12
パーティー以来、アランとティアナは頻繁に会うようになった。
アランが抱えるオリヴィアへの不満に同情するふりをしながら、さりげなくティアナがいかに優秀であるかということを伝えていくうちに、アランはすっかりティアナに関心を示したようだ。
父であるレモーネ伯爵にも協力してもらい、アランにティアナを売り込み続けると、とうとうアランの口からこの一言を引き出すことに成功した。
――君が婚約者だったらよかったのに。
あとはもう、簡単だった。
もともとアランはオリヴィアにいい感情を抱いていない。というか、彼女自身にさほど興味をもっていなかったのだ。ティアナが割り込むのはたやすく、また、彼自身も「愚かなオリヴィア」よりも「賢いティアナ」の方が次期王妃にふさわしいと感じたらしい。
あとはティアナが作り上げたオリヴィアの罪状を父に読ませて、オリヴィアはあっけなく王太子の婚約者から転がり落ちた。
ここまではすべて計画通りだったのに――、そのあとにこんな苦労が待っているなんて聞いていない。
(どうしてわたくしが王妃教育なんて。受ける必要もないくらいに優秀なのに!)
きっとあのいけ好かないワットールとかいう教育官の意地悪に違いない。王妃教育の担当官としてやってきた彼は、意味不明な質問をしてティアナを困らせたあげくに、嫌がらせのために教育係を増やしたのだ。ティアナには不要なのに。
ずんずんと中庭を歩いていたティアナは、ふと前方ににっくきオリヴィアの姿を見つけて立ち止まった。
どうやら彼女はまた遊んでいるらしい。いつもの図書館だろう。お気楽な身分で結構なことだ。
(王太子殿下の仕事はきっと、誰かに押し付けたのね。公爵令嬢だからって、好き勝手なことばかり! 見てなさいよ!)
ティアナが今苦労させられているのは全部、前の婚約者であったオリヴィアが「不出来」だったからだ。ティアナはそのしわ寄せを受けているに違いない。王太子の婚約者でなくなったというのに、まだティアナの邪魔をするのだ。
(だいたい王妃様だって、どうしてオリヴィア様をお茶会に誘うのよ! わたくしだってまだ誘われていないのに!)
王妃は婚約破棄されたオリヴィアのことを不憫に思っているのだ。だから目をかけているのである。……許せない。
(サイラス様だってそうよ! あんな女のどこがいいのよ!)
確かに、見た目は「ちょっと」美人かもしれない。でも頭の中はからっぽなのだ。王太子や王子の妃にふさわしいとは思えない。
ティアナの目の前で、オリヴィアは図書館へと入っていく。少しして彼女の後を追うようにサイラスがやって来て、彼もまた図書館の中へ消えた。
ティアナが図書館の窓に寄って中を伺えば、二人は同じ机で、仲良く本を読んでいる。
ティアナはぎりっと奥歯をかみしめ、そして唐突に笑った。
「いいこと思いついちゃった」
あと二週間もすれば、隣国のエドワール王太子がやってくる。アランによると、エドワール王太子の歓迎パーティーには、オリヴィアも出席するようだ。そのパーティーで、大衆の面前でオリヴィアに恥をかかせれば、サイラスだって彼女に幻滅するに決まっている。オリヴィアは笑いものだ。
(うふふ、わたくしって天才!)
オリヴィアの「せい」でティアナは苦労させられているのである。このくらいの意趣返しは許されるはずだ。それに、オリヴィアがいかに愚か者かということが改めて周知されれば、ティアナの秀才さはより際立って見えるはず。王妃教育が不要であると、みなもわかるだろう。
ティアナは先ほどまでとは打って変わって、鼻歌まじりの軽い足取りで、来た道を戻って行った。
☆
隣国のエドワール王太子は軽いウェーブのかかった蜂蜜色の髪をした、一見するとなかなか穏やかそうな青年である。
しかしその実、なかなか抜け目のない性格で、笑顔で話しながらも人の退路を塞ぐような人物だ。オリヴィアは心の中でひそかに彼のことを「蛇」と呼んでいた。
エドワール王太子は一、二年に一度くらいの頻度でブリオール国を訪なうため、オリヴィアも当然面識がある。
もっとも、オリヴィアはアランの隣でひっそりと息を殺しながら目立たないようにしていたために、エドワール王太子と多くの会話をしたことはない。だが、良くも悪くも人の裏を読むことができない王太子アランである。まるで知らないうちにじわじわと、巻き付いた蛇によって絞殺されていくかのように、エドワール王太子の話術に乗せられる。うっかりブリオール国にとって不利益な約束をさせられそうになったことも一度や二度ではなく、オリヴィアはその都度冷や汗をかきながらも、さりげなくアランの救出に回っていた。
(……今日のパーティー、大丈夫なのかしら?)
オリヴィアはもうアランの婚約者ではない。ふざけた理由で婚約破棄を突きつけてきた元婚約者だ。頼まれたって助けてやるつもりはないが、うっかりエドワール王太子に乗せられて、国の領土の三分の一を明け渡す羽目になったなどと言うことにならなければいいが。
「眉間にしわが寄ってるけど、何か心配事?」
馬車の対面座席に座っているサイラスが小さく首を傾げる。
オリヴィアは、公爵家に迎えに来たサイラスとともに城へ向かっている途中だった。
サイラスは本日、黒の上下に、薄いグレーのシャツ。青いタイをつけていた。胸元の赤い薔薇が彼の白い肌をひと際引き立たせている。
一方オリヴィアは彼のタイの色に合わせて、青いドレス姿である。プラチナブロンドの髪はサイドを編み込んで一つにまとめ、彼と同じ赤い薔薇を差している。互いに色を合わせることで、誰の目にも、今日のサイラスのパートナーがオリヴィアであると周知できる手はずだ。好奇心に駆られた人たちが不用意な一言でオリヴィアを傷つけることを恐れたサイラスの発案である。
オリヴィアはサイラスに指摘されると、ハッとして首を横に振った。
「何でもありません」
「そう? だったらいいけど。今日のパーティーは『いつもみたいに』気を張っていないで、肩の力を抜いて楽しんでほしいな」
いつもみたいに。サイラスのこの言葉にオリヴィアは軽く瞠目する。まるでサイラスは、オリヴィアがいつもアランの動向に目を光らせていたことを知っているかのような言い方だ。
(……まさかね)
オリヴィアが陰でアランをサポートしていたことは、誰も知るはずのないことだ。
「でも、殿下こそいいんですか? わたしを連れて歩いたら、もしかしたら嫌な思いをすることになるかも――」
貴族たちの大半のオリヴィアの評価は「愚者」で「不真面目」。王妃教育を拒否して、身分に胡坐をかいて遊んでいて王太子に捨てられた女だ。オリヴィアと一緒にいると、サイラスまで奇異の目で見られるかもしれない。
サイラスはおかしそうに笑った。
「いずれ君のすばらしさはみんなが知ることになるとは思うけどね! でも、逆に今の状況はありがたいかな? 君に変な虫がつかなくてすむからね」
そして彼は、そっとオリヴィアの細い手を取ると、その甲に触れるか触れないかという羽のように軽いキスを落とした。
「だから君は今日、できれば僕だけを見ていてほしいな」
サイラスはどこまでを本気で言っているのだろう。オリヴィアは彼にからかわれているような気がしないでもなかったが、妙に胸の当たりがドキドキしてしまって、赤くなった顔を隠すようにうつむいた。
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