第九話 システリナ王女入国
要塞の入口までシステリナ王女と行くとサイデン補給隊長が何やら豪華な四頭引き馬車の横に立って待っていた。
「これはハヤト殿、お久しぶりでございます」
「サイデン補給隊長も、元気そうで何よりだ」
「ハヤト様の庇護の賜です。――システリナ王女様。どうぞこちらにお乗りください。お付きの者はすでに乗っております」
「ご苦労ですわ。――ハヤト様、失礼しますわね」
軽く挨拶を交わしサイデン補給隊長がシステリナ王女に礼を執る。
どうやらサイデン補給隊長はシステリナ王女が乗る馬車を用意していたらしい。この豪華な馬車は王族を乗せるための専用の馬車なのだろう。煌びやかだ。
しかし補給隊長ってそんな事もしなくてはいけないのか、大変そうだ。
いや、軍所属の中でも言葉遣いが丁寧なサイデン補給隊長が選ばれたのかもしれない。
そんな事を考えているとシステリナ王女が礼を言いながら一つカーテシーをして馬車に入っていく。
馬車の中にはサイデン補給隊長が言ったようにお付きの者、システリナ王女の世話係のメイドが二名乗っているようだ。
御者を含めれば計四名がサンクチュアリの国民になる。全員女性だ。
ちなみにオレは乗らない。
走った方が早いし護衛の意味合いもあるためだ。
一国の王が護衛とか良いのか? とも思うが、オレは【勇者】の超越者でもあるので問題ない。問題にする気も無い。
絶対魔物に害されないだろうし。フォルエン軍の屈強な男に護衛をさせてサンクチュアリに連れて行くぐらいならオレが護衛をすると押し切った。
「ハヤト殿、システリナ王女を頼みます」
「――承った」
サイデン補給隊長がいつもの敬礼ではなく頭を深く下げる礼をする。
そこには何やら色々な思いや決意が渦巻いているように感じた。
オレもサイデン補給隊長に向き直り気を引き締めて返礼する。
「門付近に敵影無し!」
「門付近に敵影無し!」
「了解! 開門!」
「開門!」
「門、開けっ!」
軍の兵士が気合いの入った復唱をして、ガコンと重い音を鳴らして門が開いていく。
いつもは兵士が出入りする用の扉を利用しているので正門が開くのは実は初めて見た。
完全に開ききると一部の兵士が表に出てサンクチュアリ方面に向かって道を作るように両サイドに立って敬礼する。
それを見てサイデン補給隊長が満足そうに頷いたのが印象的だった。練習したのかな?
「では、行きましょうか」
促すと、若い御者さんが馬に指示を出し、馬車が動き出した。
それを兵士が敬礼したまま微動だにせず見送った。
「魔物は、あまりいないのですね。わたくし、スタンピードからあぶれた魔物がもっといるのかと思っていましたわ」
窓が開いてそっと顔を出したシステリナ王女が周囲の風景を見渡しながら言う。
「フォルエン軍が哨戒している、オレもある程度力のある魔物は狩っておいた。道中魔物に出くわすことはおそらく無いと思うぞ?」
そうシステリナ王女に教えてあげると、先ほどから忙しなく首を動かしていた御者の女性がホッと息をはいたのが見えた。
「そう、ですか。…それは僥倖です」
なんとなくあまり喜んでいない声色で答えるシステリナ王女。ひょっとして期待していたのか? 魔物なんて出ないに越したこと無いだろうに。
それから休憩を挟みつつ進んでいき、言ったとおり魔物一匹すら発見すること無く、無事城塞都市サンクチュアリにたどり着いたのであった。
△
「か~いも~ん」
「「「かいもんかいもん!」」の」
「ひらくよ~」
「まわせまわせ~」
「今誰か買い物って言わなかった?」
「犯人はなーこよ!」
「「あははは」」
以前移住者を受け入れたとき城塞都市サンクチュアリに外とを繋ぐ門を作っておいた。これで飛び越えることなく馬車なども行き来できるようになった。
サンクチュアリの顔になるためそれなりに豪華に、そして巨大に作ってある。
しかし、開門を任せた子どもたちの声が和みすぎる件。
フォルエン要塞とえらい違いだ。
非常にキャッキャッしている。
ちなみに言うと、この門。ビックリすることに人力である。
極太のロープと滑車を使って門を開く仕掛けだが、そのロープを巻き巻きしているのは子どもたちなのだ。
いや、無理だろと普通は思うだろう。しかし、出来るのだ。
何しろこの子たちは全員職業覚醒者なのだから。力が大の大人すら軽く凌駕している。
まあ、軽々と巨大ロープリールを回すその姿は非常にシュールだけどね。
子どもたちに実験と称して色々職業覚醒させまくった結果、なんとサンクチュアリの人口の三割が職業に覚醒している。
人数で言えば六百人強。
『職業覚醒』のクールタイムは丸一日だけれど、一度に三人まで覚醒できるのでこの十ヶ月、毎日欠かさず実験した成果だ。
この世界の人からすると人口の三割が職業覚醒者というのは相当な異常事態だ。
発覚すれば、もしかすればフォルエンに連れて行かれて軍に入れられるかもしれない。
オレが頑なにフォルエン軍を連れて来たくなかった理由だ。
とはいえシステリナ王女にはどっちみちバレてしまうだろう…。
必要があれば実力行使をしてでも子どもたちは守るつもりだ。
「ハヤト様すごい馬車!」
「大きい、かっこいい~」
「はわわ、きれいー」
「綺麗な人~」
馬車が町に入り一旦止めると子どもたちが集まってきた。
興味津々な様子だ。
視線は豪華な四頭引き馬車と窓から子どもたちに手を振るシステリナ王女に向けられている。
「子どもたちがとても元気で気力に満ちていますわね。それに、大地に力が満ちているのを感じますわ」
笑顔で手を振るうシステリナ王女は感嘆としているようだ。
彼女はこの子どもたち全員がフォルエンに見捨てられた孤児だと知っている。
そんな子どもたちが元気に過ごしている光景を見て思うところがあったのだろう。
大地の力とは、おそらくラーナが毎日やっている支配地活性の能力の話だろう。
ラーナやシステリナのような本物の王族は大地の活力を感じられるらしいからね。
オレも一応【王太守】を得たけれど、これがよく分からなかった。
職業の囁きとはまた違う大地の囁きみたいなものに耳を傾けるのとラーナに教わったが未だに出来ていない。
多分幼少期から培ってきた王族特有の感覚なんだと思う。
オレもいつかできるようになりたいものだ。
「お褒めいただき光栄だ。さて、城に向かおう。歓迎の支度が調っているはずだ」
「嬉しいですわね。噂の女王様もご紹介いただけるのかしら?」
「もちろんだ。しかし産後だ、あまり長く共にはできないだろう。今回は紹介だけにしてほしい」
「ええ、もちろんですわ」
噂の女王様とはもちろんラーナの事だ。
ラーナはフォルエン王国に避難中、引き返してシハ王国を滅ぼしたスタンピード“国滅の厄災”に立ち向かい、《聖静浄化》を使って命がけで討滅した。
それからはフォルエン王国へ向かわず、誰にも知られることも無くサンクチュアリに住んでいるためフォルエン王国側からするとラーナは戦死したことになっていた。
オレもラーナが生きているとはまだ教えていない。
これはラーナから直接口止めされていたためだ。
理由は教えて貰えなかったが、しがらみの多い王族だ、きっと色々あるのだろうと深くは聞かなかった。
それ故に、誰が【勇者】の超越者のフィアンセになったのか、フォルエンでは長く謎だった。
架空の人物ではないかと噂が流れたほどだ。あの時のフォルエン兵の視線は痛かった…。
しかしオレが【王太守】であることはラゴウ元帥が知っているので、相手が本物の王族というのは間違いないと布告を出してくれたためすぐに収まったが…。
噂が噂を呼び、今はハヤト殿と同じように遠い外国の王族の生き残りなのではというのが最有力らしい。
さて馬車の側面に立ってシステリナ王女と軽く雑談しながらサンクチュアリ内を案内し、一行はシハヤトーナ聖王城へと登城する。
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