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【書籍化】王太子に婚約破棄されたので、もうバカのふりはやめようと思います  作者: 狭山ひびき
第四話

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狙われたバーバラ 1

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 次の日、ティアナから預かった手紙を持って登城したオリヴィアは、まっすぐサイラスの部屋へと向かった。

 この件はオリヴィアだけでは対処しようがないからだ。

 サイラスは、午前中に帝王学を学び、午後から執務をしていることが多い。

 彼がいつ忙しいのかは把握しているので、帝王学の教師が来るまでの時間を狙って部屋を訪れれば、サイラスが笑顔で出迎えてくれた。


「いらっしゃいオリヴィア」


 君から朝から僕の部屋に来るのは珍しいねと笑って、サイラスがオリヴィアを抱きしめる。

 こうした触れ合いは恥ずかしいのに、サイラスの隣に立つ権利を失う恐怖を味わったからだろうか、以前よりも素直に彼に身を預けることができる。

 彼の腕の中は、恥ずかしいけれど何よりも安堵感があって、オリヴィアの心にたとえようのない充足感をもたらしてくれるのだ。

 サイラスの隣を奪わせないために戦うことを決意したオリヴィアだが、だからと言って不安が消えたわけでもなく、彼に抱きしめられるとずっとこのまま甘えていたくなる。

 そんな自分を叱咤して、オリヴィアはサイラスの腕の中で顔を上げた。


「お話があります。少しお時間ありますか?」

「大丈夫だよ。お茶を用意させるね」


 サイラスがベルを鳴らしてメイドを呼びつけ、ティーセットを運んでこさせる。

 サイラスの部屋の壁には大きな本棚が並んでいて、オリヴィアも読んだことのないような貴重な本もある。

 たくさんの本に、冬になって少し模様替えされた部屋の中。紺色やダークブラウンを基調とした部屋の中には必ず薔薇の花が生けられていた。落ち着いた色味と本と薔薇の香り。そして大好きなサイラス。この部屋は、自分の部屋以上にオリヴィアに安心感を与える場所だ。


 メイドが去ると、オリヴィアはちらりと扉の前に立っている護衛官のコリンに視線を向けた。目が合うと、短い黒髪と同色の瞳を優しく細めて微笑まれる。

二十八歳と大人の彼は、サイラスのよき理解者で、そしてサイラスが無類の信頼を寄せる人物だ。これから話すことも聞かれて問題ないだろうと、オリヴィアはこのまま話すことにした。コリンの隣に控えているテイラーにも、昨日のうちに話をしてある。

 オリヴィアがティアナから預かっている手紙を差し出し、昨日の話をすると、サイラスは途端に険しい表情になった。


「戦争? どういうこと?」

「わかりません。ティアナもわからないと言っていました。ただ、この手紙を持って来た監察官がそう言ったと」

「その男、本当に監察官だったのかな」

「どうでしょうか。監察官に扮した人物だった可能性も否めませんけど……」


 オリヴィアが持っている情報は、ティアナから預かった手紙と、彼女の証言だけだ。ティアナによると、監察官は灰色の髪の神経質そうな男だったらしいが、それだけでは情報としてはあまりに少ない。


「この話、父上と母上には?」

「まだです。情報が少なすぎて、真偽のほどもわかりません。この状況で奏上するのは、下手に混乱を招くだけかと思いまして……」


 かといって無視できる問題でもない。オリヴィアも正直、扱いに困る情報だ。


「確かにね。あと……父上たちに知らせて、ことが大きくなった場合、情報を漏らしたことが知られて、ティアナに危険が及ぶかもしれない……か」

「はい」


 戦争と言う言葉を不用意に使った人物だ。ティアナが邪魔だとわかれば消すくらいのことはしてくるはず。

 ティアナに戦争という情報を出したのは、その監察官がティアナを味方だと判断したからだろう。男の中には、ティアナがその情報を他人に売るという可能性はなかったのだ。


(たぶん、以前のティアナならこの情報は他人には漏らさなかったはずだわ)


 ティアナは他人よりも自分の都合で動くタイプだった。少なくともオリヴィアは、昨日彼女と再会するまではそう認識していた。ティアナが変わったのは、孤児院で子供たちと接しはじめてからに間違いない。相手が以前のティアナの情報しか持っていなかったのならば、ティアナが乗らない話ではないと判断するはずだ。


(逆を言えば、以前のティアナの性格をきちんと把握している相手と言うことにもなるわね)


 バンジャマンに聞いたのか、それともほかの第三者からの情報なのか。ティアナは監察官のことを知らないようだったが、監察官を名乗った男はティアナについて詳しい情報を持っていたことになる。バンジャマンからの情報でなければ、監察官にその情報をもたらした人物は、伯爵令嬢だったころのティアナをよく知る人物かもしれない。


「その戦争とやらに、カルツォル国は十中八九関係していると見ていいだろうね。王が変わるというのが、カルツォル国にこの国が奪われることを指すのか、それとも誰かが王位簒奪を目論んでいるのかはわからないけど」

「はい。そうでなければティアナにこの手紙を渡し、不用意に情報を出した理由がわかりません」

「相手はティアナが情報を漏らさないと思っていたんだろうね。まあ、以前のティアナであれば、自分の身の安全と幸せを第一に考えただろうから、従わない理由がないと思っていたのかな」

「そうだと思います。ティアナの性格をよく知っている人物が背後にいるはずで、それが彼女の父親であると考えるのが自然だとは思いますが……」

「バンジャマンとカルツォル国とのつながりがわからない」


 オリヴィアは頷いた。

 バンジャマンが金の密輸事件を起したあと、彼の近辺は徹底的に洗い出された。カルツォル国とのつながりがあれば、そのときに判明していたはずだ。見落としていた可能性もあるだろうが、限りなく低いとオリヴィアは見る。ならば、バンジャマンがカルツォル国とつながりを持ったのは捕縛されたあとになる。


(捕縛され労役地へ移送された後にカルツォル国とつながりを持つのは不可能だと思うけれど、現に不可能なことが起こっているもの)


 監察官がバンジャマンの手紙を届けるという行為も、オリヴィアの中では「不可能」な枠に入る。それが行えたのだから、カルツォル国と連絡を取る手段もないと断ずることはできない。何かしらの抜け道を使って連絡を取った可能性は排除できなかった。


(でも、彼一人でどうにかできる問題でもないはず)


 ましてや監察官の使った「戦争」という言葉。これはバンジャマン主導で計画されているものだとは、とてもではないが考えられない。


「まだ……背後に何かがあるかもしれません」

「僕も同意見。はっきり言って、バンジャマン一人で立てられるような計画ではないはずだ。一応大臣職にいた人間だからね、馬鹿とまでは言わないが……誰も彼もが一目置くような頭のいい人間でもない。カルツォル国側が、彼と組むメリットはないよ」

「慎重に動いた方がいいですよね」

「うん。ティアナも……このままにしておくのは少々危ないかな」

「わたくしもそれを考えていました。身の安全も考えて、できれば修道院から移動させたいです」

「となると……父上か母上のどちらかの協力が不可欠だな。こういう時は母上かな」

「そうですね。陛下が動くと、どうしてもことが大きくなりますから」

「それもあるけど、父上は今回、オリヴィアとおばあ様、どっちの味方に付くかわからないからね。下手におばあ様の耳に入ると妨害工作に出られる可能性がある」

「そんな、これが本当なら、国の一大事ですよ?」

「だとしても、あの人はやるよ。ちなみに、母上がおばあ様を嫌う大きな理由の一つはこれね。おばあ様は国というよりは自分と身内のために動く人だから」


(……先王陛下の時代のエバンス公爵家の収支報告書を見る限り、否定はできないけど……)


 先王時代にエバンス公爵家やその一族が大勢要職についていたのは、グロリアの存在があったからに違いないだろう。

 だが、王妃と言う地位にあった人だ。国のトップにいた人である。監察官の言った「戦争」が本当に起こったら大なり小なり国に被害が出る。その状況で、まだ自分や身内のためだけに動くとは思いたくなかった。


(なんとなく思っていたけど、サイラス様は王太后様のことが好きではないのかしら?)


 祖母と孫という関係なのに、どこか他人行儀な感じがする。

 オリヴィアの表情から何を考えているのかわかったのか、サイラスが苦笑した。


「嫌いとまでは言わないけど、おばあ様のことはあまり好きじゃないよ。多分兄上もね。おばあ様、母上のことを嫌ってるから、そのせいで僕たちへのあたりも強かったし。特に兄上にはきつかったかな。僕はまだ、自分の一族の娘の婿候補として見られていたからそれほどではなかったけど」


 サイラスはすっかり冷めた紅茶に口をつけながら、昔を思い出すような遠い目をした。


「十二年前だったかな? 僕がまだ子供のころの話だけど、父上がおばあ様を城から追い出したんだ。あのころにはすでに、おばあ様と母上の関係は修復不可能なほど険悪だったからね。もちろんそれ以外に何か原因があったんだろうけど……父上はおばあ様に対してその時の負い目があるんじゃないかな。だから、僕とオリヴィアの婚約におばあ様が反対した時も強く出られなかったんだと思う」

「陛下が?」

「父上あれで、身内に甘いんだよね」

「陛下が、身内に甘い、ですか?」


 自分の都合で子供を振りまわして、アランを容赦なく切り捨てようとした国王が?

 サイラスはくすりと笑った。


「意外? ひねくれているからわかりにくいかもしれないけど、かなり甘いと思うよ。兄上のときだって、たぶんあれ、兄上のためでもあったんだと思うし。もちろん自分の賭けもあっただろうけど。あのとき婚約破棄騒動を起こした兄上を、その場で切り捨てることだってできたはずなのに、そのままにしておいたでしょ? 兄上ならそのうち自分で気づいて自分で落とし前をつけると思ったのか、それとも、完全に切り捨てることを避けたのかはわからないけど、僕は甘いと思ったよ」

「あ……」

「まあ、どうにもならなくなったら母上が動くと踏んでもいたんだろうけどね。どっちにしろ、あの人、本当の意味では身内を切り捨てられないんだ。それ以外にもいろいろ黒いことを考えているのも事実だけどね。だから今回、母上とおばあ様の間に挟まれた父上はろくに動けないし、どちらの味方をするのかも読めない。だから、あてにできない。……ただ、もし父上が敵に回るなら、僕も手段は選ばない」


 サイラスは紅茶を飲み干すと、オリヴィアに手を差し出した。


「ということで父上は無視して、この件、母上に相談に行こうか。善は急げと言うし、悠長に構えていられるような問題でもないでしょ」





ブックマークや下の☆☆☆☆☆にて評価いただけると嬉しいですヾ(≧▽≦)ノ


12月5日に本作②巻が発売されます!

帯でも紹介いただいていますが、コミカライズも進行中です!

どうぞよろしくお願いいたします(*^^*)


挿絵(By みてみん)

タイトル:家族と移住した先で隠しキャラ拾いました(2)もふもふ王子との結婚

出版社:スクウェア・エニックス (SQEXノベル)

発売日 : 2025/12/5

ISBN-10 : 4301002170

ISBN-13 : 978-4301002178


書籍限定エピソード

・SIDEアンネリーエ 伯爵令嬢は見た!

・SIDEマリウス 見えていなかったもの

・SIDE???

・SIDEライナルト ヴィルヘルミーネの落とし物

・番外編 カジキでどーん!


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