選定の儀式 3
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フィラルーシュ国王都ヴィダールに到着すると、二日後の国王の誕生祭までは城でゆっくりできることになった。
天候などで予定の日数で到着できないこともあるので、少し余裕を持たせてあったから、この二日間は視察などの予定は組まれていなかったのだ。
フィラルーシュ国の城は三階建ての横に長い口の字型で、玄関部分は吹き抜けになっていて、高いところに見える天井には大きな鷹の絵が描かれている。
オリヴィアとサイラスはそれぞれ二階にある貴賓室を使わせてもらうことになって、荷物を片付けオリヴィアが隣のサイラスの部屋に行って他愛ない話を楽しんでいると、フィラルーシュ国の王太子エドワールがやってきた。
エドワールは緩く波打つ肩までの蜂蜜色の髪に琥珀色の瞳の、背の高い青年で、この冬に二十九歳の誕生日を迎える。見た目はとても温厚そうだが、中身はずいぶんと抜け目のない性格をしていることを知っているオリヴィアは、サイラスとともに少しの緊張感をもって彼を迎えた。
先ほど挨拶を交わしたばかりなのに何の用なのだろうかと思えば、彼の妃のエリザベートがオリヴィアたちとお茶をしたいと言っているらしい。
妃にめっぽう甘いエドワール王太子自らサイラスとオリヴィアを呼びに来たようだ。
オリヴィアにもサイラスにも断る理由はないから、エドワールに案内されて一階のサロンへ向かう。
ティーセットと美味しそうなお菓子が準備されたサロンに入ると、赤銅色の髪のすらりと背の高い女性が出迎えた。エリザベート王太子妃だ。
エリザベートは女性の平均身長より少し高いオリヴィアよりもさらに身長が高く、スレンダーな体つきをしている。少し釣り上がり気味の茶色い目に、ツンと尖った顎が印象的で、見た限り気の強そうなイメージだが、内面はとてもおっとりとしていて優しい女性だ。
オリヴィアも詳しくは知らないが、確か代々騎士を輩出している男爵家の出で、本人も乗馬が得意だったはずだ。剣は握れないが父や兄たちから聞いた知識は豊富で、アランとよく兵法で盛り上がっていたのを覚えている。
今から四年ほど前の、エリザベートが二十一歳の時にエドワールと結婚したが、貴族女性の適齢期が十九前後であることを考えると、結婚は少し遅かったが、それはおそらく彼女の身分が関係しているのだろう。男爵家の令嬢を王太子妃にするには、周囲からの反対がすごかっただろうから。
抜け目のないエドワールが自分の欲しいものを諦めるはずがないので、エリザベートが男爵家出身だと聞いた時にも別に驚きはしなかったが、相当な無茶をしたのは想像に難くない。
お茶の用意がされた席に腰を下ろしたオリヴィアは、ふと、エリザベートの顔色が悪いことに気が付いた。
それとなく、体調が悪いのかと聞いてみると、エリザベートはおっとりと頬に手を当てて、ここのところ食欲がないのだと言った。
「普段の食事があまり受け付けなくて……、それ以外は特におかしなところはないんですけれど、そんなに顔色が悪いかしら?」
「いえ、びっくりするほどではありませんよ。少し血の気が引いているように見えたものですから」
国王の誕生祭も近いし、忙しくて疲れているのかもしれない。
エリザベートの隣に座っているエドワールが、そっと妻の肩を引き寄せた。
「心労がたたっているのかもしれないな。ユージーナのせいだろう」
ユージーナとはエドワールの妹の第一王女のことだろう。オリヴィアがフィラルーシュ国にはじめてきたのは三年前の十四歳の時で、そのころにはユージーナは結婚して城から去っていたので、パーティーの席で挨拶を交わす程度しか関りがなかったが、エドワールと同じ蜂蜜色の髪に琥珀色の瞳の小柄な女性だった気がする。
すると、エリザベートが困ったように笑った。
「ユージーナ様は悪くありませんわ。本当に、少し気分が優れないだけですの。妹君をそのようにおっしゃってはいけませんよ」
「だが、あれは何かにつけて君に突っかかるだろう」
「それは、わたくしの作法に何かしら問題があるのでしょう。わたくしはお世辞にも洗練された身のこなしができているとは言えませんもの」
「そんなことはない。君はいつも姿勢がよくて、凛としていてとても素敵だよ。そしてとても頑張り屋だ。君こそ、自分をそんな風に卑下してはいけない」
突然はじまった夫婦の会話に、オリヴィアはいったい何を見せつけられているのかしらと苦笑する。二人の間に、こう、甘ったるいというのだろうか、独特の空気が流れはじめて、何ともいたたまれない気分だ。席を外した方がいいだろうか。
(うーん、席を外すのは露骨すぎるかしらね。でもとりあえず、あれよね。聞いていないふりをした方がいいわよね?)
二人の世界の邪魔をしないように、すっと視線を外してゆっくりと紅茶を味わっていると、エリザベートがハッとして、おろおろと夫を止めた。
「エドワール様、サイラス殿下とオリヴィア様が困っていらっしゃいますわ」
赤くなるエリザベートに対して、エドワールは飄々としたもので、「多分二人は気にしてないよ」と言う。
オリヴィアとしては目のやり場に困るけれど、隣を見ればサイラスは別段気にしていない様子なので、オリヴィアも彼に合わせてニコリと微笑んだ。
そして、エリザベートが気に病まないように、さっと話題を変える。エドワールに訊きたいこともあったし、ちょうどいい。
「そう言えば、ここに来る前に立ち寄った町で興味深い話を聞いたのですけど、数十年ほど前まで、この国には『選定の儀式』という王位継承の儀式があったのですか?」
「これはまた、不思議なものに興味を持ったね」
エドワールが目を丸くすると、サイラスが肩をすくめる。
「いつもの、気になったら止まらないオリヴィアの癖ですよ。気になって今まで読んだ歴史書に書かれていたかどうか必死に思い出そうとしていたみたいなんですけど、記憶になかったらしいです」
笑顔でサイラスに暴露されて、オリヴィアは両手で頬を押さえた。
(もう、そんなことわざわざ言わなくてもいいのに!)
恥ずかしいわ、と両手で頬を押さえると、サイラスは恥ずかしがるオリヴィアを楽しそうに見て、エドワール王子に訊ねる。
「町できいた話では、もう行われていない行事のようでしたが、何かご存知ですか?」
「うーん、私もあまり詳しくは知らないが、王位継承の際に渡される短剣を探す宝探しじゃなかったかな。父上に聞いたら知っているだろう」
「国王陛下は儀式の経験が?」
オリヴィアが食いつくと、エドワールは微苦笑を浮かべて首を横に振った。
「いいや。あれはもともと、王子がたくさん生まれた時代に、誰を次代の王にするのかを選定するために行われていたんだ。祖父の時代から、王子は一人ずつしか生まれていないから、父上も経験がないはずだよ。だが、戴冠の際に剣を受け継いでいるはずだから、その時に聞いていてもおかしくない」
「ええっと……つまりそれはフィラルーシュ王家の秘密、ですか?」
「そんなことはないと思うが……そんなものに興味をもって訊いてきたのは君くらいなものだからね、実のところは父上に聞かないとわからないね」
暗に「変わり者」と言われた気がして、オリヴィアはさらに恥ずかしくなった。
しかし、やはり気になるから、このまま知らないままでは終わりたくない。
選定の儀式がずっと昔から行われていたのならば、その剣には歴史的価値もあるはずだ。本物を見てみたい。
オリヴィアがどのタイミングでフィラルーシュ国王ウィルソンに訊ねようかと頭の中で計算をはじめると、その様子を隣で見ていたサイラスがやれやれと嘆息する。
そんな二人を面白そうに見やって、エドワールが言った。
「放っていくと納得できるまで静かに突っ走りそうだな」
「そうですねえ、彼女が満足するまで、また一緒に走ることになるかもしれませんね」
まるで暴走する馬のような言われ方だと思ったけれど、気になるものは気になるので、オリヴィアには否定できなかった。
(先帝の剣の紋が、初代国王が騎士の時代に使われていたものなら、初代国王が存命のころに生まれた儀式である可能性があるわ。……六百年以上も前の儀式なんて……ああ、新しい発見とかがあったらどうしましょう)
二人のあきれ顔よりも、歴史書にも書かれていない新事実が見つかるかもしれないということの方が重要なオリヴィアは、自分が変わり者だとか暴走馬のようだとか言われている不名誉な事実は、きれいさっぱり無視することにしたのだった。











