違和感 1
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「殿下。殿下の読み通り、動いたみたいですよ」
チェス盤を睨んでいたサイラスは、コリンの声に顔を上げた。
久しぶりに棚から出したチェス盤の上には、母バーバラがオリヴィアに宛てた手紙の通りに駒が配置されている。
サイラスは駒を数手進めて、立ち上がった。
「行こうか」
「……相手のキング、討ち取らないんですか?」
コリンがちらりとチェス盤の上に視線を落として訊ねる。
サイラスは白のキングと、それを狙える位置に動かすことが可能な黒のナイトを見て、薄く笑った。
「この方法でキングを取れなくはないけど、この勝負は僕が取ったんじゃ意味がない。僕はただ、いらない駒を排除して、オリヴィアがキングを狙えるようにサポートするだけだよ。それに、今回はただキングを落とせばいいってものでもないだろう? 今回は全部の駒を取る。そうしなければ火種を残すことになるからね。そして、それをするのは僕ではなく、オリヴィアだ。だから僕はチェックメイトしない。――でも」
サイラスは無造作に黒のナイトに手を伸ばすと、白のナイトをコツンと叩いて転倒させた。
「ルールを無視して僕の可愛いキングを狙った小賢しいナイトは僕が討ち取る。これだけは、譲らない」
☆
コールリッジ公爵邸は、アトワール公爵邸から馬車で五分ほどの距離にある。
約束の時間丁度に馬車を降りたオリヴィアを出迎えたのは、当主であるコールリッジ公爵ルイスだった。武術をたしなむルイスは短めの金髪の体格のいい男性で、背も高いので遠目からでもよくわかる。どうやらわざわざオリヴィアの到着を待っていてくれたらしい。
だが、ルイスがここにいると言うことは、彼はアベラルドを放置しているということでもある。アベラルドはルイスに用があったのに、いいのだろうか。
時間を取ってくれたことについて礼を言いつつ心配そうな表情を浮かべると、それに気づいたルイスが苦笑した。
「アベラルド殿下なら、アラン殿下とのチェスの勝負に夢中になっているよ」
「もしかして、お待たせしてしまいましたか?」
オリヴィアが来るのが遅くて二人は退屈してしまったのだろうかと不安になったが、ルイスは赤茶色の瞳を穏やかに細めて首を横に振った。
「違うよ。簡単に言うと、ガラス製品の輸出についてもめているんだ」
「チェスで?」
「そう」
ルイスがおかしそうにくすくすと笑った。
「アベラルド殿下は我がコールリッジ家のガラス製品を融通してほしいと仰せでね。でもアラン殿下が条件を突き付けて、どちらが折れるかチェスで勝負ってことになったんだ」
「チェスで決めていいものなんですか?」
「国同士の貿易問題じゃないからね。アベラルド殿下が個人的に入手するルートがほしいみたいなんだよね。妃殿下がほしがっているからって。私は一向にかまわないんだけど……アラン殿下がねえ」
「……アラン殿下はどんな条件を出したんですか?」
「これから来るオリヴィアの要求を全部飲め、だって」
(殿下⁉)
しまった。アランが暴走した。
オリヴィアのことを考えての要求だろうが、さすがにそれは無茶すぎる。アベラルドの気分を害していないといいけれど。
オリヴィアが思わず目を見開いて固まると、ルイスはオリヴィアについて来たテイラーを使用人に別室に案内するように告げてから続けた。
「ちなみに私が席を立つまではアラン殿下が優勢だったね。そろそろ勝負がつく頃じゃないかな。そんなに不安そうな顔をしなくても、険悪な雰囲気じゃないから大丈夫だよ。アベラルド殿下も面白そうな顔をしていたし。あの方、顔は怖いけどユニークな方だね」
ルイスが大丈夫だと言うから、大丈夫なのだろうか。
(アベラルド殿下がユニークな方と言うのは信じられないけど……)
不安に思いながらも、チェス勝負が繰り広げられているサロンへ向かうと、ルイスが言う通り、すでに勝敗が決していた。勝者はアランだ。
「お強くなりましたね、アラン殿下」
ルイスがチェス盤を見ながら能天気なことを言う。
「まだ母上やサイラスにはかなわないがな」
アランとルイスがやり取りしていた横でアベラルドに挨拶をしていたオリヴィアは、内心首を傾げた。
(サイラス殿下?)
バーバラはわかる。よくチェスを打っているから。だが、オリヴィアはサイラスがチェスを打つところを見たことがない。
オリヴィアが驚いた顔をしたからだろう、アランが駒を箱に片づけながら言った。
「知らなかったのか? サイラスはチェスが強いぞ。母上も、十回勝負して一回勝てればいい方だろう。ただ、あいつの戦略は姑息すぎて私は好きではないがな」
(え⁉)
あの強いバーバラが、十回に一回しか勝てない?
(すごい……)
オリヴィアが驚愕していると、ルイスも頷いた。
「私も一度だけ勝負をしたことがありますけど、気づいたら負けてましたね。ただ、あまりお好きではないようで、理由がない限りチェスを差さないようですけど。……オリヴィア、立っていないで座ったらどう?」
「し、失礼しました」
驚きのあまり立ち尽くしてしまったオリヴィアは、ルイスに言われてアランの隣に腰を下ろした。
アランが駒を一つ一つ布で拭きながら箱の中に丁寧に片づけていく。アランは普段は雑な方なのだが、好きなものに対しては驚くほど几帳面だ。
「あれは強すぎるから打たないらしい。大抵の人間は勝負にすらならないからな」
「あの方、枠にとらわれない打ち方をしますからね」
だから次の手が全く読めないと言って、ルイスが肩をすくめる。
アランがチェス盤を片づけ終わったところで、メイドが新しいティーセットを運んできた。
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