予想外の味方 4
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馬車で揺られること四十分。
王都の下町をすぎて、南門にほど近いところに、目的の修道院が見えてくる。
修道院と孤児院の二つの建物が奥と手前でつながるように作られていて、門扉をくぐった先にはそこそこ広い庭もある。
庭を駆けまわる子供たちの笑い声を聞く限り、ここは子供たちにとっていい環境のようだ。
正式な慰問ではないし、事前に訪問を伝えるとかえって気を遣わせるから先ぶれは入れなかったので、今日はお菓子を届けて様子を見ただけで帰るつもりだった。
門の前で馬車を停めて、同行してくれた護衛の兵士が院長に確認に向かう。
それをぼんやりと待っていると、子供特有の高い声が聞こえてきた。
「おいティアナー、はやくしろよー」
「そっちの煉瓦はここに積むんだぞー」
「花壇を作り直すっていったのティアナだろ」
「あんたたちが花壇を踏み荒らさなかったらこんなことしなくてすんだのよ!」
(……うん?)
気のせいだろうか。聞き覚えのある名前に聞き覚えのある声がする。
怪訝に思っているとテイラーも同様の疑問を持ったのか、馬車の窓に張り付いた。
「……お嬢様。なんだか見たことのある方が孤児院の庭にいらっしゃいます」
「気のせいじゃなかったみたいね」
ティアナがザックフィル伯爵領の古代遺跡の発掘現場から移動させられたのは聞いていた。どうやら新しく連れてこられた場所はここだったようだ。
(わたし、つくづくティアナに縁があるのかしら……?)
なかなかの遭遇率だと思う。
元気いっぱいのティアナの声にちょっとだけ安堵しつつ苦笑していると、院長に確認に行った護衛兵士が戻ってきた。
孤児院の建物から院長が出てくるのが見えて馬車を降りると、院長に何か言われたのか、子供たちとティアナが顔を上げる。
紺色のつつましやかな修道服に身を包んでいて、化粧っ気もないが、その勝気な表情に「ああ、ティアナだ」と妙な納得を覚えてしまうから不思議だ。
ティアナは目を丸くして、オリヴィアを指さした。
「あ――――――‼」
「うっせーぞティアナ」
「なんだよ『あー』って。歌か?」
「ティアナ歌もまともに歌えねーのかよ」
「うるさーい‼」
顔を真っ赤にして叫んだティアナに、隣のテイラーがぽそりと「あの方はどこにいてもうるさいんですね」とこぼした。
地獄耳のティアナはしっかりとテイラーの言葉を聞き取ったようで、キッとこちらを睨みつけてくる。
「なんでここにオリヴィア様がいるのよ! 何しに来たの⁉ わたくしを笑いに来たわけ⁉」
「ち、違うわティアナ。ええっと……久しぶりね。元気だった?」
「はあ⁉ 元気に見えるのこれが⁉」
(ものすごく元気に見えるわ……)
と思ったが言うともっと怒らせそうなのでオリヴィアは黙っておく。
すると子供たちが面白そうにティアナとオリヴィアを取り囲んで、口々に騒ぎ出した。
「ティアナこの綺麗なおねーさんと知り合いか?」
「前に言ってたオリヴィア様ってこの人のことか?」
「あれか? 女は自分より美人が嫌いだって言うあれか?」
「そういうの嫉妬って言うんだぜ」
「ティアナだっせー」
「うるさいって言ってるでしょ! あんたたち向こうで遊んでなさいよ邪魔だから!」
きーっとティアナが叫ぶと、それを見ていた院長が慌てたように止めに入る。
「こら、失礼ですよ! ……申し訳ありません、教育が行き届いておらず……」
「いえ、大丈夫ですよ。テイラー、お菓子を子供たちに差し上げてくれる?」
テイラーに持参したお菓子を出してもらうと、子供たちが瞳を輝かせた。
「菓子か?」
「ねーちゃんいいやつだな!」
「ティアナも少し見習えよ」
「ティアナの作る菓子はまずいもんなー。しょっぱかったり苦かったり」
「つーかほとんど炭だよな」
「うるっさーい!」
叫びすぎて酸欠になったのか、ティアナがぜーぜーと肩で息をする。
院長が青くなってオリヴィアに再び「申し訳ございません。教育が……」と頭を下げるのが逆に
申し訳なくなってきたので、オリヴィアは院長に頼んで孤児院の中を見せてもらうことにした。
子供たちはすっかりお菓子に夢中なので、それを食べながらおとなしくしていることだろう。
「ティアナにも分けてやってもいいぞー」
「いらないわよ! それからお菓子は手を洗って食べなさいよ。ほら、みんな家の中に入る!」
「しょーがねーなー」
「たまにはティアナの言うことを聞いてやるよ」
「いこーぜー、菓子だー!」
「ちゃんとみんなで分けるのよ⁉」
「わかってるって!」
わーっと子供たちが孤児院に向かって駆けだした。
ティアナが腰に手を当てて、子供たちの姿が見えなくなるまで見つめている。
オリヴィアにはその様子が少し意外だった。文句を言いながらもティアナが子供たちの面倒を見ている。
(……ここは、ティアナにいい変化をもたらしたみたいね)
本人は気づいているのかいないのか。子供たちを見るティアナの目は、優しく細められている。以前のティアナは、そんな優しい目をしていなかった。
院長とともに孤児院の中へ向かう。
今日は見に来ただけなので全体を案内してもらって、孤児院の経営状況などを聞いて終わりだ。
「幸いなことに、ここは陛下のお膝元ですから、ほかの孤児院と違って大きな問題は抱えておりません」
修道院と隣接している孤児院はいくつかあり、修道女たちは定期的に連絡を取り合っているので、離れている場所の孤児院の情報も自然と入ってくるものらしい。
修道院と隣接している孤児院は国からの補助が出るが、私営の孤児院や領主が管理している孤児院の経営状況はその場所場所でまちまちで、経営が苦しいところも多いそうだ。
「他の孤児院には何か問題が?」
「修道院が管理しているところではないので詳しいことは存じませんが……噂では、孤児たちを手放すところもあるそうですよ」
「手放す? どういうことですか?」
「ほしい方がいらっしゃったら差し上げると言うことです」
「それは里子に出す、ということでしょうか?」
孤児を里子に出すことは珍しいことではない。希望者がいて、希望者の経済状態や人格に問題がなく、そして孤児本人が望めば、新しい家族のもとで生活がはじまることもままあることだ。それ自体は問題はないし、むしろ喜ばしいことだろう。
だからオリヴィアは、院長の思いつめたような表情が気になった。
「里子であればいいのですが……そうでない場合もあるようです」
(そうでない場合……?)
オリヴィアが眉を顰めると、院長は慌てたように首を振った。
「あくまで噂ですので、真偽のほどは。うちではもちろん、そのようなことはしておりません。成人するまでここで面倒を見て、働き口を見つけたら出て行きます。文字の書き取りなどを教えておりますから、ほとんどの子供たちが成人と同時に一人立ちしていますよ。中には時間のかかる子もいますが、それでも二十歳を過ぎるころには何かしらの仕事を見つけていますね。女の子の場合、成人後ほどなくして嫁いでいく子もいますし」
「そうですか。それはよかった」
先ほどの話が気にならないと言えば嘘になるが、院長はあまり触れたくない話題のようだ。噂とのことで詳しくは知らないようだし、この場では追求しない方がいいだろう。
(落ち着いたら調べてみましょう。変な裏取引があったら大変だもの)
ブリオール国では人身売買は禁止されているのでないと思いたいが、どんな賢君が国を治めたとしても、犯罪というものはゼロになることはない。育った環境、思考回路、精神状態、それにより、往々にして人は犯罪に手を染めてしまうものだ。
為政者は、その犯罪をできる限り少なくするために、国の環境を整える。貧困や労働環境などが整えば、少なくとも生活に困って犯罪に手を染める人は減るはずだからだ。
そして教育の重要性。育った環境に関係なく、統一した道徳教育と基礎教育。これが学べる環境の制定が必要だ。相応の教育を受けるには多額のお金がかかるという現状を、少しずつでいい、改善していければいいと思う。
頭の隅でそんなことを考えながら孤児院の見学を終えると、玄関前にティアナが立っていた。
「ねえ、ちょっといい?」
不貞腐れたような顔と声。
テイラーがムッとして言い返そうとしたが、オリヴィアはそっと手でそれを制した。
オリヴィアはティアナに嫌われている自覚がある。オリヴィアを嫌っているティアナが話しかけてきたと言うことは、それなりの理由があるはずだ。
「オリヴィア様と二人で話したいの」
オリヴィアはちらりと院長を見上げて、彼女が大丈夫だと頷いたのを確認し、答えた。
「ええ、構わないわ」
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