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【書籍化】王太子に婚約破棄されたので、もうバカのふりはやめようと思います  作者: 狭山ひびき
第四話

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虎の尾 1

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「チェックメイト。ジュール、あなた、弱くなったんじゃなくて?」

「母上が強すぎるんです」


 ジュールはチェス盤を睨んで口をへの字に曲げた。

 ジュールの白のキングを取れる位置に黒のナイトが置かれている。

 ジュールは幼少期、グロリアにチェスを教わったが、思い返してみる限り一度も勝てたためしがない。チェスの腕だけならば、グロリアはバーバラよりも上だ。


 玉座についてから、子と母としてグロリアに向き合うのはずいぶんと久しぶりのことだった。

 ジュールが玉座についてからグロリアはジュールを「陛下」と呼び、こうして二人きりになれる場所以外でジュールの名前を呼ばなくなった。

 母なりのけじめだということはわかっているが、やはりちょっと寂しい。


「母上、今も考えは変わりませんか?」


 駒を片づけながら、ジュールが小さく訊ねる。

 グロリアは薄く笑った。


「変わらないわ。だから、邪魔しないでちょうだいね」


 ジュールは何かを言いかけて、けれど言ったところで無駄だと知っているから、黙ってそっと目を伏せた。



     ☆



「母上のメモを見る限り、確かにこのあたりのお金の動きはおかしいね」

「はい。寄付金の額があまりに多いんです。しかも決まったところに寄付されているみたいですね」

「普通はこれだけの金額が寄付に回されていたら、いろいろ疑われるはずなんだけどね。脱税工作とか収賄とか」

「ここ最近のものを見ても、何の指摘も入っていないみたいですね」

「税務官も、エバンス公爵家相手だと下手を打てないからね。父上には報告を上げているはずだけど、見て見ないふりをしているんだと思う」


 アトワール公爵家のオリヴィアの部屋で、テーブルいっぱいに資料を広げて、オリヴィアとサイラスは難しい顔をしていた。


「寄付は孤児院と医療機関……慈善活動にしては額の桁が大きすぎる」

「しかも全部自領の施設ですね」

「このお金の動きは、十二年ほど前からはじまっているみたいだ。特にここ二、三年は額が増えているね」

「調べる価値はありそうです」


 約束の婚約式の日まで一か月を切った。

 残り一か月と期限が決まっている以上、闇雲に調べていくわけにはいかない。ピンポイントで怪しい部分を絞り出し、そこを重点的に調べ上げて行かなくてはならないのだ。

 このお金の流れについてはオリヴィアも最初から気になっていた部分ではあるが、正直、これだけでは決定打に欠ける気がしている。

 オリヴィアは資料から顔をあげ、サイラスに訊ねた。


「お願いしていたものは手に入りましたか?」


 サイラスも顔をあげ、部屋の隅に立っているコリンに視線を向けた。


「コリン。持って来たものを」

「はい」


 サイラスはコリンから一見お菓子の箱にしか見えない箱を受け取った。しかし、蓋を開けると、中から出てきたのは紙の束だ。


「手に入れるのには苦労したけどね。刑務大臣が特別に貸してくれたよ」

「刑務部にあったんですか?」

「一応、謀反の嫌疑だからね」


 そう言いながらサイラスが箱から取り出したのは、バーバラの兄、レプシーラ侯爵が購入したとされる武器の明細だった。


「……確かに、これが本当なら嫌疑をかけられてもおかしくない量ですね」


 商人から武器を買い付けたときの明細書。はっきり言って、戦争を起こすのかと疑われてもおかしくない量の武器が購入されている。

 しかも案の定というか、武器の販売が許可されていない商会からの購入だ。

 オリヴィアは明細書にあった商会の名前を確認し、部屋の隅にいるテイラーを呼んだ。


「お兄様はいつ戻ってくるか知ってる?」

「ロナウド様でしたら、先ほどお戻りになったようですよ」

「よかった。呼んできてもらってもいい?」

「わかりました」


 テイラーが部屋から出て行くと、サイラスが不思議そうな顔をした。


「オリヴィア、ロナウドを呼んでどうするの?」

「お兄様は商売ごとに詳しいですから。この商会のことを何か知っているかと思って」

「なるほどね」


 アトワール家の長男、ロナウド・アトワールはお金儲けが大好きだ。

成人すると同時に父を押し切って商売をはじめ、いくつも店を経営したり、出資したりしている。そのためあちこちの商会とつながりがあり、国内にある商会は大小限らずほぼすべて把握しているはずだ。何かしらの情報は持っていると思う。

 ややして、妙に機嫌のいいロナウドが部屋にやってきた。今日は店の売上報告を受ける日だと言っていたからそのためだろう。最近ロナウドはオリヴィアを勝手に広告塔にしてぼろ儲けをしているのだ。


「どうしたオリヴィア。新しいドレスでもほしいのか? いくらでも用意してやるぞ」


 そして用意したドレスを着て歩き回れと言うのだろう。宣伝のために。

オリヴィアははあ、と息を吐き出して首を横に振った。


「違いますよ。ちょっと見てほしいものがあって。お兄様、このクローレ商会って何かご存じないですか?」

「クローレ? オリヴィア、どこでそれを?」


 ロナウドはオリヴィアの手からひったくるようにして明細書を奪い取り、すっと目をすがめる。


「ロナウド、クローレ商会を知っているの?」


 明細書に視線を落としまま押し黙ったロナウドにサイラスが訊ねると、ロナウドは顔を上げずに答えた。


「ええ。知っていますよ。いい噂は聞かない商会ですからね。オリヴィア、悪いことは言わない、ここには不用意に関わるな」

「でも、その明細を見たらわかるように、王妃様の――」

「だとしたらなおのこと、だ。レプシーラ侯爵家に嫌疑がかけられていることは私も父上から聞いて知っている。父上はレプシーラ侯爵家は白だろうと言った。父上以外にもそう思っている大臣は多いだろう。私もこの明細書を見て確信したくらいだ」

「待ってお兄様。明細書を見て確信したってどういうこと?」

「気づかなかったのか? 筆跡を見てみろ」

「……筆跡?」


 オリヴィアはロナウドから明細書を受け取り、サイラスとともに覗き込んだ。

 明細書には購入者のサインと、販売元であるクローレ商会の代表者のサインがある。

 オリヴィアにはロナウドが明細書の何に疑問を持ったのかがわからなかったが、サイラスは気づいたようだった。


「このサインは違う。伯父上のサインじゃない」

「え、そうなんですか?」


 オリヴィアが目を丸くすると、ロナウドが頷いた。


「私もレプシーラ侯爵とは何度か商品のやり取りをしたことがある。侯爵は字に癖があってね。字が右上がりで、Pの字が縦の棒がLのように右側に跳ねるんだ。でもそのサインはその二つの特徴のどれも出ていない。だから侯爵本人のサインじゃない。それからもう一つ。サインに使ったペンが同じだ。インクの太さと色もね。これだけ大きな取引が本当に行われていたとしたら、侯爵が店に足を運んだとは考えられない。普通なら商会の人間がサインをした明細書を持って侯爵家へ出向き、そこでサインをもらう。そうなればペンもインクも変わるはずだ。同じインクで、同じ細さの線が出るはずがない。私でもわかるくらいだ、鑑定に出せば一発だろう」

「じゃあ、それを証言すればレプシーラ侯爵家にかけられた嫌疑は晴らすことができますよね?」

「オリヴィア、人の話はきちんと聞け。私はクローレ商会には手を出すなと言った。父上と大臣がわかっていてそのままにしている意味を理解しろ」


 ロナウドの険しい表情に、オリヴィアはごくりと息を呑んだ。


「…………お兄様、クローレ商会って、どういうところですか?」

「表向きは食器類を販売しているが、裏の顔は武器商人だ。クローレ商会に喧嘩を売って潰された商会や貴族を私は大勢知っている。無闇に手を出すな。最悪命を取られるぞ」


 オリヴィアは息を呑んだ。

 ロナウドはちらりとサイラスを見て、そしてあまり言いたくなさそうな顔でつけたした。


「オリヴィアが王太后様とエバンス公爵を相手に何かしようとしていることは知っています。だから教えますが、できれば直接喧嘩を売るのは避けてください。……クローレ商会は、最初の拠点はカルツォル国だったはずですが、数年前にエバンス公爵領内に移動しています。それには何らかの意図が働いたと私は見ていますし、エバンス公爵家とつながりがあるのも間違いないと思います。レプシーラ侯爵家にかけられた嫌疑を考えると、クローレ商会とエバンス公爵家……もしくは王太后様が結託して王妃様を陥れようとしていると推測できるでしょう。ですけど、だからこそ、できれば手を出してほしくない。分が悪すぎる。レプシーラ侯爵には悪いとは思いますが、少なくとも私はこの手のことには関わりたくないし、オリヴィアを関わらせたくありません」

「でもお兄様」

「わかっている。言ったところでお前はどうせ首を突っ込む。だから不用意に関わるなといった。幸いにして、クローレ商会の直営店は王都にはないし、商会の人間が王都へ来ることもほぼない。探るなら回り道で行け。直接探ろうとするな。相手に気づかれるような真似はしてはいけない」


 ロナウドがそこまで言うくらいだ。本当に用心が必要なのだろう。

 けれど、何もせずにいられるオリヴィアではない。


「王都にはクローレ商会の直営店がないって言うけど、間接的にクローレ商会の商品を扱っている店はあるんですか?」

「ある。……知りたいのか?」

「ええ」

「……まあ、あそこなら大丈夫か。ただの食器店だしな」


 ロナルドは仕方がなさそうな顔をして、王都で唯一クローレ商会の食器を扱う店の名前を教えてくれる。


「何度も言うようだが、無鉄砲なことは絶対にするな。わかったな?」


 ロナウドは最後にもう一度念を押すとオリヴィアの頭をポンと撫でて、部屋から出て行った。





本作の年内の更新は今日が最後となります。

2025年は大変お世話になりました。

本作のノベル⑤⑥巻も発売となり、とてもいい1年だったように思います。

これもひとえに、バカふりを愛して応援してくださる読者の皆様のおかげです。

ありがとうございます。

年末年始、寒い日が続きますが、ご体調にはお気をつけていい一年をお迎えください。

来年も、どうぞよろしくお願いいたします。



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