選定の儀式 2
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夕食を食べ終えて、オリヴィアはサイラスとともに街の散策に乗り出した。
ホオズキの形をした、男性の両手ほどの大きさの提灯に火が灯されて、それぞれの提灯の色に色づいた灯りが夜道を灯すから、夜だというのに街の中はとても明るく華やかだ。
サイラスと指を絡めるようにして手をつないで、オリヴィアはぽつりぽつりと並ぶ露店を見て回った。
収穫祭がはじまれば露店の数は倍以上に増えるそうだが、今でも充分に活気がある。祭り本番になるとどれだけ盛況になるのか想像することしかできないが、きっととても賑やかなのだろう。
オリヴィアとサイラスはまず、目当てにしていた「ケグル」を買って、人の邪魔にならないように道の隅に移動して食べ終わったあと、宿の周囲にある露店を見て回ることにした。
あまり遠くに行かないでほしいとコリンに言われていたので、見て回れるのは宿からそう離れていない範囲だけだ。
露店は、食べ物の店が七割ほどで、残り三割は装飾品や木工細工などの店だった。「ケグル」でかなりお腹がいっぱいになったので、オリヴィアとサイラスは、食べ物を扱う店の一つで日持ちのしそうな砂糖菓子を買って、あとは食べ物以外のものを扱う店を見ることにした。
オリヴィアは細かな彫刻が施してある木製の小物入れを一つと、テイラーが好きそうな紫色から青へのグラデーションが見事なガラスのコップを買った。
サイラスはアランへのご機嫌取りにと、彼が好みそうなものを物色しているが、会話の少ない兄弟なので、アランが何が好きなのかピンとこなかったらしい。弱り顔で木工細工を眺めていたので、買い物をすませたオリヴィアは、余計なお世話かもしれないが助言をしてみることにした。
オリヴィアもアランとは仲のいい婚約者だったとは言えないけれど、長い付き合いなのでアランが好むものはそれなりに知っている。
「サイラス様、あっちに装飾用の短剣がありました。アラン殿下のコレクションに一つ贈られてはいかがでしょうか?」
剣術を好むアランは、剣の類を集めるのも好きだった。部屋に鞘や柄の部分が宝石や布などで装飾された長剣や短剣が飾られていたので、きっと喜ぶはずだ。
「なるほどね。確かに兄上の部屋には剣がたくさんあった気がするよ」
さすがにアランのコレクションのように高いものはないけれど、並んでいる短剣はどれも美しく装飾されている。
一つ一つを眺めながら、オリヴィアはふと、どの短剣にも、柄の部分に同じ模様が描かれていることに気が付いた。
気になったら確かめずにはいられない性分のオリヴィアは、にこにこと人好きのする笑顔を浮かべている店主を捕まえた。
「あの、この短剣の柄の部分に描かれている模様は何でしょうか? どれも同じ模様に見えるのですけど……」
あきらかにお嬢様だとわかる高そうな服を着たオリヴィアが短剣について訊ねたのがよほど意外だったのか、店主は一瞬目を丸くしたけれど、すぐに笑顔で教えてくれた。
「それは『選定の剣』のレプリカですからね。と言っても本物は見たことがないので、人伝いに聞いた柄の部分の模様だけしか再現できていないのですけど」
「選定の剣……?」
聞きなれない単語に、オリヴィアは首を傾げた。
「お嬢さんくらいの年齢なら知らなくても当然かもしれませんね。かく言う私も祖父に聞いたことがあるだけなのですけど」
店主はそう言って、選定の剣について説明してくれた。
店主によると、今から七十年ほど前に廃れたこの国の王を選定する儀式に使っていた短剣を、『選定の剣』と呼ぶそうで、それはフィラルーシュ国を建国した初代の王が持っていた短剣を指しているらしい。
柄の模様は、初代国王が騎士だった時に使っていた家紋で、翼を広げた鷹を象ったものだという。
オリヴィアは改めて短剣の柄を見た。鷹と言われるとそう見えるような気もするけれど、随分と簡略化されているので、一見しただけではわからなかった。
(でも、選定の儀式ね……エドワール殿下に訊いたら、何かわかるかしら?)
知らないことを知るのが大好きなオリヴィアは、今で耳にしたことがなかった選定の儀式が気になって仕方がない。
さすがに他国の図書館で好きなだけ読書を楽しめるはずがないから、オリヴィアが自分で調べることは不可能だ。だったらオリヴィアが知る中で一番詳しそうな人に訊くしかない。
オリヴィアの頭がすっかり選定の儀式への興味で染まったころ、サイラスが鞘の部分が赤い石で装飾された短剣を選び、会計を済ませた。
少し離れてついてきていたコリンがそっと近づき、そろそろ遅い時間だから戻るようにと言う。
もう少し見ていたいような気がしたが、コリンを困らせるわけにはいかない。
サイラスとオリヴィアはコリンとともに宿に戻った。
テイラーに寝支度を手伝ってもらって、就寝の挨拶のためにサイラスが使っている部屋へ向かうと、バスローブ姿のサイラスはベッドに上体を起こして本を読んでいた。半乾きの金髪が頬のラインに張り付いていて、それが妙になまめかしく、オリヴィアはドキリとする。
いつも隙がなく整えているサイラスが、こうした隙のある格好をしているのを見たとき、どうしてか最近、ドキドキしてしまうのだ。
「サイラス様、おやすみなさい」
早くなった鼓動に気づかれないように少し早口で言えば、サイラスがちょいちょいとオリヴィアを手招いた。
何だろうと思って近づくと、ベッドから降りたサイラスがすごく自然な動作でオリヴィアを抱き寄せる。
まだ風呂から上がって時間が経っていないのか、服越しに伝わってくるサイラスの体温が高くて、オリヴィアはさらにドキドキしてしまった。
「オリヴィア、おやすみ」
「おやすみなさい、サイラス様……あのぅ」
おやすみ、と挨拶をしたにもかかわらずオリヴィアを抱きしめたサイラスの腕は緩まず、にこにこと楽しそうな笑顔を浮かべている。その笑顔が、まるで悪戯を思いついた子供のそれのように見えるのは何故だろう。
どうして解放してくれないのだろうかと思っていると、サイラスが片手を離して、自分の唇を指した。
「おやすみのキス、ほしいなあ?」
「へ!?」
「ほら、たまに僕からするでしょ? 今日はオリヴィアからしてほしいなあ」
「はい!?」
オリヴィアは目を見開いて固まった。
普段品行方正で紳士の鑑のようなサイラスは、オリヴィアと二人きりの時に、たまにスイッチが入ったように積極的になるときがあるけれど、今日のスイッチはどこにあったのだろうか。全然読めないでいると、サイラスの指が、緩く一つにまとめているオリヴィアのプラチナブロンドのおくれ毛を払う。
「オリヴィアは髪をあげているのもいいね。うなじが綺麗だ」
つーっと首の後ろを指の腹で撫でられて、オリヴィアはビクリと背筋を震わせた。
どうやら今日のスイッチは、オリヴィアのうなじだったらしい。
あわあわしていると、サイラスが意地の悪い笑みを浮かべて「早くしないとテイラーが呼びに来ちゃうかもね」と言った。
こんな格好をテイラーに見られたら大変だ。冷やかされるに決まっているし、何より恥ずかしい。
「オリヴィア?」
「……うぅ」
オリヴィアは覚悟を決めた。
顔を真っ赤にして、一度ぎゅっと目をつむり、つま先立ちになると素早くサイラスの唇に触れるだけのキスをする。
リップ音もしない、一秒もない触れ合いに、サイラスがくすくすと声を上げて笑い出した。
「おやすみなさい、サイラス様!」
サイラスの腕が緩んだ隙に逃げ出すと、オリヴィアは大慌てで内扉から自分の部屋へ逃げ帰る。
ベッドの準備をしていたテイラーが、きょとんとした顔をした。
「お嬢様、顔が真っ赤ですけど、大丈夫ですか?」
大丈夫か大丈夫ではないかと訊かれたら大丈夫ではないが、とてもではないがそんなことは言えない。
オリヴィアが無言でベッドにダイブして枕を抱きしめると、すべてを察したような顔になったテイラーが、ニヤニヤしながら言った。
「いい夢が見られそうですわね、お嬢様」
いい夢どころか恥ずかしくて飛び起きそうな夢を見そうだった。
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