20
アランはオリヴィアの手元を見やって、ゆっくりと目を閉じた。
この部屋に入ってきてから今まで、オリヴィアの手はサイラスのそれと、指を絡めるようにしっかりとつながれている。
(……私は、馬鹿だった)
何もかもが、遅すぎた。
胸に広がるのはどうしようもない痛みと――、そしてあきらめ。
今まで何でも思い通りにしてきたアランが、はじめて感じた、あきらめだ。
☆
大臣たちが部屋から出ていくと、国王の視線がまずアラン王太子に向いた。
アランは顔を上げ、静かに国王を見返した後で、どこか疲れたように微笑んだ。
「正式な手順は後から取りますが、先にお伝えしておきます。私はこの度の全責任を取って王位継承権を放棄いたします。オリヴィアとの婚約破棄からレモーネ伯爵令嬢との婚約を決めた私の落ち度です。危うく王家にふさわしくない血を取り込むところでした。陛下、ならびに妃殿下、申し訳ございませんでした。そしてオリヴィア――いや、アトワール公爵令嬢、サイラス、迷惑をかけてすまなかった」
オリヴィアは目を丸くした。あのアランが謝った。いつも自分がすべて正しいと思っているような男だったアランが、だ。
国王はふむ、と小さく頷いて王妃をみやった。
王妃は嫣然と微笑んだまま、夫の視線を受け止めた。
「わたくしは王位継承権の放棄は認めないわ」
「母上――」
「今回のあなたは巻き込まれただけよ。あなたが非を詫びる必要はない。覚えておきなさい、上に立つものはそう簡単に頭を下げたらいけないの」
王妃は微笑んだまま、ちらりとサイラスとオリヴィアを見た。正確にはつながれた二人の手を。
「サイラスは王位には興味がないのでしょう。アランが王位継承権を放棄してしまうと、次の国王は誰になるのかしら。陛下の従弟の子供でも持ち出してくるつもり?」
「それは……」
「バーバラ、その件だが、サイラスは王になってもいいと――」
王に名前で呼ばれた王妃は、頬に手を当てて首を傾げる。
「あら、そうなの。どうして?」
訊ねられたサイラスが身を固くしたのがわかった。オリヴィアの手をぎゅっと握り締めて王妃を見返す。
「あなた、どうして王になる決心がついたの? どうして王になりたいの?」
王妃に重ねて訊ねられて、サイラスは一度口を開きかけたが、何も言わずに一文字に引き結ぶ。
王妃は嘆息した。
「あなた、別に王になりたいわけじゃないんでしょう? そこのオリヴィアが欲しくて陛下に上手く乗せられただけだわ。ひどいことをするのね、陛下」
王妃は国王に向けて批難するような一瞥を投げて、視線をサイラスに戻す。
「わたくしは別に、意地悪で言っているわけでも、もちろんあなたが嫌いなわけでもないのよ。それだけは勘違いしないで頂戴。ただ、あなたは昔から王位には興味がなくて、アランにはあった、それだけよ。向き不向きで言えば、もしかしたらあなたのほうが向いているかもしれないわ。でもわたくしはね、息子の意志を無視してまで玉座に縛り付けることはしたくないの。資質なんて努力で補える、足りなければ支えることができる人物をそばにおけばいい。だからわたくしはアランを王にしたいの。アランには足りないものがあるけれども、王になりたいという意思は本当だもの」
サイラスもアランも、息を呑んで王妃を見つめた。
王妃がアランを王にと望んでいたのは、そういう背景があったのかとオリヴィアはどこか納得した。たりなければ誰かが補えばいいという王妃の意見には賛成だ。完璧な人間などどこにもいない。
「もちろん、アランが責任を取りたいと言うのであればそれまでは止めないわ。でも、王位継承権の放棄はやめておきなさい。一度王太子の身分を返上するくらいにとどめておきなさい」
王妃はそれだけ言うと椅子から立ち上がった。言うだけ言って出ていこうとした彼女は、途中で思い出したように振り返る。
「それからサイラス。あなた、自分の母親を鬼か何かだと思っているのかしら? 別にわたくしはオリヴィアとあなたの邪魔はしないわよ。オリヴィアがあなたを選ぶならそれでもいいでしょう。だから、わたくしがオリヴィアに会おうとするのを、あの手この手で邪魔をするのはやめて頂戴。オリヴィアがあなたとアランのどちらを選んでも、わたくしの義娘になるのよ」
「……すみません」
サイラスがバツの悪そうな表情を浮かべて、ついと母親から視線をそらす。
王妃は扉に手をかけて、笑った。
「ということですから陛下。しばらく賭けは続行ですわ」
王妃に言いたいことを言いたいだけ言われた国王は、どこか子供のような拗ねた顔をして「むぅ」と唸った。
ようやく王妃様の出番です!長かった…。この人が何を考えているのか、出したくて出したくて。ここまで我慢するのが大変でした(^_^ゞ
さて、サイラスは王になってもいいと考えたのは、全てはオリヴィアがほしいからです。玉座には興味はありません。一人の女の子がほしいから仕方なく王様になるというのは、国王としてはどうなんだ…と。どんな犠牲を払っても君が好きだと言われるのは女性としてはトキめくかもしれませんが、そんな人に国を治められたら国民としては戸惑います。サイラス君はそのあたりはしっかり向き合って、彼なりの王としての自覚を持っていただかなくてはいけません。
と、いうことで、一度フラットに戻して、王太子の身分を失ったアランと改めて競いあってもらいましょう。アランはかなり部が悪いですが、それは彼の責任ですから、これから頑張るしかないです。
オリヴィアをエサにして好き勝手した王様も、奥さんにやんわり怒られて、ちょっとは反省するべきですね。…反省するんだろうか。











