予想外の味方 5
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ティアナに修道院の中にある応接室に連れてこられると、テイラーはものすごく不満そうな顔で「扉の前で待っています」と言った。オリヴィアとティアナを二人きりにするのがよほど嫌なようだ。
応接室は、中央に木製の長方形の机があり、椅子が四脚置かれている。そのほか特出すべきものは置かれていないが、窓にかかっている冬用の厚みのあるカーテンが可愛らしいと思った。端切れをつなぎ合わせて作ったパッチワークのようで、刺繍や飾りが縫い付けられている。
暖炉が燃えている応接室は暖かく、オリヴィアは外套を脱いで椅子に腰かけた。
オリヴィアの対面に座ったティアナは、話があると言ったくせに不貞腐れたような顔のまま黙り込んでいる。
沈黙に耐え切れなくなったオリヴィアは、できるだけティアナを刺激しないように穏やかに話しかけた。
「ティアナは子供たちに人気なのね」
「……別に。わたくしが一番あの子たちと年が近いから、いい遊び相手くらいに思われているだけよ」
「そう? とても慕われているようだったけれど……」
「は? どこをどう見たらそう見えるわけ? オリヴィア様って天然? やっぱり馬鹿なの?」
「え、ええっと……」
どうしてだろう、ティアナが相手だとうまく会話が組み立てられない。
オリヴィアが途方に暮れていると、はーっと大きく息を吐いたティアナがエプロンのポケットから一通の手紙を取り出した。
「世間話とかいらないわ。だってオリヴィア様とわたくしはお友達じゃないもの。わたくしだって本当はこんな話したくなかったけど……ここにはほかに相談できそうな人がいないのよ」
「相談?」
「これ。先に読んで」
差し出された手紙を受け取ってオリヴィアは首を傾げる。
「これは?」
「読んだらわかるわ」
怪訝に思いながらもオリヴィアは手紙を開く。
一度握りしめられたのか、皺だらけの手紙はそれほど長くもなく、用件だけがつづられていた。
最初の数行を読んだオリヴィアの眉がぐっと寄る。
「これ……」
「馬鹿げてるでしょ」
ティアナはそう言うが、そんな言葉で片付けられるほど単純な内容ではなかった。
オリヴィアが顔を上げると、テーブルの上に頬杖をついたティアナがむっつりした顔で言う。
「わたくし、今までお父様って賢いと思っていたんだけど、その手紙を読んで考えが変わったわ。馬鹿なのよ。そして自分のことしか考えていないんだわ」
「ティアナ……」
ティアナが差し出した手紙は、彼女の父である元レモーネ伯爵バンジャマンからのものだった。
囚人同士の手紙のやりとりは禁止されているので、バンジャマンからの手紙がここにあるのはおかしい。だがそれ以上におかしいのが内容だった。
手紙には、ティアナをカルツォル国の国王の側妃にする予定であること、そしてサイラスの婚約式の日に遣いをやるから、その者の指示に従って王都の指定された場所まで来るようにと書かれている。
「あなたのお父様は、カルツォル国とやり取りがあったの?」
カルツォル国とブリオール国の関係は微妙だ。もともと友好国ではなかったが、十数年前に国境付近で勃発した小競り合いでその関係はさらにぎくしゃくしている。
国交を断絶しているわけではないのだが、国境をまたぐには申請が必要で、相応の理由がなければ許可されない。
ただ関係が希薄とはいえ隣国である以上無視はできないので、一か月半後のサイラスの婚約式の招待状は送られていると聞いた。あちらからは第二王子が出席すると返答があったそうだ。
「知らないわよそんなこと。お父様が何をしているのかなんて興味なかったもの」
「でも、側妃って……」
カルツォル国の情報は少ないが、現王は好色な人だと聞いたことがある。
カルツォル国は一夫多妻制が認められている国で、王は後宮に多くの妃や愛妾を住まわせているらしい。それゆえ子供も多く、オリヴィアが把握しているだけで三十人はいるはずだ。あの国の情報はなかなか入ってこないので、おそらく、把握できていない部分を足すとその倍はいそうな気がしている。妃や愛妾の数に至っては、百は超えているのではないかと言う話も聞くが、正直まったくわからない。
ティアナは顔を真っ赤にして、テーブルを叩いた。
「冗談じゃないわ! カルツォル国の国王って言ったらもうおじいちゃんでしょ⁉ どうしてわたくしがそんなところに嫁がないといけないのよ!」
以前、ザックフィル伯爵領の遺跡で労役についていた時、レギオンを人攫いだと勘違いして、自分を金持ちに売りとばせなどと言ったティアナだが、何か心境の変化でもあったのだろうか。以前のティアナならば喜んで飛びつきそうな話だと思うが。
ちょっと不思議に思っていると、ティアナがぽそりと「まだあるのよ」と言う。
「手紙には書かれていないこと。その手紙、監察官が持って来たんだけど」
(監察官が?)
それはおかしい。囚人同士で連絡を取り合うことは許可されていないのに、監察官がそれを知らないはずがないのだ。
「そのとき、変なことを言っていたのよね。もうすぐこの国で戦争が起こるだろうって。王が変わるって。巻き込まれたくなければその手紙の指示に従えって」
「待って、戦争? 王が変わるってどういうこと?」
「わたくしが知るわけないでしょ。でも嘘を言っている感じじゃなかった。なんていうのかしら……こう、目がイッちゃってる感じっていうの? 危ない感じ。戦争が本当かどうかはわからないけど、何かは起こるんじゃないかって、そう思ったわ」
「それが本当だったら一大事よ?」
「だからこうしてオリヴィア様に相談してるんでしょ。正直言って証拠になりそうなものは手紙しかないし、わたくしは囚人だし? こんな話を信じてくれる人間なんていないでしょうけど……オリヴィア様なら、そう言うの関係なく冷静に判断するんだろうなって思ったのよ。わたくしを遺跡の中から見つけ出したときみたいに」
「ティアナ……でも、これをわたくしに渡したら、あなたのお父様が大変なことになると思わなかったの?」
「思ったけど、だから何って感じ。お父様は嫌いじゃないけど、昔ほど好きでもないし、むしろ勝手なことしないでよって思うし。それに……戦争は嫌よ」
ティアナはふと真顔になって、テーブルの上をとんとんと指先で叩いた。
「戦争になって一番に巻き込まれて切り捨てられるのは、力のない人間だわ。もし本当に戦争になったら、ここにいるあの子たちはどうなるの? 巻き込まれて、誰も守ってくれなくて、そして死んでいくの? そんなの嫌だもの」
「ティアナ……」
「あの子たちは小生意気で腹が立つ子たちだけど、別に嫌いじゃないの」
ツンとすましたように言って、ティアナは席を立った。
「その手紙、オリヴィア様にあげる。だから、戦争になる前に、止めて。……それであの子たちが助かるなら、わたくしは別に、どうなってもいいわ」
そして小さく笑ったティアナに、オリヴィアは、やっぱり彼女は変わったかもしれないと、そう思った。
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