プロローグ
三話目開始いたします!
奇数日に更新予定です。
どうぞよろしくお願いいたします!
「奥さん、どう思うかね」
フィラルーシュ国王ウィルソンは、つるりとした顎を撫でながら、隣でティーカップを傾けている王妃リザベッラに視線を向けた。
アイランゼ大陸の北西に位置するフィラルーシュ国は、もうじき社交シーズンがはじまろうとしている時期だ。
ウィルソンの誕生日がちょうど社交シーズンのはじまる時期にあるため、彼が玉座についてからは、国王の生誕祭をもって社交シーズンの幕開けとしていた。
その、ウィルソンの生誕祭が、あと一週間後に迫っている。
生誕祭は、朝から昼にかけて演説やパレードがあり、夜には他国の来賓も交えて盛大なパーティーが開かれる。ゆえに、たかがパーティーと侮ることはできない。他国からわざわざ足を運んできてくれる来賓たちに、フィラルーシュ国の平和と繁栄を見せつける絶好の機会だからだ。逆にここで失敗すれば、今後の国同士のつながりにも差し障ることになる。
だからこそ、生誕祭の準備は、臣下だけではなく、王族も力を合わせて行わなくてはならない。……だというのに。
「どうして我が子らはあんなに仲が悪いんだろうねえ」
生誕祭の打ち合わせで集まった城のサロン。
絵画や壺など、様々な装飾品で飾られた城で一番大きなサロンの中には、王と王妃、それから二人の子である王太子エドワールとその妻エリザベート、そしてエドワールの妹で第一王女のユージーナとその夫のイーノックが顔をそろえていた。
側近たちは部屋から追い出され、内輪だけでの話し合いの席である。
生誕祭の準備はほとんど終わったけれど、最後の調整をするために集まったのだが、集まって三十分も経たないうちにはじまった兄妹喧嘩に、ウィルソンはどうするかなあとため息だ。
エドワールはこの冬で二十九歳になり、ユージーナは夏で二十六歳になった。二人ともいい年をした大人だというのに、何を考えているのやら。
「……まあ、大声で罵り合いをしなくなっただけ、大人になったのかもしれませんわねえ」
リザベッラが頬に手を当てて微苦笑を浮かべている。
「そうは言うが奥さん、子供のころよりも大人になった方が喧嘩の頻度が上がっているよ」
「そうですわねえ。どうしてかしら? 昔は仲が良かったはずですのにね」
笑顔で人を侮蔑するという小難しいことをしてのけるエドワールに、高笑いで相手を挑発するユージーナ。
それを見つめる父と母は、何度目になるかわからないため息だ。
その様子を眺めているエリザベートとイーノックは、この状況にすっかり慣れっこだ。
参戦するでもなく、援護するでもなく、二人が互いを罵るボキャブラリーが尽きるのをただじっと待っている。下手に口を挟むとエスカレートすることがわかっているため、余計な口出しはしないのだ。
「エリザベートとイーノックはどちらもいい子だけど、もっとこう……二人にガツンと言える気概がほしいところだねえ」
「それを言うなら、見て見ぬふりをするあなたもですよ」
「奥さんだって」
「わたくしは一度きちんと話をしましたよ。……無駄でしたけどね」
「本当にねえ、どうしてああなったんだろうねえ」
エドワールもユージーナも、他人の目があるときにはそれなりに取り繕って見せる。けれど、いざ他人の目がなくなると途端に険悪なムードに早変わりするのだ。
「これじゃあ、安心して玉座を渡せないよ。私は六十になる前には隠居するのが目標なんだがねえ……あと二年しかない」
「諦めてもう十年がんばったらいかが?」
「嫌だよ。私は田舎で牧草を育てながらごろごろするのが夢なんだ」
「昔から思っていましたけれど、なぜあなたはそんなに牧草が育てたいのかしら?」
謎だわ、と一瞬遠い目をしたリザベッラが、「でもまあ、確かにこのままでは困りますわね」と王の意見に同意する。
「エリザベートはいい子だけど、身分が身分ですもの。実家のバックアップは期待できないでしょう。エドワールの補佐にはあの子一人では荷が重いわ。ユージーナにも協力してもらわないと」
「そうなんだよねえ」
親の欲目かもしれないが、エドワールは優秀だ。頭の回転も早く、腹黒いのが玉に瑕だが、王なんてものは多少の腹芸ができなくては務まらない。
しかしその優秀なエドワールは、昔から結婚相手は家柄と能力で選ぶと言っていたにも関わらず、妃に男爵令嬢を選んだ。一目惚れだったらしい。ウィルソンもリザベッラも、さすがに男爵令嬢では王妃は務まらないと反対したが、エドワールは周囲を言葉巧みに納得させて、三年もの月日をかけてエリザベートを口説き落とし、結婚にこぎつけた。息子がそれほど情熱的な性格をしていたとは知らなかったウィルソンは驚いたが、ウィルソンもリザベッラも、最終的には息子が幸せならそれでいいだろうという意見で一致した。
王妃の能力が不足していようと、ユージーナがいるのだ。
ユージーナの夫イーノックはウィルソンの姉を母に持つロッドフォード公爵家の人間だ。ロッドフォード公爵家は多くの貴族に顔が利く。昨年、公爵が他界してイーノックが跡目を継いだが、ウィルソンの姉は存命で、今も社交界に多大な影響力を持っている。ロッドフォード公爵夫人として、義母のもとで学んでいるユージーナは、もともとの社交的な性格も幸いして、今では義母とともに大きな派閥の中心だ。
そのユージーナがエリザベートの後ろ盾になり、夫とともにエドワールの補佐に回れば、次期国王の治世は安泰と見ていいだろう。
だというのに、そんなウィルソンの思惑に反して、エドワールとユージーナの二人はなかなかどうして仲が悪い。
「早く何とかしないとねえ」
「何とかと言っても、どうするおつもり?」
隙あらば口論している兄妹の仲を、どうやって取り持つというのだと、王妃は言う。
もういい年の二人相手に、幼い子供にするように叱って言い聞かせることはできないだろう。二人とも、表面上だけ聞いたふりをしてやり過ごすくらいの芸当は朝飯前だ。
王妃の言うことももっともで、現状、打つ手なしの状況だった。
「うーん……ねえ、口ひげを生やしたら、私にも威厳が出るだろうか。そうしたら少しは言うことを聞く気になるかね」
「無理でしょう。ジュール陛下を思い出してごらんなさい。威厳どころか、髭のせいでうさん臭さが増しただけではありませんか」
「確かにねえ」
あはははと、友人でもある、南東に位置する隣国ブリオール国の国王ジュールの顔を思い出して、ウィルソンは笑った。
「あそこはあれだね、国王より王妃が怖いよね」
「バーバラ王妃が聞いたら怒りますわよ」
「いや、でも、二人並べてどちらの言うことを聞くかと問われたら、私はバーバラ王妃の言うことを聞くね。睨まれたらなんかこう……塩をかけられたナメクジのような気持になるもんね。うちの奥さんが優しい女性で本当によかったよ。私はあんな怖そうな女性を奥さんにはできないね」
「まったくもう……いつでも暢気なんですから」
やれやれ、とリザベッラが嘆息する。
しかしウィルソンが言う通り、ブリオール国は王妃が強い。バーバラだけではなく、代々そうだ。リザベッラは、ブリオール国ほど王妃の能力を重要視している国を知らないし、また、代々目を見張るほど能力の高い女性を見つけてくる手腕もさすがだと思えた。
「わたくしはお茶会でおしゃべりするくらいであまり知りませんけど、エドワールによると、オリヴィア様も優秀な方なのでしょう?」
「ああ、そうだね。アラン王子と並んでいると、いろいろ無理していてチグハグな感じがしたけれど、婚約者が変わるんだろう? じゃあ、次の王になるのはサイラス殿下かな」
「娶る相手が誰かで玉座を得るものが変わるかと言うのも不思議な話ですわね」
「あそこはそう言う国だよ。アラン王子は、オリヴィア以上の女性を見つけてこない限り勝ち目はない。私が知る限りの話だけど、あの国の中ではオリヴィア以上の女性はいないだろうね」
「……だから、誕生祭にサイラス殿下を指定したのね」
「そういうこと。エドワールも、サイラス殿下とは今のうちから仲良くしておいた方がいい」
生誕祭の招待状をブリオール国に送りつけてた時に、ウィルソンはこっそり、「今年はサイラス殿下がいいなあ」と書き添えた。ウィルソンの生誕祭がある時期は、ジュール国王は忙しい時期なので、ここ数年は誰かを代理に立てることが多かったことを知っていたウィルソンは、そう書き添えればサイラスが来るのはわかっていた。サイラスが来ればオリヴィアもついてくる。南のカルツォル国の動きがきな臭い現在、レバノール国を含めたルノア三国の結束は固い方がいい。玉座につく前から、エドワールには次代の王と王妃と親交を深めてほしかった。
「ああ、すっかり話がそれたけど、あの二人をどうするかだよねえ」
口髭で威厳はでなさそうだという結論に至ったのでさっさと諦めて、ウィルソンはうーんと首を傾げた。
「ここはあれかなあ、少し荒療治が必要かな」
「荒療治ですの? ……あんまりいい予感は致しませんけど、何をなさるおつもり?」
不安そうなリザベッラに、ウィルソンはにっこりと微笑んだ。
「うーん、……いいこと、かな?」
お読みいただきありがとうございます!
本作、書籍の2巻目が7月1日発売予定です。
コミカライズも連載中でございます。こちらもよろしくお願いいたします。
また、【魔王伯爵と呪われた宝石~お願いですから、豹変して抱きついてくるのはやめてください~】が本日完結しました!
よろしかったら読んでくださいませ(*^^*)
https://book1.adouzi.eu.org/n8523hp/
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