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他国の姫が自国で行方不明になったとなれば、さすがに急ぎ国王へ報告する必要がある。
代表してアランが国王へ手紙を書いている間、オリヴィアはテーブルの上にこのあたりの地図を広げて、ペンで丸を付けていっていた。
サイラスはコリンたちとともに、周辺を捜索している。
現時点で上がっている報告では、同じ特徴を持った男が、アームワールを買って、宝石商へ宝石類を大量に持ち込んだということまではわかっていた。そしてその特徴はレギオンと一致する。
オリヴィアはいくつかの箇所に丸をつけた地図を持って立ち上がった。
「お嬢様、どちらに行かれるんですか?」
オリヴィアは笑った。
「ちょっと……、ね」
「このあたりの家を売買している不動産屋ですか?」
オリヴィアは部屋を出ると、ちょうど近くを歩いていたホテルのスタッフを捕まえた。
「それなら町はずれのガスパーナという男のところが一番手広くやっていると思いますが……、こんな農村地の家を買ってどうされるのです? どこも畑以外何もないところですよ」
スタッフは怪訝そうだったが、オリヴィアはそれには答えず、一言礼を言って階下へ降りた。
近くの不動産屋を調べさせたところ、レギオンと同じ特徴を持つ男が出入りした痕跡はなかった。だが、オリヴィアの推測通りなら、レギオンはどこかしらの不動産屋に出入りしているはずなのである。
(姫が体調不良を訴えたわずか二日程度の間に準備したとなるとあまり遠くではないはず。なによりカルツォル国へ逃げるつもりならこのあたりから離れるはずはないし、……侍女たちを気絶させてわたくしたちが気付くまでに逃げられる範囲なら、このあたりが精一杯)
おそらくフロレンシア姫の体調不良は時間を稼ぐための仮病だろう。そしてーー
(ティアナも多分……)
利用されたと考えるとすんなり腑に落ちる。
ティアナは男にそそのかされたと語った。白薔薇宮の地下道がカルツォル国へ続いていると教えられたのに嘘だったと憤慨しながら、ある男からここから逃がしてやると言われたと語ったそうだ。カルツォル国に逃げたあとの生活も保障すると言ったという。どうしてそんな怪しげな誘いを信じるのだろうかと思ったが、ティアナなら信じるかもしれない。自分に都合のいいことについては、ティアナはあまり疑わないからだ。
その男がレギオンだとすれば、ティアナを使ってオリヴィアたちを宿から引き離したと考えられる。オリヴィアたちがいない間に、逃げる準備を整えるために。
(フロレンシア姫の好きな人って、やっぱりそうよね?)
以前から気になってはいたのだ。二人の間にある信頼関係は、単なる主従のそれとは違う気がしていた。フロレンシア姫はレギオンに依存しすぎている気があったし、レギオンが姫を見つめる視線も、今思えば普通とは違っていた。
二人が本当に駆け落ち目的で姿をくらましたのであれば、そっとしておいてあげたほうが二人のためになるかもしれない。だが、そうなるとブリオール国とレバノール国との間に亀裂が入る。一国の姫ならばその重要性もわかっていたはずだ。わかっていながら自分の都合を優先させた二人を、ブリオール国が泥をかぶってまで見過ごしてあげる義理はない。
(逃げるなら自分の国でやってくれればよかったのに。まあ、無理だからこの機会を狙ったんでしょうけど……)
申し訳ないけれど、オリヴィアはこの国の宰相の娘として、そしてサイラスの婚約内定者として、自国が不利になるのを黙って見ているわけにはいかないのだ。
ガスパーナが営んでいるという不動産屋は町はずれにあって遠いため、オリヴィアは護衛官に馬車を用意してもらうように頼んだ。
宿の玄関で馬車を待っていると、町の中を捜索していたサイラスが戻ってくるのが見えた。
「オリヴィア、どこに行くの?」
「町はずれの不動産屋です。そちらはなにかわかりましたか?」
「収穫はあったかな。不動産屋に行くなら僕も行くよ。馬車の中で話そう」
オリヴィアは頷いて、サイラスとともに馬車に乗り込んだ。
サイラスによると、辻馬車業を営んでいる四十ほどの男が、レギオンに似た男に馬車を譲ってほしいと言われたそうだ。辻馬車業の男も、馬車がなくなれば当然仕事にならないので最初は断ったらしいが、新しい馬車と馬を買っても有り余るほどの大金を積まれて考えを改めたらしい。今使っている馬車は古く、馬も年を取っていたので、どこかで新しくしようと思っていたので、レギオンに似た男に馬車を売ったそうだ。
「馬車……そうですか。そこまでは考えていなかったです。てっきり辻馬車でも捕まえて移動したと思っていましたが……」
そうなると、想定以上に遠くに逃げている可能性もあるだろうか。――いや、辻馬車は二頭立ての小さな馬車で、長距離の移動を想定して作られていない。途中で宿を取りながら長距離を移動しようとすれば人目につく機会も増えるだろう。やはり、それほど遠くヘは移動していないはずだ。
「しかし、こんなにあっさり手掛かりにたどり着くとは思わなかったな。レギオンはどうして顔を隠して行動しなかったんだろう」
「気づかれると思っていなかったこともあるのでしょうが、顔を隠して動けばかえって不審がられるからではないでしょうか? 堂々としていれば、相手にした店主たちも怪訝に思うことはないでしょうから、こちらから調べない限り情報としてあがってこなかったでしょうし」
「なるほど、そういうものか」
「さすがにフロレンシア姫がドレスを着て歩き回れば不審がられたでしょうが、レギオンなら服さえ着替えればそれほど違和感は持たれなかったと思いますよ」
「へえ」
「あ、さすがに殿下は目立ちますから、そんなことをしても無駄ですよ」
「僕は逃亡なんて計画してないけど、でも、どうして?」
「所作です。王子だと気づかれなくても、身分が高い方だとはすぐに気がつきます。レギオンも貴族のようですが、さすがにずっと護衛の任務についていただけあって、周囲の雰囲気にあわせる術はお持ちでしょう? 殿下のコリン護衛官もそうですし」
「ああ、確かにね」
サイラスはポンと手を打った。
護衛官は何も、護衛対象の隣で堂々と護衛をするだけが任務ではない。時には少し距離を置き、周囲に気がつかれないように護衛任務にあたることもある。そのため、周囲の雰囲気に溶け込む技術も必要になるのだ。
話している間に馬車はガスパーナの不動産屋の前に到着した。
ガスパーナの不動産屋はそれほど大きくなかったが、オリヴィアたちが店の中に入ると同時に奥から現れた男は、派手な身なりをした儲けにがめつそうな男だった。小さな店の店主には不似合いなほどに、派手な宝石を身に着けていて、探るような目をこちらへ向けてくる。そして途端ににこやかな笑顔を浮かべると、もみ手すり手で近寄ってきた。
「これはこれは、ようこそおいでくださいました。本日はどのようなご用件で?」
店主の愛想がいいのは、オリヴィアとサイラスの格好を見たからだろう。旅の最中なので二人とも幾分か簡素な服を着ているが、見る人間が見ればその生地が高価なものというのはすぐにわかる。店主からすれば、いいカモが来たというところだろう。
オリヴィアはこの店に長居をする気はなかったので、さくっと本題に入ることにした。商談テーブルの上に持参した地図を広げる。
「ここ数日の間に、この丸をつけたあたりにある家を現金一括で購入した男性がいませんでしたか?」
オリヴィアが訊ねれると、店主は一転して不審顔になった。
「なぜそのようなことをお訊ねになるんです? こちとら商売なんでね、お客さんの情報をべらべら喋るわけにはいかんのですよ」
(ということは、当たりみたいね)
ガスパーナの答えを聞いて、オリヴィアは少なくとも、最近、オリヴィアが丸をつけた地域の家を購入した男がいたというのは間違いないと判断した。知らなければ一言「知らない」と言えばいいだけの話だからだ。わざわざ釘を刺したということは、心当たりがあるということである。
だが、この様子だと簡単には教えてくれそうにない。どうやって聞き出そうかとオリヴィアが考え込んでいると、サイラスが懐に手を入れて、テーブルの上に金貨を一枚おいた。
「僕たちはとても急いでいるんだ」
金貨の効果はてきめんだった。
客の情報は売れないだのなんだの言っていたガスパーナは、あっさり手のひらを返すと、金貨を受け取って機嫌よさそうに口を開いた。
「ええ、ええ、いらっしゃいましたよ。エッピカーーここですがね、空き家を一件買っていかれました。金払いのいい方でねえ、このあたりは年寄りが増えて空き家が多くなったせいで、土地価格が下がりっぱなしで商売あがったりで困ったもんなんですが、売値の倍の金額もくださってねえ、いやはや、あんな田舎の古い家の何がいいのかは知りませんがね、ありゃあいいお客さんだった」
「倍の金額を支払ったということは、何か条件でもつけられたんですか?」
「ええ、まあねえ。すぐに移り住みたいから古くてもいいから家財道具一式をつけてほしいとかなんとか言われましたがねえ、古くていいならこの前買い取った家の中にあったものがあったんで、それをそのまま運ばせてもらいましたよ。いやはや、ただ同然の家具で売値が二倍ですからねえ、いい商売をさせてもらった」
オリヴィアとサイラスは顔を見合わせ、互いに頷きあうと店主に礼を言って店を出た。
「急いでアラン殿下に知らせましょう」
こちらが嗅ぎまわっていることがレギオンたちに知られれば、逃げられるかもしれない。
オリヴィアとサイラスはアランに相談するため、急いで宿に戻った。











