狙われたバーバラ 3
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サイラスとともにバーバラに相談に行った日から三日後。
「オリヴィア様本気なんですか⁉ わたくしは嫌です!」
「わたくしだっていやよ‼ 何だってわたくしがこんな目に……!」
オリヴィアに与えられた城の一室で、互いに睨み合っているテイラーとティアナに、オリヴィアは「うーん」と首を傾ける。
どうしてここにティアナがいるのかと言えば、それはバーバラの決定によるものだ。
ティアナから預かった手紙を持ってバーバラに相談に行った結果、バーバラはこのままティアナを修道院に置いておくのは危険だと判断した。
ティアナの身の安全問題もそうだが、バーバラはティアナを信用しきっていないので、今後の彼女の行動について危惧したのだ。
つまるところ、ティアナの気が変わり、バンジャマンの手紙にあるようにカルツォル国の側妃になるという選択をするかもしれないと考えたのである。
今はバンジャマンに反発しているようだが、正直ティアナの思考回路は誰にも読めない部分がある。これから先もティアナの意見が変わらないかどうかは確信が持てない。
不確定要因はできるだけ目の届く範囲に置いておくべきだと考えたバーバラは、独断ですぐにティアナの移動の申請を出した。
そしてなんと、監視するならそばに置いておくのが一番いいだろうと、バーバラはティアナをオリヴィアの侍女にしてしまったのである。
もちろん、囚人を侍女にするなど本来は不可能だ。
そのため表向きは、ティアナはバーバラの兄が治めるレプシーラ侯爵領内にある国境警備兵のための宿舎の下働きに移動させたことにしたらしい。
国境警備と言っても、レプシーラ侯爵領が接しているのはレバノール国で、国同士の関係は極めて良好なため、無断入国や出国を防ぐための警備兵が置かれているだけだ。殺伐とした空気はどこにもなく、ほとんど仕事がない穏やかな職場らしいので、希望する兵士たちが多くて倍率が高い。
レプシーラ侯爵家ならばバーバラも多少融通が利くので、何かあってもすぐに対処ができる。
と、ここまではよかったのだが、問題は移動させられた張本人がこの決定に納得していないことだった。
ティアナのみならず、オリヴィアの正規で唯一の侍女テイラーまでもが難色を示している。
(まだ顔を合わせて十分なのに、もう喧嘩しているなんて……)
どちらか一方でもいいから歩み寄ってほしいものだが、どちらにもその意志がなさそうなので困りものだ。
「だいたい何よこのカツラに眼鏡は! センスを疑うわ! ダサすぎる!」
(それ、バーバラ様の前で言ったら怒られると思うわよ……)
ティアナには髪色を隠すための金髪のウィッグと、黒縁の眼鏡が用意されている。さすがに「ティアナ」のまま歩き回っていればすぐに気づかれるからだ。彼女は社交界でも目立っていた方だったし、春にはアランの婚約者になって、そしていろいろやらかした。大臣はおろか文官たちや城の使用人の記憶にもばっちり残っている。
ゆえに、変装させずにおくわけにはいかないので、バーバラが先回りでティアナの変装セットを用意してくれたのだ。
オリヴィアはティアナの言うほど「ダサい」とは思わなかったが、ティアナは気に入らない様子だった。
「他にもあるじゃない、ピンクとかオレンジとか可愛いやつ! 眼鏡もこんな丸眼鏡じゃなくて、こう、可愛い羽がついたやつとか!」
「はあ⁉ アホなんですか⁉ 仮想大会じゃないんですよ⁉」
すかさずテイラーが突っ込んだ。テイラーもやめればいいのに、ティアナの発言の一つ一つに反応するから収集がつかなくなる。
「誰がアホですって⁉」
「あなた以外に誰がいるんですか! お嬢様、今からでも遅くありませんよ! わたくし、この方と一緒に働きたくないです! 王妃様に言って何とかしてください!」
ティアナを毛嫌いしているテイラーは、本人を目の前にしても容赦がない。
対するティアナも、こんなことで引き下がるようなおとなしい性格をしていなかった。
「わたくしだっていやよ! 何なのこいつ! ちょっとオリヴィア様、侍女のしつけがなってないわよ!」
「あなたにだけは言われたくありませんよ! それにお嬢様はわたくしたちの主人なんですから、きちんと敬語を使いなさい!」
「二人とも、いい加減落ち着いて……」
ティアナを守りつつ監視するという意味では、近くに置いておくのがいいとはいえ、これは無理があるのではなかろうかとオリヴィアは遠い目になる。
バーバラの決定を聞いた直後、サイラスも「無理だ」と断じたが、彼の反対はバーバラに一蹴されてしまったし、オリヴィアも引き受けてしまったから、今更後には引けないわけだが。
「テイラー、冷静になって。ティアナも、これはあなたを守る措置なんだから、ね? とりあえず表面上だけでいいから侍女らしくしてちょうだい。ああ、あと、ティアナの偽名を考えないといけないのよ。何か希望はあるかしら?」
せっかく変装していても「ティアナ」と呼んでいれば気づかれる。ティアナには変装もそうだが、しばらく偽名で生活してもらわなくてはならない。
「偽名? そうねえ……フランソワーズとかどうかしら。アントワネットでもいいわよ」
「やっぱりアホなんですか? そんな派手な名前、目立ってしょうがないじゃないですか。ベラとかドナとかエラとかありふれた名前がいいに決まってるでしょう?」
「はあ⁉」
「落ち着きましょう! ティアナ、間をとってフランとかどうかしら? アンでも可愛いと思うわ」
「……まあベラよりはましかしらね」
ティアナはものすごく不服そうだが、とりあえず偽名はフランで落ち着いた。
幸先が思いやられるとオリヴィアは息をつく。
「ティアナ……じゃなくてフラン。いい? もしあなたがわたくしに情報を漏らしたと知られると、相手はどう動くかわからないわ。これはあなたの身の安全のためなの。あなた狙われた時に修道院にいたら、子供たちも巻き込まれるかもしれないし。わかって」
ティアナは孤児院の子供たちを大事にしているようだった。子供たちを出せば納得するだろう。
案の定、ティアナは渋々「わかったわ」と頷く。
「テイラーも、お願いだから協力して」
「……まあ、お嬢様がそう言うなら」
「よかった。じゃあ、フランは早く変装しましょう。そのままだとこの部屋から出られないわ。それから外ではあまりしゃべらないようにね。声で気づく人がいるかもしれないから。それじゃあテイラー、変装を手伝ってあげてくれない? わたくしが手伝うよりあなたの方がお化粧とかも得意でしょうし」
「わかりました。……ほら、そこに座ってください。お嬢様のお化粧品をあなたに使うのはすっごく嫌ですけど、特別にお化粧してあげます」
テイラーも一言多い。
ティアナはテイラーの言い方にムッとしたようだが、罪人になって一度も化粧品に触れていなかった彼女の視線は、ドレッサーの前の化粧品に釘づけた。嬉しそうに瞳が輝いている。おしゃれが大好きなティアナにとって囚人生活はつらいものがあっただろう。
「自分でできるわ」
「駄目です。だって絶対派手顔にするから。コンセプトは目立たない地味顔です」
「なんですって⁉」
「フラン、お願い。テイラーに任せて。全部が終わったら好きなだけお化粧品あげるから」
「……本当? 嘘だったら承知しないわよ」
「お嬢様、ティ……じゃなくてフランに甘すぎです!」
そう言うが、化粧品でティアナがおとなしくなるなら安いものだ。オリヴィアの化粧品は、気がつけばテイラーが買い集めるからたくさんあるし。
ティアナが心なしかわくわくした表情でドレッサーの前に座る。
口では文句を言いつつも、テイラーがティアナの肌を丁寧に化粧水で整えていくのを見て、オリヴィアはひとまずほっとした。心配は尽きないが、なんとか第一歩を踏み出した感じだ。
「じゃあ、後は頼むわねテイラー。わたくしは今のうちに書類を片付けてしまうわ」
オリヴィアが言うと、ティアナがちらりとライティングデスクに積み上がった書類を見た。そして微かに目を見張ると、何も言わずに鏡に顔を戻したのだった。
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