向かないのかもしれない。


「あ、そろそろパレードがはじまるみたいだね」


 パレードの馬車は、城から大通りに降りて、王都を一周して戻る。

 サイラスが言った直後、パレードの開始を告げるファンファーレが鳴った。




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