狙われたバーバラ 2
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「おい、いい加減話したらどうだ」
アランは書類にサインをする手を止めて顔を上げた。
「な、何のことでしょうか⁉」
声を裏返してだらだらと汗をかきはじめた補佐官のバックスに、アランは冷ややかな目を向ける。小心者のバックスは、ひと睨みするだけでさらに顔色を青くした。
(こいつ、それなりに仕事はできるんだが、この気の弱さは何とかならんのか)
こんなんだから大臣たちに嫌味を言われて胃痛に悩むことになるのだ。心なしか額もさらに後退しはじめたし、そのうち髪が全部抜け落ちるのではなかろうか。
アランは自分の存在も充分バックスの負担になっているとは知りもせず、内心で同情しながら続ける。
「誤魔化しても無駄だ。何か隠しているんだろう? 吐かないつもりなら仕事しないからな」
「ひっ」
バックスはアランの机に積まれた書類を見てますます青くなった。最近はまじめに仕事をするようになったけれど、アランの要領の悪さは相変わらずなので進捗は悪い。机の上に溜まっている書類は半分も片付いていなくて、このままだと大臣たちに激怒されて、またオリヴィアに泣きつくことになるが、オリヴィアの置かれている状況を把握しているバックスはこれ以上の仕事を彼女に回したくない。
「私が気づいていないとでも思っているのか? お前だけじゃない。文官たちがピリピリしているのはわかっている。今度は何があった。父上か、それとも母上か? 違うな、サイラス……いや、オリヴィアか? お前、オリヴィア信者だもんな」
「何故それを……!」
「お前のオリヴィアに対する態度を見ていればわからないはずないだろう。文官たちの中にはオリヴィア信者が多いからな。あいつに何かがあったんだろう。違うか?」
「……うぅ」
「図星だな」
アランはペンを置くと頬杖をついた。
「ほら、さっさと吐け。さもないとこの書類を窓から捨てるぞ」
アランの脅しにバックスはがっくりとうなだれた。
バックスが話さなくても、気になったアランは、どこかしらから情報を仕入れるだろう。それならば素直に話して仕事をしてもらった方がいい。
「実は……その……オリヴィア様とサイラス殿下の婚約のお話しが、白紙に戻されるかもしれなくて……」
「は?」
「私も人から聞いただけなので確かな情報ではないのですけど……王太后様が待ったをかけたとかなんとか」
「おばあ様が? まさか。ここ十年くらいおとなしくしていたはずだろう。なぜ今になって口を挟んでくる」
「そ、それは存じ上げませんが……聞いた話によると、オリヴィア様の代わりにエバンス公爵令嬢がサイラス様と婚約なさるとかならないとか」
「エバンス公爵令嬢? レネーンか? ……ああそう言えば、ちょっと前までおばあ様はサイラスにレネーンをあてがおうとしていたな。諦めてなかったのか」
バーバラも、一時期はエバンス公爵家がうるさいからサイラスとレネーンを縁付かせようとしていたほどだ。
当時サイラスは王位につく気はなさそうだったから、それならばエバンス公爵家と縁付かせてもいいだろうと考えていたようである。
ただし、サイラスが次期王になる可能性が極めて高くなった現状、バーバラがサイラスとレネーンの婚約を認めるはずがない。バーバラは昔からレネーンが好きではないからだ。
バックスの話が本当ならば、何とも面倒くさいことになったとアランは眉を寄せる。
(いや、でも……母上はそれほど荒れていなかったな)
祖母グロリアが絡むと母が荒れる。しかし晩餐の席で母はいつも通りだった。ならば、この話はただの噂で、バックスの勘違いか?
(違うな。父上との会話が極端になかった。何かが起こっているのは確かだ。だが、おばあ様がらみだとしてもいつもと少し違う……。嫌な予感がするな)
母バーバラはオリヴィアのことが気に入っている。グロリアが口出ししたからと言ってオリヴィアを手放すとは思えない。バーバラがオリヴィアの守りに回ることは想像に難くなかった。そうなると――母は本気で祖母とやり合う気だ。
(おばあ様とやり合うなら相手はエバンス公爵家だぞ。……ああ、面倒なことになりそうな匂いがプンプンする)
アランはぐしゃりと前髪をかき上げた。
「なんでもっと早く教えないんだ、この馬鹿!」
グロリアとエバンス公爵家が相手だとバーバラでも分が悪い。無茶をすればバーバラに返ってくるだろう。
アランは急いで立ち上がる。
「急用ができた。今日の仕事は終わりだ」
「へ?」
「大臣たちには期限を明日まで伸ばしておけと言っておけ」
「そんな……!」
バックスは悲鳴を上げたが、アランは知らん顔で大股で部屋を横切る。
――アランはそのまま、目的地を告げずにたった一人で城を飛び出した。
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ISBN-10 : 4824014573
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あらすじ:
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しかし、気付いた時にはこれまでの傲慢な言動のせいですでに周囲から嫌われてしまっていた!
このままでは断罪ルートまっしぐら。
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