狙われたバーバラ 4
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ちょっと長めです!
「それで、ええっと、フランだっけ? うまくやってるの?」
次の日、オリヴィアの部屋に遊びに来たサイラスが、ちらりとティアナに視線を向けながら不安そうに訊ねた。
「まあ、なんとか……。テイラーの心労は増えたみたいですけど」
声を落としてサイラスの問いに答えつつ、オリヴィアは部屋の隅でギャーギャー言い合っているテイラーとティアナを一瞥する。
今日はティアナがオリヴィアのお菓子をつまみ食いして、テイラーが激怒して喧嘩になった。
オリヴィアとしてはお菓子くらいで目くじらを立てなくてもと思わなくもないが、テイラーに言わせると「けじめ」というのが必要だそうだ。自由にされすぎて無法地帯になるのも困るので、テイラーの言い分もわかる。
オリヴィアとサイラスは今、城のオリヴィアの部屋でティータイムすごしている。
昼すぎにオリヴィアの部屋でティータイムをすごすのは、少し前からのサイラスとオリヴィアの日課だった。
ティアナが城に侍女として連れてこられて一日が経過したが、今のところ、彼女がティアナであることは周囲には気づかれてはいない。廊下ですれ違ったアランですら気が付かなかったのだから、なかなか完璧な変装だろう。
「あの調子で騒いでいたら怪しまれると思うんだけど」
「その辺はフランもわかっているので、部屋から外に出たら極力声を出さないようにしているみたいです。テイラーも部屋の外ではフランの動向に目を光らせてくれますし、今のところは大丈夫かと思います」
「ふぅん。……ちょっと前までは歩く騒音みたいだったのにね」
少しは大人になったのかなというサイラスは、まだティアナに懐疑的だ。彼が密かにティアナの行動を探らせていることを知っているオリヴィアは苦笑するしかない。
オリヴィアもティアナの性格を熟知しているわけではないので、彼女が今後どう転ぶのかは注視しておかなくてはいけないだろうとは思っている。だが、子供たちを見るティアナの視線を思い出す限り、彼女が父バンジャマンの言う通りに行動するとは思えなかった。考え方が甘いだろうか?
「まあ僕は、彼女をまだ許していないから、もし何か怪しい動きをするようなら容赦しないけど」
サイラスの綺麗なサファイア色の瞳が氷のように冷たい色を宿したのを見て、オリヴィアは肩すくめた。
(ティアナはサイラス様が苦手みたいだから、あんまり怖い顔はしないでほしいんだけど……こればかりは無理かしらね?)
サイラスはオリヴィアに敵意がある人間に厳しい傾向にある。守られているようで嬉しいのだが、現在ティアナはこちら側。過去のことを水に流せとは言わないけど、少しだけでもいいから歩み寄ってほしい。
「だからオリヴィア様のお菓子は勝手に食べたらだめなんです!」
「じゃあわたくしもティータイムに参加させなさいよ!」
「あなたは侍女なんですから、主人と一緒にお茶をしたらダメだって昨日もいいましたよね⁉」
「あんたたまにしてたじゃないの!」
「あれはお誘いがあったからであって、誘われていないのに勝手に割り込むのはダメです!」
(……あっちも何とかならないかしら?)
あの調子で、公爵家でも喧嘩をしている。しかも一度喧嘩がはじまると長い。
困ったことに、イザックもティアナのことを嫌っているので、テイラーが彼女に対して怒っても注意もせず知らん顔だ。母ブロンシュも、テイラーが騒いでいるのが珍しいのか、面白そうな顔をして何も言わない。ほかの使用人たちに至っては、ティアナが来たその日にいろいろ洗礼を受けて苦手意識を持ってしまって、極力近づかないようにしているから言わずもがな。ちなみに金儲けにしか興味のない兄ロナウドは、ティアナが金にならないと判断するや無関心。
オリヴィアが仲裁に入るようにしているものの、根本的に合わないあの二人が打ち解ける日は来ない気がしている。
「テイラー、フラン、あまり大きな声で騒いだら部屋の外まで聞こえてしまうわ。あと、お菓子はたくさんあるから、そっちのテーブルで休憩していいわよ。念のため、フランは窓にはあまり近づかないでね」
見かねてオリヴィアが口を挟めば、ティアナが「ふふん」と勝ち誇ったような顔をする。
テイラーが悔しそうに、頬を膨らませた。
「お嬢様!」
「テイラーも大声を出して喉が渇いたでしょ?」
「……それは、まあ」
さっそくお菓子が置かれている棚でお菓子を選びはじめたティアナを軽く睨んで、テイラーが諦めたように息を吐いた。
「お菓子は一つだけですからね!」
なんだかんだとテイラーは優しいので、ティアナに注意しながら二人分の紅茶をいれはじめる。
(あの二人の場合、可哀そうだけどテイラーが折れるしかないのよね。……それに、ティアナのあれ、ちょっと空元気な気がするし)
口には出さないが、ティアナが孤児院の子供たちを気にしていることは何となくわかっている。いきなり城に連れてこられて、ろくに別れを惜しむ暇もなかっただろう。子供たちのことが頭を離れなくて、そんな自分にティアナが一番戸惑っているような気がする。だから、騒いで気分が落ち着くなら、多少なら大目に見たいとも思っていた。
「オリヴィアは本当、甘いね」
オリヴィアのティアナへの対応を見て、サイラスが苦笑する。
サイラスは甘いと言うが、オリヴィアは自分ではそれほど甘い性格をしているとは思っていない。必要とあらば誰かを切り捨てることだって、たぶんできる。妃教育を受けていた時に、為政者の心構えは徹底的に叩き込まれたから、本当に必要であれば犠牲を出す選択をすることだってできるだろう。ただ、できれば誰も切り捨てたくないと思っているのも本当なので、そう言うところが甘いと言われるのかもしれないけれど。
「それであの手紙のことだけど、出発前にリッツバーグに筆跡鑑定してもらった結果、バンジャマンのもので間違いなかったよ」
リッツバーグは筆跡鑑定までできるらしい。彼もなかなか多芸だ。そのリッツバーグは、今朝からどこかへ出かけているらしい。
「バンジャマンがいるのは東の国境のあたりでしたよね?」
「うん、エバンス公爵領だ。そこでスルベキア国との間の国境の壁を作る労役についている」
「エバンス公爵領……」
これは偶然だろうか。
オリヴィアはふと気になったが、囚人の労役場所を決めるのは基本的に国王や大臣たちだ。ティアナの場合はバーバラの一存で動かしたが、それは彼女が王妃だから無理ができたことであって、第三者が自由に動かせるものではない。ならば、バンジャマンがエバンス公爵領にある国境付近に配属されたのはただの偶然で、エバンス公爵その人が関係している可能性はないはずだ。
「囚人同士のやり取りは禁止されていますが、罪に問われていない家族への手紙は原則認められていますから、バンジャマンがレターセットを手に入れることは可能でしょうね」
「だがそれを使って書いた手紙を、誰が運んだか、だ。検閲から漏れていると言うことは、バンジャマンが書いた手紙をそのまま受け取り持ち去ったと見ていい」
「はい。その誰かが問題ですね。単純に考えるならば、ティアナと接触した監察官が怪しいですけど」
「だがエバンス公爵領から王都まではそれなりに距離がある。そして監察官は仕事中、振り分けられた地域から無闇に移動できない。城への報告も報告書一枚だから本人が移動する必要もない。調べたところ、ここ最近でまとまった休みを取った監察官はいなかった。もちろん無断欠勤者もだ」
鉄道を使えば数日で移動できるとはいえ、数日は休まなくてはならない。休みをとった監察官がいないのならば、ティアナに接触した監察官は監察官を装った偽物だ。
「その男、どうにかして探せないでしょうか」
「そうしたいのは山々だけど、ティアナが覚えているのは灰色の髪をした男というくらいだろう?」
灰色の髪という特徴を持った男が、国にどれほど存在するか。無数に存在するその特徴を持った男を全員城に集めてティアナに確認させるのは不可能だ。
「バンジャマンに話を聞くことができればいいんですけど」
バンジャマンの背後にいるのが誰かわからない状況で、その行動は得策ではない。こちらの動きが筒抜けになるし、ティアナが裏切ったことが相手に知られてしまう。
「ティアナにしたようにバンジャマンを移動させることができればあるいは、というところだけど……もう一つ、気になる情報があるんだ」
「何ですか?」
「まだリッツバーグが探っている段階なんだけど、バンジャマンがいるスルベキア国との国境付近の労役地で、結構な頻度で囚人が消えているそうだ」
「消えている、ですか?」
「理由はわかっていないようだけど、リッツバーグが調べた限り囚人の人数が合わないらしい。ただ、エバンス公爵家からはその報告は上がっていない。おかしいと思わない?」
「……囚人がいなくなったこととエバンス公爵家に何らかの関りがある、ということでしょうか」
囚人がいなくなったのに、国に報告がされていないのはおかしい。意図的に隠蔽しているのならば何かあるのは間違いなかった。
「バンジャマンの件と関係があるんでしょうか?」
「わからないけどね、可能性はあるんじゃないかな」
エバンス公爵家が絡んでいる可能性があれば、なおのこと表立って動きにくい。
(調べたいのに動けないなんてもやもやするわ)
「この件はリッツバーグの追加報告を待つしかないだろうね」
サイラスとオリヴィアがお互い顔を見合わせて嘆息した時、部屋の扉が叩かれてテイラーが顔を上げた。
念のためティアナに部屋の隅に移動してもらい、扉を開けると、そこにはバーバラが立っていた。どこか緊迫した表情をして、侍女を二人従えている。
「母上?」
サイラスが目を丸くしたが、バーバラは何も言わず、侍女二人が抱え持っている書類の束をテーブルの上に置かせると、二人を部屋の外で待たせて扉を閉める。
バーバラはオリヴィアとサイラスを順番に見て、厳しい顔のまま言った。
「その書類は見たことがありますね? エバンス公爵領の過去の収支報告書です。あなたに預けておきます。大臣には内々に話を通していますので、しばらく持っていて構いません。わたくしの気づきもいくつか挟んでいますから時間のある時に確認なさい」
「母上、どうされたんですか?」
ただ事ではない様子にサイラスが腰を浮かせる。
バーバラは悔しそうに顔をゆがませて、大きく息を吐いた。
「狐ババアにしてやられました。わたくしのお兄様……レプシーラ侯爵に謀反の嫌疑がかけられています。わたくしは急ぎレプシーラ侯爵領へ向かわなくてはなりません。だから、オリヴィア、あなたのお手伝いはここまでになりそうです」
「謀反⁉」
レプシーラ侯爵は穏やかな人で、バーバラが王妃になってからは要職を辞して政には口を出していない。
バーバラはもちろんのこと、ジュールとも仲が良くて、とてもではないが謀反を計画する人には思えなかった。
バーバラは王太后の罠だというが、それにしてはあまりに急すぎる。
「どういうことですか母上!」
「お兄様に限って謀反などあり得ません。ただ、武器を買い漁っている証拠があると……もちろん、嘘に決まっています。おそらく明細か何かを捏造されたのでしょうね。それが虚言だと覆せるだけの材料はそろっていません。わたくしは真偽を確かめるという名目で、兵を連れてレプシーラ侯爵領へ向かいます。ほかの人間に任せては、何が捏造されるかわかったものではありませんからね」
「証拠はあるんですか?」
「……大量の武器の購入明細書があるそうです。わたくしはまだ確かめさせてもらっていませんから詳しくはわかりませんが……このタイミングでそのようなものが出てくること自体おかしいでしょう」
領主は自衛のためであれば、武器の購入は認められている。国が指定する規模の範囲内にはなるが軍を持つことも可能だ。現にアトワール公爵領にも公爵軍が存在する。
しかしそれらはすべて、国に報告をするのが義務づけられている。
武器の購入明細が出たところで、それが国に報告されているものであれば問題に問われなかったはずだ。つまり、報告していない明細が出てきたということだが、バーバラの言う通り、このタイミングでそれが出てくるのは不可解すぎる。
武器と言うものは、みだりに販売を行ってはならない。
国が認可を与えた商会にのみ武器の製造と販売が許され、それらはどこに何を販売したのか、正確に国に報告することが義務付けられていた。商会から上がっている販売記録と、購入した側の報告に不一致があればすぐにわかる問題だ。
この場合は不一致を指摘されて、罰金を払う程度で許される。謀反に問われることはない。
武器の販売の認可が下りている商会からの報告は、三か月に一度、月頭に行われる。前回報告が上がったのは先月、次の報告が再来月であることを考えると、あまりに中途半端な時期での指摘だ。
報告されている以上の武器が購入されているとしてもそれで謀反の嫌疑が駆けられるのはおかしいし、商会の報告から一月以上が経ったこのタイミングでの判明もおかしい。
「……指定商会から以外の購入履歴があった、ということでしょうか」
「そうかもしれませんが、お兄様がそのようなことをするはずがないとわたくしは信じています」
「はい」
オリヴィアもそう思う。
レプシーラ侯爵は、闇ルートで武器を購入するような迂闊なことをする人ではない。もちろん謀反もないだろう。何者かに嵌められた可能性が高く、バーバラの言う通り、それは王太后かもしれない。まだわからないが。
(もし王太后様なら……バーバラ様を王都から遠ざけることが狙いでしょうね)
バーバラはオリヴィアの味方だ。グロリアがバーバラの存在を脅威と見てもおかしくない。
「心配しなくとも、わたくしにはわたくしの考えがあります。ただ、わたくしは当分の間レプシーラ侯爵領に滞在することになるでしょう。放り出すようでごめんなさいね」
バーバラはそっとオリヴィアの頬を撫でて、険しい顔をしているサイラスを向いた。
「サイラス、わたくしのことは考えなくて結構。サイラス、あなたは父親に似ているところがありますが、あの人と決定的に違うのは、何よりも優先してオリヴィアを守ろうとする意志だと思っています。自分の愛しい人は自分で守りなさい。いいですね。わたくしは、わたくしにしかできないことをします」
バーバラはそう言って、くるりと踵を返す。
いつも通り凛と背筋を伸ばして、何事もなかったような顔をして部屋を出て行ったバーバラに、オリヴィアはきゅっと唇をかんだ。
(わたしのせい……)
バーバラがオリヴィアに味方したから狙われた。
改めて感じる。これはある意味戦争なのだ。オリヴィアが負ければ、バーバラだってどうなるかわからない。本人は大丈夫だと言うが、あのバーバラが出し抜かれたのだ。バーバラの言う通りグロリアの策だとしたら、オリヴィアが想像していた以上にグロリアは切れ者だ。
「くそ!」
珍しく声を荒げ、サイラスがテーブルに拳を打ち付けた。
振動でティーカップが倒れ、わずかに残っていた紅茶がテーブルの上に広がる。
オリヴィアはゆっくりと広がっていく紅茶を見ながら、ぎゅっと心臓の上を押さえた。
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