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「フロレンシア姫の部屋で炊かれていた香は、アームワールで間違いなかった」
翌朝。
ルームサービスで頼んだ朝食をサイラスの部屋で取りながら、アランがフロレンシア姫の部屋に残された香壺の中身の鑑定結果を教えてくれた。
ザックフィル伯爵領の軍も導入して、昨夜からフロレンシア姫の行方を捜してはいるものの、依然として手掛かりはつかめていない。
(アームワール、ラ・ポートの押し花、消えたアクセサリー類、そして荒らされた痕跡のない部屋……)
何かが気になる。
アランが調べさせたところ、アームワールを扱っている店は、この町には一つしかなかったらしい。それも、路地裏にある怪しげな店だ。さすがに王子であるアランやサイラス、公爵令嬢でサイラスとの婚約が内定しているオリヴィアが向かうわけにもいかず、遣いを出して、最近アームワールを購入していった人物の確認をさせているらしい。
「サイラス殿下、殿下は薔薇の品種にお詳しいですよね?」
「薔薇? まあ、それなりには知っているけど……、急にどうしたの?」
「いえ、一つ気になることがありまして……。ラ・ポートなんですが、わたくしはレバノールのライトベル・ポート伯爵夫人が改良した薔薇だということくらいしか知らないので、ほかに何かご存じであれば教えて頂きたいんですが」
「ラ・ポート? そう……だね、僕が知っていることと言えば、この花の別名が『恋の花』ということくらいかな? 花言葉が、一途な愛、永遠にこの人だけ、思いを貫く――って言うように、恋に関するものばかりなんだ。ポート伯爵夫人はずいぶんと情熱的な人で、夫である伯爵とは身分を超えた大恋愛だったそうでね。そこから来ていると言われているけど……」
「恋の花……、ですか」
その恋の花であるラ・ポートの押し花を大切にしていたというフロレンシア姫。お茶会でもラ・ポートが好きだと言っていたし、そう言えばフロレンシア姫が見ていた中庭の薔薇園にもラ・ポートは咲いている。
(恋の花……、一途な愛、永遠にこの人だけ、思いを貫く……身分違いの、恋?)
オリヴィアはゆるゆると目を見開いた。
もしかして、フロレンシア姫は誰かに恋をしていたのだろうか。そう考えるとしっくりくる。そしてーー
「サイラス殿下、アラン殿下、追加で調べて頂きたいことがあるんですが、よろしいでしょうか?」
「調べてほしいこと?」
「はい。あくまでわたくしの推測ですが……、もしかしたら姫は、ご自分の意志で姿を消したのかもしれません」
「町や周辺の町の宿の帳簿、不動産の売買、鉄道の乗船客の名簿、服を売っている店に来た客の特徴、そして宝石商に宝石を売りに来た人間の特徴?」
フロレンシア姫が自分の意志でいなくなったかもしれないと聞いてアランもサイラスも驚いていたが、そのあとでオリヴィアが言った「調べてほしいこと」を聞くと、怪訝そうに首を傾げた。
「はい。わたくしの予想ですが、フロレンシア姫と姫の護衛官であるレギオンは一緒に行動していると思います。可能性としては半々ですが……、姫の思い人がレギオン本人、もしくはレギオンが姫に思い人がいることを知っていて協力していると考えられます」
「は?」
「ちょ、ちょっと待ってオリヴィア……、順を追って説明してほしい。姫の思い人ってどういうこと?」
アランとサイラスがそろって困惑する。
オリヴィアは頷いて、フロレンシア姫がラ・ポートのしおりを大切にしていたこと、部屋には荒らされた痕跡はないのにアクセサリー類がなくなっていること、けれどもレバノール金貨やほかの金目のものはそのまま残されていたこと。アールワームが使われたときに姫とレギオンがバルコニーにいたことを上げながら説明した。
「最初におかしいなと思ったのは、部屋の中があまりにきれいだったことです。荒らされていないという点もそうですが、何より、体調が悪くて寝込んでいたという割にフロレンシア姫が使っていたベッドがきれいだったんです。テイラーが言うには、昨日の午後、姫の侍女たちは姫から気晴らしに出かけてくるように言われて、姫の侍女たちと買い物に出かけたそうです。護衛官たちは全員男性なので、姫が休むと言えば部屋の中には入れません。眠っていた痕跡がないのに体調が悪いと言って部屋にこもっていた姫は何をしていたのか……、ベッドがあるのに、まさかソファに横になっていたわけでもないでしょう。考えれば考えるほど不思議だとは思いませんか?」
「……言われてみたらそうかもしれないが、それほど気になるか? 寝飽きて起きていたのかもしれないじゃないか」
「そうならば、話し相手として侍女を部屋に置いておくと思いませんか? 少なくともわたくしなら、テイラーにお願いしてそばにいてもらいます」
「そういうものか?」
アランはよくわからないと首を傾げるが、考えて見てほしい。体調がいいときならいざ知らず、体調不良の時だ。熱が出て汗をかいたら着替えたいし、喉が渇いたら飲み物も欲しい。しんどい体で自分の身の回りのことをするのはつらいだろう。ましてや相手は王女である。生まれてこの方、自分の身の回りの世話を自分でしたことなどないはずだ。
「そして次に不思議に思ったのは、姫がアームワールが炊かれたとき、レギオンとともにバルコニーにいたことです。姫は侍女に香を炊くように頼んで、わざわざバルコニーに出ました。香を炊くならバルコニーから戻ったあとでもいいですし、もっと言えば、これから香りを楽しもうというときにバルコニーに出るでしょうか? その点から考えて、姫が香壺の中身とその効果を知っていたと考える方が自然なように思えます」
「つまり、侍女や護衛官が気を失ったのは、姫が仕組んだことだった、と?」
「はい。でもそうなると、今度はどうしてフロレンシア姫がそのような行動にとったのかというのが不思議になります。だからわからなかったんです。でも、先ほどのラ・ポートの件で納得しました。アラン殿下もそうですが、フロレンシア姫はもともとアラン殿下との婚姻には乗り気ではなかった。姫には、ほかに思う方がいたのではないですか? だから……」
「すべてを捨てて逃げた、と。無謀すぎやしないか? 世間知らずの姫がどうやって一人で生きていけるというんだ。それに、姫が消えれば捜索の手も伸びる」
「そうかもしれません。でも、一人でなかったら? レギオンが手助けして、誰も追いかけてこられないところへ逃げるつもりだとすれば?」
「……カルツォル国か」
「ええ。だから姫は、視察場所をここに選んだのではないでしょうか? カルツォル国との国境にあるここから、人の目をかいくぐって逃げるために」
サイラスが瞠目した。
「つまり。はじめから計画されていたってこと?」
「可能性は高いです。だって、姫はわざわざアクセサリー類を大量に持ってきたというんです。侍女が言うには、アラン殿下の前で着飾る必要があるからとのことでしたが、思い出してみてください。フロレンシア姫がいままで派手なアクセサリーで着飾っていたことはありましたか?」
「……ないな」
「そうでしょう? それなのに高価なアクセサリーをたくさん持ち込んだのは、それを売って換金し、逃亡資金に充てるためだと考えられませんか?」
アランは頷いた。
「お前の言いたいことはわかった。なかなか的を得ているとも思う。だが、不動産の売買について調べさせるのはどうしてだ? カルツォル国に逃げるつもりなら、直ちに国境を封鎖してしまえばそれでいいだろう」
オリヴィアは小さく笑った。
「それは……、わたくしならどうするかしら、と考えた結果です」
アランとサイラスは顔を見合わせて、首をひねった。
「はあ?」











