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【書籍化】王太子に婚約破棄されたので、もうバカのふりはやめようと思います  作者: 狭山ひびき
第三話

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選定の儀式 1

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「秋だねえ」


 馬車の窓外に広がる黄金色の田んぼを見ながら、サイラスが笑った。

 フィラルーシュ国の国境を越えてしばらくすると見えてきた田んぼの様子は、なるほど、確かに初秋の風景だった。


 フィラルーシュ国は麦以外に米作も盛んだ。ちょうど王都に抜ける街道沿いに広がる田んぼはもうじき収穫シーズンを迎えるのかすっかり色づいていて、風に揺れている垂れ下がった稲穂が重たそうだった。


 フィラルーシュ国王の生誕祭が秋の半ばにあるため、サイラスとオリヴィアはブリオール国王の名代として参加するためにフィラルーシュ王都ヴィタールへ向かっている途中だった。

 国王の名代なので、ぞろぞろと護衛兵士が付き従っているし、護衛官以外にも文官も連れていかなくてはならない。サイラスの護衛官であるコリンも、補佐官であるリッツバーグも、今回の旅行列に含まれていて、コリンはオリヴィアたちが乗っている馬車の御者台、リッツバーグは後続の馬車に乗っていた。


 フィラルーシュ国王の誕生祭に出席するためとはいえ、当然それだけで終わるはずがないから、二週間ほど滞在して、国王や王太子との会談や視察など、あちらにつけばいろいろな予定が組まれることだろう。


 サイラスは休暇を申請したはずなのに、「休暇」と言いながら今回の仕事を押し付けてきたブリオール国王ジュールにはサイラス同様オリヴィアも思うところはあるけれど、レバノール国のフロレンシア姫の一件で王妃バーバラの追及が怖かったオリヴィアたちはこの話に乗るしかなかった。あのまま城にいたら、しばらくは毎日のように厭味を言われたことだろう。バーバラはどうにもオリヴィアを自分の陣営に組み込みたいようで、あの手この手で囲いにかかってくる。フロレンシア姫の一件でネチネチ責められつつ、何か適当な理由をつけて味方をするように迫られると、逃げるのに一苦労しそうだ。


 正直言って、三人目の子供をどうするかというバーバラ王妃とジュール国王の内輪な争いに、オリヴィアは関わりたくない。ましてやその賭けに次代の王をどうするかと言う面倒な問題がくっついてくるならなおさらだ。


 そんなわけで、バーバラの機嫌が直るまでは距離を置くのが賢明だと、慌ただしく支度を整えて、逃げるように国を出発したのだけれど――どうやらジュールはこうなることが想定済みだったのか、あらかたの出立の準備は整えられていた。

 どこまでも抜け目のない国王だ。口髭をいじりながらニヤニヤしている顔が目に浮かぶようだった。まったく、やれやれである。


「あと四日ほどで王都につきそうですね」


 旅の間は特に目立った問題もなく、天候にも恵まれていたから、予定よりも数日早く王都ヴィタールに到着しそうだ。

 オリヴィアたちは特使扱いなので滞在先は王都にあるフィラルーシュの城になる。フィラルーシュの城は建国当時から同じ場所にあるので、レバノール国を含めたルノア三国の中でもっとも歴史のある城だった。壮麗でとても広く、建設当時の六百七十年前の建築様式で作られた天井の高い城で、窓や柱に至るまで、緻密な細工が施されている。


 当時婚約者だったアランと何度か訪れたことがあるけれど、その時は「おとなしくしていろ」と言われてあちこち見学できなかった。今回はゆっくり見て回ることができるだろうか。


「あ、今日の宿がある街が見えてきたよ」


 サイラスがそう言って、緩いカーブを描く街道の先に見えてきた街を指さした。そこそこ大きな街で、周囲でリンゴの生産が盛んなこともあり、このひとつ前の街でお世話になったこのあたり一帯の領主が言うには美味しいシードルがあるらしい。


 アランとフィラルーシュ国に来たときもそうだったが、宿を取る街に領主の邸があれば自然とそちらで接待される。ここのところ連日誰かに接待されていたので、久しぶりに宿でゆっくりできるのが嬉しかった。

接待されるのには慣れているけれど、気が抜けないからとても疲れるのだ。特にオリヴィアは、前回アランの婚約者として訪れたことがあるので、サイラスとともに訪れたことを不思議がられる。アラン殿下に何かあったのかと訊ねて来る人もいるので、下手な勘繰りをされるよりは話しておいた方がいいだろうと、オリヴィアとアランが婚約を解消したことと、近くサイラスと婚約を結びなおすことになると言えば、今度は好奇の視線を向けられるのだ。


 ブリオール国内ではオリヴィアとサイラスのことは知れ渡っているけれど、国境をまたげば情報は多くなく、訪れる場所場所で説明しなくてはならないのはあまり気分のいいものではなかった。祝福と言うよりは下世話な目を向けられるからだ。すわ略奪愛か、と巷で流行りの恋愛小説に重ねて見てくる人までいる。根掘り葉掘り聞かれても、サイラスは飄々と流すけれど、オリヴィアはそのたびに赤くなったり青くなったりで、心臓が落ち着かない。やはり自分は、恋愛ごとは不向きだ。


 ジュール国王は社交シーズンのはじめに開かれる城のパーティーでアランが王太子の座から退く発表とともにオリヴィアとサイラスのことも周知するつもりらしいので、そうすれば近隣諸国にも情報が行き届くだろうけれど、現段階ではあまり多くのことは語れない。詳しいことを知りたがる人々をやんわりとかわすのはなかなか骨が折れた。


 四階建ての宿に到着すると、オリヴィアはサイラスとともに最上階の部屋へ向かった。

 護衛や文官を含めて大人数での移動なので、宿はできるだけ相部屋を使うことになる。宿の部屋に余裕があっても、この時期では収穫祭などで人の移動が多いから、オリヴィアたちだけが宿を独占することはできない。


 宿の最上階は一番いい部屋で、オリヴィアとサイラスが一緒に使うことになっていた。婚前の男女が同じ部屋というのは外聞がよろしくないだろうが、最上階の部屋は三部屋が続きになっているので、一部屋をオリヴィアの侍女のテイラー、あとの二部屋をオリヴィアとサイラスが使い、眠るときは別々の部屋にしているので、何か言われた時にでも言い訳は立つ。


 続き部屋の数が足りないときは部屋を分けるし、テイラーとはいつも一緒だ。宿に泊まっている間はサイラスに張り付いていることが多い護衛官のコリンも、夜は部屋の外で見張りか、もしくは隣か近い部屋を取って休んでいる。リッツバーグも近くの部屋を使うので、これだけ複数の人の目があれば、婚前の男女が不適切な関係を持っていると勘繰られることはないだろうとオリヴィアが安心していると、テイラーには「頭が固い」と嘆息された。


 ――お嬢様。貞操も大事でしょうが、せっかく二人きりなんですからもっとイチャイチャラブラブすべきですよ。


 テイラーはそう言ったけれど、オリヴィアはそんな苦言はきれいさっぱり無視することにした。


(だって、イチャイチャなんて……そんな、恥ずかしくてできるはずがないじゃない)


 手をつなぐのだって恥ずかしい。抱きしめられたら頭が真っ白になるし、ちゅっと触れるだけのキスだけで全身の血が沸騰しそうになる。テイラーは「おままごとですか!」とツッコミを入れてくるが、今のオリヴィアにはこれ以上「イチャイチャ」することなんて不可能だ。心臓が止まるかもしれない。


 サイラスは赤くなるオリヴィアを見て楽しんでいる節があるので、テイラーが焚きつければ嬉々として乗ってくるだろう。だから余計なことは言わないでほしかった。


「オリヴィア、見て、大きな提灯があるよ」


 宿の窓から下を見下ろしてサイラスが言った。

 荷物をテイラーに任せてサイラスの隣に立って下を見下ろすと、赤や青や黄色や白と言ったカラフルなホオズキのような形をした提灯が街中にたくさんぶら下がっているのが見えた。


「このあたりの収穫祭の準備でしょうか?」

「そうかもしれないね。たくさん並んでいるのを見ると可愛らしいね」


 そう言いながら、実にさりげなくサイラスがオリヴィアの肩を抱く。

 内心で「ひえっ」と驚きながら、おずおずとオリヴィアはサイラスに少し体重を預けた。フィラルーシュの国境を超えたあたりからだろうか、サイラスはスキンシップが増えたように思う。オリヴィアが怯むようなことはしないけれど、油断しているとこうしてぴったりとくっついてくるのだ。


「夕食のあとで街に降りてみる?」

「そう、ですね。少しくらいなら」


 この街の治安はいいようだし、コリンがついて来れば多少出歩いても問題ないだろう。ずっと馬車移動で全身が凝っていたし、少し散歩をするのも悪くない。

 収穫祭がはじまるのは数日後のようだが、はじまる前から街の中は活気づいていて、いろいろな露店が並んでいるから、見て回るのも楽しそうだ。


「じゃあ、夕食は軽めにしておいて、歩き回りながら何か食べようよ。美味しそうなものが並んでいるみたいだし」


 王子が露店で買い食いするのは褒められたことではないだろうが、旅の解放感も手伝って、オリヴィアも反対する気にはならなかった。サイラスの言う通り、美味しそうなものがたくさんあるからだ。米を潰して楕円形にしたものの周りに薄切りにした肉を巻いて串に刺して焼いた「ケグル」というこの地域の郷土料理には、宿に入る前に露店で見つけて興味を引かれていた。ボリュームがありそうなので、サイラスの言う通り夕食は軽めにした方がいいだろう。


 二人で下に見える通りを見ながら、どこを見て回るかと話しているうちに夕食の時間になって、サイラスと二人で食堂に降りる。

 夕食時に出されたシードルは領主が進めるだけあって確かにおいしくて、オリヴィアが家族へのお土産に買って帰ろうとかと考えていると、サイラスがぽつりと言った。


「兄上一人を生贄にしてきたから、ご機嫌取りにシードルでも買って帰ろうかな」


 夏にブリオール国にやってきたフロレンシア姫の一件で、バーバラはひどく機嫌が悪い。サイラスとオリヴィアがフィラルーシュに逃げるように旅立ったので、結果的にアラン一人でバーバラの愚痴や文句を聞かされる羽目になるだろうから、サイラスの言う通りアランの機嫌取りが必要かもしれない。


(一人で王妃様の相手をさせてごめんなさい、アラン王子)


 オリヴィアはそっと心の中で合掌した。


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